#1 ゆるゆるJKの微炭酸系ラジオ
夏休み明け、最初の木曜の放課後。
校舎の隅にある配信部の扉を開けた瞬間、女子生徒4人はそろって「うへえ」と声を上げた。部室の中は、外より暑かった。入った瞬間ドバっと汗が噴き出る。
『重鳴ダンジョン、5F未踏破の生徒は、来週中までにかさダン攻略委員会まで進捗報告をお願いします。未踏破のまま冬休み前の最終確認を迎えた場合、次学期の単位認定に影響が出ます』
毎日の恒例になっている事務的な校内アナウンスを聞き流しながら、配信の準備を進めるべく室内に入る4人は配信部のメンバーだ。
重鳴市が誇る安全・安心な資源型観光ダンジョン、通称『かさダン』。今では都市型エンタメとして、街の日常にすっかり溶け込んでいる。
ダンジョンは彼女らが物心ついた頃から日本各地に点在しているが、かさダンは初心者向けである構造から、今や観光地として整備され、ここ、重鳴学園高等学校の課外活動のカリキュラムにまで組み込まれている。
熱気が籠る部室内では、配信用のカメラやマイク、照明器具が所狭しと積まれ、起動した学校支給の型落ちのPCからは、排熱ファンがブォンブォンと唸り声を上げている。
「わたし、いつかみんなの楽しい声でいっぱいにしたいんだ。おばあちゃんのラジオみたいに!」
そう常々語っている配信部の部長・榎本つむりには、かつてラジオパーソナリティを務めていた祖母のようになりたいという夢がある。
実際は顔出し配信なのだが、そんなこだわりもあって配信番組名には『ラジオ』をつけている。
青いラインの入った茶髪を揺らし、絡まったケーブル類を器用に避けながら、つむりは配信席に飛び込む。
前髪はぱつんと真横。夏休みで少し焼けた腕が、マイクの前で元気よく跳ねた。
スカートなのを忘れてよくはしゃぐので、何度も怒られ、最近は中にスパッツを履くようになった。
これはつむりの親友、鷹ノ瀬しいの教育の賜物だったが、つむりはそれならスカート履かなくてもいいんじゃない? と思っている。
そんな彼女が主に進行を務める、看板配信が既に始まっている。
「いつもコメントありがとうございます! では最初のお便りは、みずみずさんから! ほるちゃんよろしくぅ!」
バトンタッチされたつむりよりも小柄な女の子は大きく息を吸い込む。触覚のような赤色の髪がピンと跳ね、ラインが入ったショートの銀髪が合わせて揺れる。
一回り小さい彼女は門坂ほるす。
告知やコメント読み上げを担当しており、一部熱狂的なファンはほるすに読み上げられるだけで昇天する、しゅわらじのマスコットキャラ的な役割だ。
「すぅぅ……みずみずさんから……。
本日も配信ありがとうございます。つむりさんのお悩みコーナーにつきまして、過去回で触れられていた『他者に頼ることが大事』という点、大変興味深く拝聴いたしました。
もし可能であれば、頼る方法、又はそのように仕向ける手法についてのご経験など、お話しいただけましたら幸いです。
それにしても青春。ああ尊いですね。私は頼るというそのものの行為が苦手といいますか、得意ではなくて、普段は一人でダンジョンを攻略しております。
運が悪いのか、よい仲間に巡り合えず苦労しております。特にかわいい女子とパーティを組むアドバイスなども合わせてお伺いできれば幸いです」
ほぼ一呼吸で読み終えたほるすは息も絶え絶えの様子だった。
はあはあと、彼女の呼吸音だけが流れている。
【ほる推し一年生】ほるちゃんのはあはあ助かる!
【ほる推し二年生】ほるちゃんほるちゃん!
【聞き専マン】読みきった……奇跡……。
【みずみず】ありがとうございます!!
常連たちでコメント欄が湧く。
実際、彼女らもリスナーも、ほるすの読み上げ声を聞ければなんでもいいという節がある。
「……あはは、ええっと……みずみずさん! いつもなんか凄いコメントありがとうございます! ほるちゃんお疲れ! チョコあげる(小声)」
一口サイズのチョコをほるすに渡すと、袖から小さな指が出てきてチョコを受け取った。
「ほる推し一年生さんから……、ほるちゃんのはあはあ助かる……。ほる推し二年生さんから……、ほるちゃんほるちゃん……。聞き専マンさんから……」
「つむりちゃん。なんか凄いコメントとかでまとめちゃだめだよ。みずみずさんが頑張って書いたコメントなんだから。
あとね、ほるすちゃん。つむりちゃんの答えのあと読み上げてね。でも、ちゃんと読んでえらいよね~。ふふ、なでなでしちゃう」
読みかけたほるすの言葉を、サブMCである国武彩華が、ほるすの銀色の頭を撫でながらそっと遮る。
ほるすは目をぱちぱちさせながら無表情のまま受け入れている。
彩華は、手の行き届いた艶やかなふわふわカールの薄いピンク色のロングヘアを掻き上げる。ほんわかした雰囲気と豊満な体を制服に収め、ゆる~っとした口調で場を揺らす天然癒し枠だ。
そして、彼女のその天然の裏にある無自覚な言葉は、ときに誰かを傷つけている。
「あっ、えへへ! なんか凄いコメントじゃなくて、女の子と仲良くなるためにはどうしたらってことですよね!? はいっ、お菓子です! お菓子をあげたらいいと思います! しいちゃんはお菓子あげたら、文句言いながらでもだいたい助けてくれますし!」
隣でついばむように小さなチョコを食べているほるすを見て、つむりは確信したように答える。
カメラの向こうで咳き込む声が聞こえた。
真ん中にほるす、その両隣につむりと彩華。そして未だ無言を貫き咳だけした、カメラ担当の鷹ノ瀬しいだ。
「ふふふ、お菓子、私も大好き。ほるすちゃんが今食べてるチョコも美味しそうだね?」
「すっごくおいしいんだよこれ! グランドバンカー! っていう、食べると地割れが起きそうなクランチチョコだよ!」
「……これ、すごく硬い。かりかり」
ほるすはさっきからついばんでいるが、少し歯形が付いているだけだった。
【ダンジョン攻略始めましたさん】それ歯科医から販売停止されたやつじゃ……。
【さえこ】あれで親知らず消えたのは今ではいい思い出。
「ふふ、じゃあ口の中でころころして、ゆっくり溶かすと食べやすいかも」
「わたしはいつもバキっといくよ! 一瞬歯が折れたと思う瞬間がバンカー! 歯なのかチョコなのかわかんない驚きがあってクセになるんだあ! 鏡見て安心するの!」
「わ、どんな感じなのか興味あるかも。つむりちゃん、見せて?」
「うん、いいよ! あと一個ポケットに入ってたはず――」
ポケットをまさぐるつむりの頭に、カメラの方から丸めて棒になった何かの雑誌が突き刺さる。
「あだっ!」
「というか、グランドだかの話してる間にコメント20個くらい流れてるんだけど!」
ぐりぐりとカメラ越しにつむりのつむじが押し付けられる。
しいは、我慢できなくなったのか眼鏡を光らせながら怒っている。モデルのようなスタイルなのに、なぜ映りたがらないのかなとつむりは疑問に思っているようだ。
光沢のある黒髪は絹のように綺麗で、黙っていれば目を引くタイプなのだが、本人は裏方に徹してなかなか前に出たがらない。恥ずかしがり屋で、そして四人の中では一番の常識人だった。
「……みずみずさんから……、ありがとうございます」
「それ、結構まえのやつだからっ!」
【みずみず】ありがとうございます!!
そういう進んでいるのかわからない会話を繰り返しながら今日の配信は終わる。
最初に読まれたコメントだけで配信が終わるときもある。
一つのコメントを拾い、だべってしいに突っ込まれ、ほるすが落とす。
そんな彼女らの番組名は、しゅわしゅわ微炭酸ゆるゆるラジオ!
略して、しゅわらじ!
校内アナウンスやコメントではダンジョンがどうとか言っていたが、彼女たちはいわゆるダンジョン攻略系の配信者ではないし、戦うなんて行為自体が苦手だ。
流行りの歌を歌ってみたり、踊ってみたり、ただお菓子の感想を喋ったり、リスナーからの質問に答えたり。
ダンジョンが日常に在り過ぎるので、逆に日常的な配信に重きを置いているゆるゆるライバーなのだ。
一抹の不安を覚えるのはしいだけであった。
夏休み前の全体朝礼で校長先生が言っていた。
かさダンの5Fを踏破しないと、成績に影響が出る、と。
しいは配信用PCの横に置いたスマホをちらりと見た。
かさダン公式アプリには、対象生徒の未踏破者リストが表示されている。
榎本つむり。
門坂ほるす。
国武彩華。
鷹ノ瀬しい。
4人全員、5F未踏破である。
「……これ、ほんとに笑ってる場合じゃないんだけど」
しいのつぶやきは、排熱ファンの音にかき消された。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
JKたちによるしゅわらじ配信、開幕しました!
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