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桜子と悠斗が鞍馬駅から電車に乗ったとき、鴨川に面するマンションのリビングでくつろいでいた高田は、新しいスマートフォンで悠斗の動きを知り、あわてふためいた。週末なので、これまでどおり悠斗は鞍馬から動かないと思っていたのだ。おまけにこの週末は、三田が東京へもどっている。五日まえに悠斗が檜扇をあらたに手に入れたことを盗視装置で確認したことをふまえ、潤一郎と今後の方針を相談するためだった。
高田は、三田が不在で心ぼそかった。だが、スマートフォンの地図画面上で〈武藤悠斗〉の絵文字が出町柳駅に近づいてくるのを見ているうちに、決意がかたまった。
――よーし、今日はおれひとりで、やりとげるぞ!
高田は、いまから悠斗のあとをつけるつもりだと、三田にメールで連絡をいれた。そして、濃い紺色のスーツに着替え、ネクタイも新しいものをキリッと締めた。壁面ミラーで全身を確認し、さいごに、調光サングラスをかけた。これも、あらたに買い求めたものだった。
そして、スマートフォンと、さきほどまで読んでいた源氏物語の文庫本をポケットに入れたあと、マンションの玄関ドアを開けた。
高田が賀茂大橋にやってきたとき、あたりは、ほんのり暗くなりはじめていた。あと十分もすれば日没だ。夕暮れの薄暗さにまぎれ、高田は東岸の河川敷から、悠斗と桜子を監視した。
悠斗たち二人は、出町デルタの鴨川公園でベンチに座り、おにぎりとパンを食べながら、速仁が現れるのを待っていた。駅前で買ったクルミパンと、売れ残りの赤飯で春恵につくってもらったおにぎりだ。今回からリュックサックには、お茶とココアのマイボトルを二本入れてもきた。
「外で桜ちゃんと夕食をとるんなら、オシャレな店に行ってきよし」と、赤飯をにぎりながら春恵は苦笑したが、悠斗は、「おにぎりがいいの」と言いはったのだった。
悠斗は、桜子とふたりで生きていこうと心に決めた五日まえから、以前のように無頓着にお金を使うのを止めようと考えていた。どちらの世界で生きることになっても、餅屋として暮らしていくのは、きっとたいへんだろう。鞍馬堂での手伝い賃だけで小遣いをまかなう生活を送ろうと、悠斗は考えるようになっていた。
それに、鴨川公園で時間をすごすのは気持ちがよい。この二日間は雨が降らなかったので、川の流れも、ずいぶんと穏やかになっていた。寒さは厳しいが、そのおかげで公園には人がほとんどおらず、人目をひかずに速仁を待つには好都合だった。悠斗は、速仁が時空を超えてやってきたら、すぐに食べさせようと、おにぎりを余分に持ってきていた。
太陽が西山連峰に没し、出町デルタは薄闇におおわれた。
だが速仁は現れなかった。
空にポツンポツンと星が見えはじめた。
それでも速仁は、姿を現さない。
「遅くなるから、もう行こうか……。一宮も、きっとあとから現れるさ」
桜子は、残念そうな顔でうなずきながら立ちあがった。そして、
「あれは、織姫星と彦星かしら……」
南東の空高く、白く輝く二つの星が、桜子の瞳をとらえた。
「今夜、天の川も見えたらすてきですね。異界なら、きっと、ここよりもたくさん星が見えるかもしれません。さっ、行きましょう、悠斗さん。バスに乗って、すぐなのでしょ」




