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中学校に入っても、クラスの面々はほとんど変わることはなかった。
中学校受験をする児童は少数だったし、生徒数もそう多くはないので、ほとんどのクラスメイトたちは小学校入学以来固定のメンバーだった。
服装が制服に代わったことだけにどこかこそばゆい思いを抱えながら、朱里たちは中学校の入学式を迎えた。
朱里は念願のセーラー服に身を包み、中学校の門をくぐった。
誰もその姿を揶揄する者はなかった。
クラスメイトたちは、小学校時代から朱里が男の体を持っていながら女の服装をしていることを当たり前に受け入れてきたし、むしろそれが朱里らしいことだとさえ思っていた。
朱里の意見を聞く時には筆談をする、ということも当たり前の習慣の一つだった。
朱里が両親に勧められてもあえて中学校受験をしなかったのは、こういう友人たちと離れたくなかったからというのが大きい。
しかし朱里はこれが周囲の配慮の上に成り立っているということを、常日頃忘れることはなかった。
セーラー服を着られたのは、元代議士である祖父が中学校の校長に直接掛け合ってくれたからだったし、セーラー服姿を揶揄されずに済んでいるのも、クラスメイトたちがありのままの自分を受け入れてくれているからだ。
だからこそ、それに甘えるのではなくより自分を律していかなければならない、というのが朱里のモットーでもあった。
朱里は授業には真面目に取り組んだ。
ノートは誰よりも丁寧に書いたし、とりわけ習字や作文なぞは得意でコンテストでは度々入賞も果たした。
授業で発言を求められた際にはタブレットに字を書いて、見せる。
話ができない分、できることにはいつも全力だった。
合唱祭では、歌が歌えない分得意のピアノ伴奏に回って、伴奏賞を得たこともある。
中でも一番気を遣ったのは、女の子たちに対する日常の振舞だった。
すなわち、ーーあまり親密にならないように心がけた。
気持ち悪がられると思ったからだ。
どんなに装ったところで、体は男。それが朱里に突き付けられたこの上なく残酷な現実だった。
とりわけ苦痛だったのが体育時の着換えだった。
堂々と上半身を顕わにする男子に紛れることはとてもできなかったし、だからと言って女子の更衣室に行くこともできなかった。朱里はだから着替えずに済むよう見学を申し出た。しかしそれが嵩んでくると、周囲から不審がられる。
そんな朱里の本心に真っ先に気づいたのはクラスメイトの女子たちだった。
「いつも具合が悪いわけではない」
「小学校の時は体育の時間楽しそうにやっていた」
「つまりは着換えだ」
そう確信したクラスのリーダー格の愛莉が一人保健室へと向かったのは、もうすでに春は終わりかけの時季でもあった。
「失礼します」
かつて一度たりとも保健室に来たことのない、いかにも活発そうな女子の登場に養護教諭は幾分驚きながら顔を上げた。
「あら、どうしました? 体調不良?」
「いえ、私は元気です。いつだって。……あの、今日はそうじゃなくって、先生に特別なお願いがあって来たんです」
「ええ。なんの?」
「体育の時間、朱里ーー、鈴木朱里をここで着換えさせてあげてくれませんか?」
愛莉はぐいと近寄ってそう申し出た。
無論、その名は知っていた。
学校で唯一セーラー服を許可されている男子生徒。言葉を発することができない子。そして代議士鈴木万里議員の孫。いわば有名人だ。どの教員だって入学前から知っている。
「今、」一瞬逡巡して、「彼女、はどこで着替えているの?」と問うた。
「着替えられないから体育の授業に参加できていないんです。……いえ、そう朱里が言ったわけではないけど、でも、そうなんです」
そこまで言い切ると、言葉は次第に熱を帯びてくる。
「だって、具合が悪そうでもないし、中学入ってからなんです、朱里が体育見学になったの。一回も体育やったことない。小学校の頃は体育ある時には家から体操着着てこれたから、普通に体育の授業出てました。うちらと縄跳びもやったし、マットもやったし、鉄棒もやった。だから朱里は別に体育ができないわけでも、嫌いなわけでもないんです。でも、先生、朱里のこと知ってますか? 体は男だって言うけど、心は女の子なの。うちらと一緒なの。でもね、変に遠慮してる。女子トイレも使わないし、先生用のところこっそり使ってるの。それで体育は男子更衣室にも女子更衣室にも行けなくて、着替えられないから授業に出られないんです。助けてあげてください」
「わかったわ」
即答すると養護教諭は大きく頷いた。
「そういう事情を組み込めなかったのは教師側の落ち度ね。ごめんなさい。次の体育の授業の前に、ここに来るように伝えて頂戴」
愛莉は「やった!」と飛び上がった。
その翌週のこと。
朱里は愛莉に言われるがまま、家から持って来たジャージを胸に抱えながら恐る恐る保健室へとやって来た。
ーーここでなら着換えられるから。着替えを持って行って。
そう言われたけれど、本当なのか。半信半疑ぐらいの体で朱里は恐る恐る扉をノックして開けた。
「鈴木さん」
養護教諭は笑顔で招き入れた。
「ごめんなさいね、今まで気づかなくて。これから着替える際にはここを使って頂戴。ベッドのところ、カーテンを使えば周りからは見られずに済むから」
朱里はポケットから手帳を取り出し、
ーー愛莉が先生にお願いに来てくれたんですか?
と書いて見せた。
「ええ。ごめんなさいね。先生、鈴木さんが着換えが……その、難しいこと、気づかなくて」
朱里は慌てて首を横に振った。
ーーありがとうございます
手帳を見せて軽く頭を下げる。
そうしてカーテンを閉めて着換えを済ませた。
ちょうどその直後
「朱里、着替え終わった?」と保健室の扉から愛莉が顔を出す。その後ろにはクラスメイトの女子たちが四、五人も笑顔で朱里の登場を待っていた。
朱里が驚きながら顔を出すと、ぐい、と愛莉に手を引っ張られた。
「ねえ、髪みんなでおだんごにしよう!」
気づけば、後ろのクラスメイトたちもみんな揃いのおだんごヘアーである。
朱里が頷く間もなく、そういうことに関しては一番器用な美鈴が朱里の後ろに回り早速手櫛で髪をまとめ始めた。
「ちょっと緩くまとめる方が可愛いよ。シュシュ、これでもいい?」
そう言って美鈴は手首にはめた紺地の水玉模様のシュシュを見せる。
朱里は顔を赤らめつつ、慌てて何度も頷いた。
「早く、早くー」
女子たちが朱里の顔を見つめながら急かす。
「わかってるってー」
美鈴はあっという間に髪をまとめあげると、最後にくるりと手首についていたシュシュで縛って完成させた。ひょい、ひょい、と左右のこめかみに毛筋を垂らすと、
「この触角がポイントなの! これがあるのとないのとでは雲泥の差なんだから!」
「わかった、わかった。朱里はどうしたってかわいいから大丈夫」
「かわいい!かわいい!」みんなが口々に言い手を叩き合う。
「さあ、行こう!」
朱里は手を引かれながらグランドへと向かった。
「ねえ、今日テニスだって」
「日焼け止め塗った?」
「遅れたら朝岡うるさいよ、急ごう!」
朱里は瞼が熱くなるのを感じ、何度も瞬きを繰り返しながら走った。




