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桜人 ―― 源氏異聞  作者: 塔真 光
第6章 地蔵
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6-4

 仁和寺で笛を手に入れた桜子と悠斗は、その日、たそがれ時に鞍馬堂にもどった。

 笛は、悠斗が自分の部屋で預かることにした。桜子を誘って部屋に入った悠斗は、どこに仕舞おうかと迷い、とりあえず、ガイアのフィギュアのまえに置いた。

 すると桜子が、

「そこがいいですよね! いちばん安心です。強いお力で護ってくださるにちがいありません!」

と、ハキハキした声をあげた。

「うん、そりゃ、根源的破滅招来体だって……」

と言いかけて、悠斗は口をつぐんだ。怪獣の話を女の子にするのはバカな男だと、悠斗は内心おおいにあわてたのだ。

 だが桜子は、悠斗にほほえんだあと、フィギュアにゆっくりと手を合わせた。

 悠斗もそれにつられて合掌し、横目で桜子をうかがった。桜子は目を閉じ、熱心に祈っている。悠斗はガイアに視線を移し、口もとをゆるめた。

 ――おまえ、桜ちゃんに気にいられてるんだな。でも、ワームホールを越えてきた笛を守れるか? ククッ。笛も桜ちゃんも、守るのはおれだからな!


 そして、祖父母をまじえた四人での夕食タイムが来た。

 悠斗は、箸を取ってそうそう、明日と明後日の土日は店の手伝いをすると宣言した。悠斗の勢いに()おされ、春恵も強くは反対しなかった。春恵は、手伝い賃として悠斗が小遣いを受け取ることを条件にだした。

「うん、わかった。アルバイト代としてもらうから、しっかりこき使ってください」

と、悠斗は上機嫌で、両手を食卓のうえに置いて頭を下げた。そして、

「おれ、明日は早く起きるね」と、

みなに胸をはって約束した。


 だが翌朝、悠斗はみごとに寝坊した。ICTが不得手な悠斗は、潤一郎から渡されたスマートフォンの設定に一苦労したのだ。これを使って〈鳥辺野〉をネット検索できるようになったとき、日付はとっくに翌日になっていた。


 悠斗は、ようやく目が覚めると、おおあわてで着替え、Tシャツに片腕を通しながら階段をかけ下りた。居間では、春恵と一治がお茶を飲んでいた。

「ごめん、寝すごした」

「ええんよ、悠くん。アルバイト代、引いとくさかい」と、

春恵が、すまし顔で答えた。

「うん、そうして」

と、悠斗は苦笑いした。

「祖母ちゃん、店は、もう開けたの?」

「さっちゃんが店番してくれたはるえ。見てきよし、ビックリするえ」

「えっ、なに!?」

と言うが早いか、悠斗は居間を飛びだした。


「おはようございます」

 そうあいさつする桜子は、石山寺で出会っときの平安装束を身にまとっていた。

 悠斗は、どう声をかけたらよいか、わからなかった。

 立ちつくす悠斗に、背中のうしろから春恵が話しかけた。

「さっちゃんがね、若紫餅を売るなら、こういう恰好の方がええんとちがうかって。今朝、クリーニング屋さんに取りに行ったんよ。早よしてって言うといて、よかったわ。ほんま、若紫ちゃんみたいやろ」

「うん、そうだね。キレイだ」

 悠斗は、平凡な言葉しか浮かばない自分が情けなかった。ウキウキとはずむこの気持を、言葉でどう表したらいいのだろう。

 ――おれって、ほんと、ヴォキャボリーが貧弱だよな。こういうときは、源氏物語の和歌でも口に出せればいいのに……。やっぱり、勉強あるのみか。

悠斗が口を一文字に結んだとき、背後からまた春恵の声がした。

「悠くん、おばあちゃんね、これ出したんよ。憶えてる?」

 店先の飾り棚へ、春恵がゆっくりと歩いて行った。

「ああ、もちろん憶えてる。母さんが作った人形だ」

 棚には、光源氏の妖艶な人形が置かれていた。


 大宮純花は、潤一郎と結婚し東京に住むことを決意したとき、源氏物語を題材にした人形の制作をはじめた。一月から十二月まで、それぞれの月の情景をイメージして十二体を制作した。三月は、満開の桜の下でかけまわって遊ぶ幼い若紫。そして八月が、直衣の衿元を開けて、しどけなく釣殿で涼む光源氏。結婚式のために東京へ出立する日の朝、純花は一治と春恵に、完成した人形を手渡したのだった。

 そのときから、春恵は月ごとに人形を入れ替え、店先に飾った。春恵は、人形のむこうに、東京で暮らす娘の姿を見ていた。

 だが、純花が死に、その分骨で、中学二年生の悠斗が潤一郎とともに鞍馬に来た日を境に、十二体の人形は、蔵の奥深くにずっと仕舞われることになった。夏休みに入って最初の土曜日だった。その日、二年ぶりに鞍馬堂に足を踏み入れた悠斗が、店先で夕顔の人形を目にし、顔をひきつらせたのだ。血の気がみるみるうせていく悠斗の顔は、春恵の胸をえぐった。東京では、純花が作った人形を、すべて悠斗の目に触れないようにしたと、潤一郎は春恵に伝えた。


 それから六年後の今日、悠斗はゆっくりと人形に近づき、その顔をまっすぐみつめた。そして、横に立つ春恵に、穏やかな声で言葉をついだ。

「夏休みに母さんと来たとき、いつもここに飾ってあった。七月は夕顔で、八月のこれは、光る君だよね」

 春恵は悠斗の横顔をうかがった。きゅうに逞しくなったように思える顔が、そこにあった。


 悠斗は、人形を手に取った。

 ――長いあいだ、おれのせいで飾ってもらえなかったんだな。ごめんな。それに、母さんも、ごめんなさい……。

 人形の顔をみつめつづける悠斗の両目が、おおきく見ひらかれた。

 ――これ、本物の光る君に似てる……。

 悠斗は、人形を手にしたまま桜子へ顔をむけ、

「似てるよね」と、

春恵に聞こえないように、小さな声でささやいた。

 桜子は、笑い顔でうなずいた。

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