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ーーそして五年の月日が経った。
朱里はIN YOUR FACEのコンポーザー兼ギタリストとしてバンド活動に勤しみ、世界有数のメタルフェスティバルであるヴァッケン・オープン・エアにも日本唯一のバンドとして出場を果たしていた。プライベートにおいては、都内の大学に通いつつも二年前に性転換手術を終え、戸籍上でも女性となり、大地と結婚をしたのはつい先月のことである。
結婚をしてからは朱里の両親が買ってくれた都内のマンションと、朱里の祖父が建ててくれた地元の新築との二拠点生活をしていたが、音楽活動が続いている昨今は都内にいることの方が多かった。
ある夜のこと、マンションのリビングで大地がスマホを見ながら笑みを浮かべた。
「おお! 伊織から二十歳の集いの連絡が来たど、おめんとこも来たか?」
朱里も台所の手を休めスマホを手にすると、微笑みを浮かべ頷く。
「大したもんだべ、伊織が中心になって色々計画さ立ててんだな、こら」
ーー地元にいるからね
朱里はそうスマホに打ち込んで大地に見せる。
「ほだ、あいづ、今度自分ちの豚ブランド化すんだって父ちゃんと精出してやってんだ。大したもんだべ。でも、……ライブが続いてるしなあ、この日帰れるべか」
ーー絶対帰る
朱里は生真面目な表情でそう打ち込んだ。
「ライブ続いてっと? ……ほっだに二十歳の集い、行ぎてえのか?」
ーー約束してる
大地は意外そうに朱里を見つめ、「誰と?」と尋ねた。
そうして朱里は中学時代の修学旅行の思い出を手元のタブレットに長々と綴った。
みんなで着物体験に行ったこと、写真館でたくさんの写真を撮ったこと、プリクラも山ほど撮ったこと、カフェにも行って、そこで二十歳の集いでみんなで再会しようと誓ったこと。
「ほだったのか……」
大地は笑みを浮かべて頷いた。ーーでも、果たしてあの面々が覚えていて帰省してくるのだろうか、という疑念がちらと頭をよぎった。朱里だけが覚えていて、期待外れに終わってしまったとしたら、きっと悲しむだろう。そうなったら慰められるのは自分しかいない。
「わがっだ! 一緒に帰るべ」
朱里はぱっと笑顔を浮かべて大きく頷いた。
ーーそして二十歳の集い当日。
冬晴れの下で色鮮やかな着物姿と真新しいスーツ姿の面々が、会場となった市民会館の周りに大勢集まっていた。
朱里も早朝から着付けを行い、代々継がれた地元結城紬の煌びやかな着物を纏い大地とともにやって来た。
あちこちで久方ぶりの再会の喚声が上がっている。
「あ、大地!」
振り向くとそこにはやや大柄になった伊織がいた。
「おお! 伊織!」大地はそう言って抱きつく。
「いやどうも、久しぶりだな! 連絡ありがとうよ!」
「いんやどうも、こぢらこそよぐ来てくれたな! おめ、忙しそうだったから来てくれっと思わねがった!」
「ほっだらごどあんめよ! 朱里もこう、絶対行くって言ってな……、あ、そうだ! おれら夫婦になったんだ!」
「知ってっと!」そう言って大地の腕を握り揺さぶる。「おめらのバンドのごどは気になって、小まめにSNS見てんだ!」
「マジか! ありがとうよ!」
「生まれた頃からここで一緒に育ってきたけんど、おめはもう押しも押されぬ有名人になっちまっだなあ! 大したもんだべ!」
「おめだって大したもんだっぺよ、豚、手広くやってんだって父ちゃんから聞いてっと!」
「まだまだだべよ、それよがおめらは海外さ行ってライブもやってんだかんよお、下妻の星だっぺ!」
「ほっだらごどねえよ。音楽以外じゃ、やってっごどは昔とひとっづも変わんねえから。梨の剪定やって、父ちゃんんと田んぼ入って米作ってっかんな!」
「そこがおめらしいとこだべ。お? ……朱里、誰か探してんのが?」
あたりをきょろきょろと見回していた朱里に、伊織はそう声をかけた。
その時である。
「朱里!」
人ごみの向こうで大きく手を振っている、真っ赤な着物に身を包んでいるのは愛莉だった。
朱里は飛び上がっててを振り返した。
「おお、愛莉だべ! 変わんねえな!」大地も笑顔で手を振る。
人ごみの中をえいえい、と勢いよく愛莉は進んでくる。そこにはかつてバスケットボール部で器用にディフェンスをかわしていた面影があった。
「朱里! 大地! 久しぶり! 元気だった?」紅潮した顔つきで愛莉は言う。
「元気だべよ」
「朱里、おめでとう! 結婚したんだね、大地と!」
朱里は微笑みながら頷く。
「おめ、何で知ってんで?」大地が頓狂な声を上げる。
「そりゃあ知ってるよ。大地は中学の頃から朱里のことが好きだったでしょ」
ぎくり、としたように大地は仰け反る。
「大地、あんたが中一の時、朱里のことで教室で先輩とド派手に戦ったことは忘れてないよ」
大地は「な、なんのことだっぺかなあ」と嘯い視線を泳がせる。その先に、背の高い金髪が目に入った。
「あ、ルアンだべ、ルアーン! こっちこっち!」慌てて手を振り話題を反らす。
「ねえ、朱里、うちらの約束覚えてる?」
朱里はほとんど苦しそうに何度も頷いた。
「良かった! 覚えてるの私だけで、今日ぽつんだったらどうしようかと思ってたんだ」
ーーそんなことないよ
スマホに打ち込んで見せる。すると、すぐにそれを裏付けるように、
「いた、愛莉! 朱里!」続々と着物姿の懐かしき中学時代のクラスメイトたちが集まってきた。
「ルアンの金髪見つけて来てみたら、いてくれてよかったー!」
「何だべ、おら目印かよ」人ごみの中をやってきたルアンが呟く。「おお、みんなこっだにキレイどころになっぢまって!」
「うわあ、朱里キレイになった!」
「メイクしてるの初めて見た!」
歓声を断ち切るように、
「ねえ、約束覚えてる?」愛莉が叫んだ。
「もちろん!」
「当たり前!」
「だからわざわざ海外から戻ってきたんだよ!」あやのが叫んだ。
「えー、すごい! どこに行ってんの?」
「カナダに短期留学中!」
「めっちゃすごいじゃん!」
「あんた英語得意だったもんね! 修学旅行でも外国人に英語で話しかけてた!」
「よく覚えてるね、美鈴は何やってんの?」
「私美容師!」
「えー、やっぱり! 体育の時おだんご作るのめっちゃ上手かったもんね!」
「まだ卵だから給料めっちゃ安いよー」
「でもすごいよ! 今度カットしてよ!」
「いいよ! 店来て!」
女子たちの現状報告はなかなか終わらない。
「見てこれ!」愛莉が巾着の中から小さなアルバムを取り出し開いた。
そこには五年前、修学旅行で撮った着物姿の面々が写っている。
「うわあ」思わずため息交じりの喚声が上がった。
「……かわいい」
「自分で言うか!」
「だってみんなかわいいんだもん!」
「中学生だよ、若いなあ!」
「変わってるようで変わってない」
写真を食い入るように見つめながら、周囲のざわめきが次第に遠くなる。
「よし、じゃあ大人になったうちらの着物写真撮るよ!」愛莉が再び声をかける。
「そうだそうだ。ねえ、大地うちらの写真撮って!」
「お安い御用だっぺ!」
そうしてかつての中学時代のクラスメイトたちは顔を寄せ合い、ポーズを作る。
「せーの」愛莉の掛け声でシャッターが切られた。
その時、朱里の目にうっすらと涙が溢れ出そうとしているのを大地は見逃さなかった。
「もう一枚行くど!」大地の元気いっぱいな声が響く。
その瞬間、男の体に閉じ込められたような気になって塞いでいた自分も、女性の体になり妻となった自分も、どちらも変わらず受け入れてくれる場所がここにあるということを実感して、遂に朱里の目からは大粒の涙が零れ落ちた。




