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桜人 ―― 源氏異聞  作者: 塔真 光
第6章 地蔵
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6-5

 悠斗は、週末の二日間、懸命に働いた。あいかわらず手先が不器用で、餅づくりは、もっぱら力仕事の担当だった。店番もしたが、平安装束の桜子が店に出ているときと比べると、客の反応はよくなかった。

 ――そりゃそうだよな。当然か……。

 悠斗は、ひとり納得していた。

 そして二日間の売り上げも、これまでと同じようなものだった。だが、日曜に店の片付けを終えたとき、春恵は多額のアルバイト料を、悠斗と桜子にそれぞれ渡そうとした。

 桜子は、手伝いは当然のことだと言って、受け取ろうとしない。

 悠斗も、頭を左右に振った。

「ダメ! こんなにたくさん、おれ、絶対にもらわないからな!」

「そうかて、ふたりとも、よう頑張ってくれたし。おばあちゃん、うれしかった」

 押し問答がつづき、悠斗は、

「これは桜ちゃんの分と合わせての一か月分だからね」

と念押しして、ようやく一人分だけを受け取った。


 その夜、悠斗は桜子を部屋に呼んで相談した。鞍馬堂の宣伝をするために、自分でホームページを作る。そのために、若紫と光源氏の絵を描いて欲しい。

 そう頼まれた桜子はうれしかった。自分の大好きな絵で、悠斗たちの手助けができるのだ。

「お母さまが作られたお人形も、その、ほうむぺいじ、とかで紹介されたらどうでしょうか。月替わりで一体ずつ」

「そうだな。きっと母さんも喜ぶよな、いろんな人に見てもらえるんだから。桜ちゃんに相談してよかったよ。それと、もうひとつ、頼みがあるんだ」


 悠斗は、桜子が自分のために縫ってくれている服を、つぎの土曜日までに完成させて欲しいと頼んだ。

「せかせてごめんね。だけど、おれも、夕霧さんのような直衣を着て店番しようかな、って思ってるんだ」

 はにかみながら頼む悠斗に、桜子は、

「ほとんど出来上がっています。土曜までなら、もう一式、縫えると思います」

と請けあった。

「おばさまに、裁縫道具を貸してくださいとお願いしたとき、布も戴きました。悠斗さんに縫ってあげようと、ずいぶんまえに買っておかれたものだそうです。でも、お年で、もう縫えそうにないからと仰って……。とてもありがたい文様なんですよ。白地に、観音さまのお姿が、たくさん染めこまれています」

 悠斗は、

「ありがとう。桜ちゃんって、仕事が早いね。店番の仕事も、すぐに覚えたし」

と感心した。だが、春恵が渡したという布地が気になった。

 ――年寄りくさそうな柄だ。祖母ちゃんは、祖父ちゃん用のと勘違いしてるんじゃないか? まっ、いいか、桜ちゃんの手縫いだし……。

 白い歯をこぼす悠斗に、桜子は気恥ずかしげに答えた。

「仕事が早いというよりも、どんなものでも、ものを作ることが楽しいんです。おばさまから戴いた布を仕立てるのも楽しみです。直衣にするには布が足りなさそうなので、水干(すいかん)に仕立てようと思っています」

「うん、ありがとう。おれ、直衣と水干のちがいがよくわからないけど、布地が少ないというのは、水干の方が身動きしやすいってことかな?」

「はい、水干は簡略な装束なんです」

「それじゃ、店番するときは水干の方がいいな……」

「はい、水干は店番用や勉強用に、直衣は外出用にお使いになるのがいいと思います」

「が、外出!?」

 悠斗は戸惑った。周囲の奇異な視線を集める、直衣姿の自分を想像した。だが、ほほえむ桜子をまえにして、なにも言えない。

 桜子の顔をみつめながら、恋は盲目、という言葉が頭をよぎった。盲目になっていいじゃないか、なってしまえよ、と思う自分と、冷静になれよという、もうひとりの自分がいた。

 ――うーん。外に着て出るのは、やっぱり恥ずかしいよな。でも、鞍馬寺ぐらいだったら、なんとか……。でも、……うーん。


 心のなかで大葛藤しながら、悠斗は、ふたたび口を開いた。

「外出のことだけど……、三日後に、鳥辺野へ行くよね。仁和寺のときのように、どんなことが起こるかわからないから、動きやすい服で行く方がいいと思うんだけど……」

「はい、三日後、またよろしくお願いします」

「ああ、まかせといて。あと二日間、しっかり下調べするよ」

 悠斗は、桜子の返事を聞いて、ようやく気が楽になった。直衣姿での鞍馬寺散策はありえるかもしれないけれど、その恰好で電車に乗るかどうかの決断を迫られることはなさそうだ。


 桜子は、ガイアのフィギュアとポスターに、それぞれ居ずまいをただして頭をたれた。そして、

「おやすみなさい」

と言いながら、廊下につづく襖を開けた。

「おやすみ、桜ちゃん」と、

悠斗は桜子の背中に声をかけた。

 桜子は、廊下でむきなおり、両手を襖の引き手に置き、ゆっくりと襖を引いた。そして、閉め終えるすんぜんに、もういちど口を開いた。

「悠斗さんは、慣れておられないから、直衣では動きにくいと思います。鞍馬寺の境内をいっしょに歩いて練習しましょう。そうすれば、揺れる電車のなかでも、つり革を持たずに立っていられます」

 キッパリした桜子の声を残して、襖は静かに閉まった。

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