6-21
翌日、桜子と悠斗、速仁の三人は、昼まえに鞍馬寺へむかった。速仁が正午にタイムワープする予定なので、人目につかない場所へ行くことにしたのだ。
三人は川上地蔵堂に参拝した。冥界で義経の矢から悠斗と速仁を救ってくれた地蔵が祀られている。そして、鞍馬寺のなかでも、もっとも人気が少ない御堂のひとつだ。
三人がそれぞれ、若紫餅、らしきものを順番に供えた。今朝、一治に教えてもらいながら、三人三様に丸めた餅だ。
「アハハ、悠にいちゃんのは、若紫餅じゃなくて、年寄りの源典侍餅だね。シワシワじゃない!」
「悪かったな。気持ちがだいじなんだぞ!――でもあんがい、おまえ手先が器用だな。おまえのは、若紫餅には及ばないけど、五節餅ぐらいには見えるよ」
三つ目の、桜子が丸めた餅が、最後に置かれた。かなりの出来栄えだ。速仁が、感心した声をあげた。
「すごいなぁぁ。若紫餅らしく見える!」
「ありがとう。でも、おじさまが作られる本物とは全然ちがうわ。外見もだけど、餡の包み方の上手い下手で、味も変わると思う」
桜子の言葉を聞いて、悠斗は、店を継ぐのも悪くないかなぁぁ、といった程度に気楽に考えてきた自分が恥ずかしくなった。一治が作る餅には熟練の技が込められていることを、すこしも理解できていなかったのだ。卒業後の進路を、もっと真面目に考えようと、悠斗は思った。
「ヨシ!」
悠斗は、自分自身を叱咤するように声を出した。そして速仁に、
「そろそろだな」
と、声をかけた。
速仁は、できるだけ快活にふるまった。
「七日後の正午に、また来るからな。今度は二日間ぐらい泊まれるように、勉強しておく。まんがを、また読みたいもの。エヘッ」
悠斗にそう言うと、速仁は桜子にむきなおって言葉をついだ。
「乳母ちゃんは元気だから、安心しろよ。惟清が言っていたけれど、いつか、石山の観音さまのお許しをいただいて、桜ちゃんが無事なことを乳母ちゃんに教えてあげられると思う。それから、兼隆卿も、まあ、元気そうだ」
桜子も、涙を抑えながら、力強くうなずいた。そして、手提げ袋を速仁に差しだした。
「直衣のほつれを直しておいた。ここで着替える?」
「ありがとう。でも、着替えは必要ないと思う。おれが持ってきた物は置いていけないし、この世界の物も持ち帰れないと、観音さまが仰っていた。だから、もとの世界へもどったら、きっとおれ、直衣を着ているのだと思う。これって、便利だよな、エヘッ」
「うん、そうね。わたしも、この世界の物はなにも持ち帰れないと思ったから、わたしが父上から戴いた装束の糸を使って、直衣を繕っておい……」
桜子が言いおわるか言いおわらないうちに、速仁の体が透けだした。
速仁が右手を差しだした。桜子がその手を握り、悠斗がその上に手を重ねた。三人とも無言だ。言葉をかわす必要がなかった。
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「ウワァァ! 若宮、そんな恰好で、どうされたのです!? あちらの世界で、追い剥ぎに遭われたのですか?」
速仁が丸一日ぶりに曹司に現れたとたん、惟清が叫び声をあげたのだ。
惟清の狼狽ぶりの意味がわからない速仁はキョトンとして突っ立っていたが、自分の体を見て、
「ウワァァァ!」
と、惟清以上の大声をあげた。
裸なのだ。桜子が繕ってくれた装束は、沓とともに足もとにあった。
「観音さまのケチー」
速仁は観音像にむかって、目に涙をためながら叫んだ。
「若宮! そんなことを仰ってはいけません。ともかくも怪我なくもどることができたのですから、いっしょに、観音さまにお礼をもうしましょう」
惟清が、身づくろいを手伝いながら速仁を諫めると、速仁も、しぶしぶうなずいた。
観音像にふたりで礼拝したあと、すぐに惟清は、兼隆の屋敷に呼びだされていることを、速仁に伝えた。
「なにか重要なご用件らしく、どうしても参上しなければなりません。――若宮が留守のあいだ、物忌みだと押しとおして、だれも曹司に入れませんでした。物忌みがおわったと、他の者たちに伝えてから大殿のもとに参ります。おそらく、乳母殿がすぐにお越しになるでしょう。曹司を抜けだしていたことをだれにも気取られぬよう、くれぐれもご注意ください」
「うん、わかった。ありがとう、惟清。――おれ、また七日後に、一の君に会いに行きたい。だから、ひとりで勉強しておくよ」
速仁は、そうは言ったものの、惟清が曹司から出ていくと、すぐにゴロリと横になった。
――あぁあぁぁ。やっぱり、勉強いやだな。桜ちゃんが横にいてくれたら、すこしは勉強する気もおきるのだけれど……。まんが、読みたいなぁぁ。




