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― 汪果 ―

 屋敷の屋根の上。

 群青色の髪が長く、広がっている。

 燦々と降り注ぐ陽光を、肩から掛けた濃色の袿に集め、どこから持ち出したのか、毛足の長い緋毛氈まで敷いて伯が、横になっている。

 眼を閉じ、

「、、、、、」

 薄く開いた朱鷺色の唇からは、安らかな寝息が毀れている。

 昼寝を、している。

 初冬とは言え、日中に陽射しは暖か。

 それを伯は、

「、、、、、」

 享受している。

 遠く、楓の枝に吊るした季節外れの風鈴が、不在の主を探して、鳴いている。

 前髪を揺らす微かな風に、

「ん、、、」

 傍らに潜り込んでいた童が、眼を擦った。

 眼を瞬かせ、終始潤んでいるような漆黒の眸が、覘く。

「ふわぁ、、、ふぅ、、、」

 あくびをしながら上半身を起こすと、

「さむっ、、、」

 すぐに傍らの伯に、身を寄せた。

 蓉亜である。

 潜り込んだ袿から、顔だけを覗かせると、頭上を見上げ、

「しぃ、、、」

 唇の前に、ひとさし指を当てた。

≪ ほぅ、、、 ≫

 蓉亜の視線の先。

 ゆらゆらとした陽炎の如く様相ながら、こちらを睨んでいる者が、白い溜息を吐いた。

 妖艶な、美しき幽鬼。

 蟲姫である。

 手習いをさぼり、逃げ込まれた先が悪かった。

 惰眠を貪っている、主の傍らだ。

 手も足も、出ない。

 蓉亜も、それを重々承知。

 珍しく、深い眠りに就いている伯の傍らで、ぬくぬくとしている。

 やがて諦めたのか、蟲姫が、媒体のある楓の木へと戻っていくのを見送って、蓉亜は傍らの伯を見つめた。

 平素、ぶっきらぼうな姿とは、一転。

 ずっと幼く、そして、無防備な寝顔が、目の前。

 蓉亜は、頬に手を当て、しみじみとその貌を眺めた。

 絡め取れば、艶やかに指を滑り抜けて行く、群青の髪。

 枝分かれした、翡翠の角。

 今だ啓かぬ、額の金色吉祥紋。

 そして、目尻に朱を刷いた、鳳眼。

 その姿、異形。

 しかし、

 ― 伯だって、子供みたいじゃない ―

 物心つく以前より共に在る蓉亜にとっては、それ程気になるような事ではないらしい。

「伯、、、?」

 蓉亜の悪戯な手が、そっと伯の高い鼻梁を抓んだ。

 いつも、伯が蓉亜にするように。

「んー、、、」

「あ、ちょ、、、」

 とたんに手で払われ、背を向けられた。 

 包まった袿を巻き込んで、丸くなれば、蓉亜は寒気に晒される。

 巻き込んでいるため、潜り込む隙間も、無い。

 仕方なく、緋毛氈の上に座り直したところで、

「うん?」

 誰かが、草履を引っ掛ける音が、した。

 辺りを見回せば、特徴的な甘栗色した短い髪が見えた。

 青白い肌には、細やかな青い刺青。

 調度、汪果が庭に降りたところであった。

 腕に、竹で編んだ籠を、持っている。

 大池の畔、野草の茂みに腰を下ろすと、ツワブキを摘み始めた。

 蓉亜は、

「、、、、、」

 伯の傍らで寝そべったまま肘を付き、両頬に手を当て、その様子を眺めることにした。

 相手は、こちらに気づいていない様子。

 夕餉は、ツワブキを甘辛く炊いたものがでるのかな、とぼんやりと思っていれば、

 ― あ、、、 ―

 その手が、宙に、伸びだ。

 ― あれって、、、 ―

 儚げに羽ばたいていた何かが、その手に舞い降りる。

 そのまま汪果の手の平に纏いつき、陽射しを受けて、虹色の輝きを大地に落とす。

 それは、【脆弱なるもの】。

 鬼でもあり、神霊でもあり、また、そのどちらでもないものたち。

 未分化の生命の姿。

 蓉亜も、調子が良い時には、見る事ができるものたちだ。

 それを、汪果が愛おしげに指先に絡めては、眼を眇めている。

 ほのぼのとした、そんな平穏な昼下がりであった。

 ― 可愛い、かな?汪果って、変なもの好きなんだね。僕、汪果のこと、そういえばなんにも知らなかった ―

 屋敷に在り、甲斐甲斐しく皆に仕える、異相の美姫。

 切れ上がった目尻のせいで、見る者に随分ときつい印象を与えるが、蓉亜にとっては、厳しくも優しい、姉にも等しい存在だ。

 蓉亜が顎を腕に乗せようとして、

「?!」

 眼を、瞬かせた。

 平穏な昼下がりが、突如、凍りついた瞬間であった。

 ― うそッ ―

 上半身を起こし、さらに眼を凝らす。

 汪果の手が、舞を舞っているかのように宙を撫でれば、ゆらゆらと舞い遊ぶ輝きは捉えられ、ぽってりと蟲惑的な丹唇へ。

 細い喉が、動くのが、

 ― た、、、食べ、た、、、? ― 

 はっきりと、見えた。

 汪果から視線を外せぬまま、蓉亜は腕を伸ばした。

 そのまま、伯の肩を掴むと、力の限り揺らす。

 ぐらぐらと揺さぶっているのだが、

「、、、、」 

 いっこうに起きる気配が、無い。

 その間も、汪果はそれらを捉えては、可憐な口元へ放り投げていく。

 白い、牙の羅列が見えた時には肝が冷え、

 ― 伯ッ ―

 心の中、声無き叫び声だ。

 そのまま、後退ろうとして、

「ひゃッ」

 手首を、力強く、掴まれたのだった。

 



「あ、、、」

 短い悲鳴に、汪果は、口元を懐紙で拭った。

 紅を差しなおしたところで、辺りを見回す。

「?」

 しかし、庭、中島はおろか、門からこちらへ至る小路、釣殿、平橋、離れ、母屋、そして、屋敷の屋根にすら、何の姿も無かったのだった。

 

 

 

「う、、、」

 口を押さえられた状態で、蓉亜は真っ赤な毛氈に包まれていた。

「あふぁ」

 その毛氈を挟んだ向こう側で、暢気なあくびが、ひとつ。

「、、、、、」

「?」

 腕の中で、死んだように大人なしくしている蓉亜をいぶかしんで、剣眉を寄せる。

 緋毛氈共々、屋敷の裏手に飛び降りたのは、

「おい、、、起こしやがって、だんまりか?」

 憮然とした様子が声に現れている、伯である。

 蓉亜に名を呼ばれ、その叫びに、すっかり眠りを妨げられたらしい。

 咄嗟に蓉亜を抱えて、裏手に飛び降りてみたものの、辺りはいつもの静けさだ。

 塞いでいた口から手をどけ、緋毛氈を取れば、涙で潤んだ黒瞳が見上げてきた。

「なんだよ、、、」

 むすっ、とした伯に、

「もっと早、、、―ッ」

 噛み付こうとした蓉亜、しかし、足音に辺りを見回した。

「こんなところで、どうなされたのです?若君、若様?」

 野草が入った籠を腕に、現れたのは、汪果。

 その姿を見たとたん、

「うわぁぁッ」

「おい、、、よ、、、」

 一目散に駆け出して行く、蓉亜。

 華奢な肩を掴もうとして、伯の手を擦り抜けて行く。

「なんなんだ、、、」

「若様、、、」

 蓉亜が駆けて行くのを、ただ見送ることしかできない、伯と汪果。

「騒がしいやつ、、、」

 ぐっと、大きく伸びをする伯に、

「御髪《おぐし》が、乱れていますよ、若君、、、、」

 袖から櫛を取り出し、汪果が群青の髪を梳る。

「毛氈まで持ち出して、外でお昼寝、されていたんですの?」

 されるがまま、立ちつくす伯が、

「ああ。良い夢を、見ていたんだがな、、、」

 寝乱れた襟を合わせ、肩紐を結んでやる。

「、、、、、」

 とろりと潤んだ菫色の眸を伺うに、まだ、意識は夢路にあるようだ。

 懐手で、踵を返したところをみると、しぶしぶながら、蓉亜を探しに行くらしい。

「あの、、、」

 緋毛氈、袿を腕に掛け、蓉亜が消えた方へと向かう、伯。

 ― それも、持っていかれるのかしら、、、? ―

 汪果が、声を掛けようとして、

「若君、お昼寝は終しまいですか?」

 庭の手入れに、竹箒を手に現れた琲瑠が、声を掛けた。

 どうやら、倉から緋毛氈を出してきた張本人らしい。

 今、気がついたとばかりに、腕のものを見つめると、

「ん、、、」

「わっ、と、、」

 琲瑠、投げ渡された緋毛氈と袿を、地に着けぬよう、竹箒を放り投げ、あたふたとした。

 そんな従者を他所に、

「くわ、ぁ、、、」

 生あくびを繰り返しながら、伯は、蓉亜が消えた方へと、歩いていったのだった。

 

 

 

「っ、、、」

 人々の、訝しげな眼差し。

 人通りの多い、この時分。

 往来に走り出た蓉亜は、そのまま屋敷を背に駆け出して、人々の視線に気づき、辻を少し行った辺りで、足を止めた。

「はぁ、、、はぁ、、、」

 胸が、まだ大きく鼓動を刻んでいる。

 近くの屋敷の築地塀に背を齎せ、蓉亜は膝に手をやって、呼吸を整える。

 解けて、長く垂れた黒髪が、さらさらと頬を撫でてゆく。

 ― びっくりした、、、 ―

 今は、少しでも遠へ。

 汪果から、離れたかった。

 ― でも、これから、どうしよう、、、 ―

 蒼奘が戻るは、夜更けかもしれない。

 それまで、と考えて、

 ― 燕おじのところなら、羽琶おねぇちゃんが、、、でも、すぐに見つかっちゃうかもっ ―

「蓉亜?どした?」

「ひゃっ」

 びくりと身を震わせ、顔を上げれば、

「な、なによ」

「た、タオフィっ」

 調度、屋敷に向かう途中か、見慣れたその狐精の顔があった。

 姉にも等しいその人の手首を掴むと、蓉亜の心は決まっていた。

「来てっ」

「ちょっとぉっ、、、」

 蓉亜に引っ張られるようにして、タオフィは、往来の人ごみの向こうへ。 

「ね、ねぇ、蓉亜。どこ行くの?」

「いいから来てったらっ」

「もお、、、」

 目的の屋敷とは、正反対の方角へ。

 一方、

「、、、、、」

 屋敷の門を潜って往来に出た伯は、南北に走る街道を、交互に眺めた。

 そして、彼方に遠ざかる二人の背中を見つけると、

「、、、、、」

 懐手のまま、北へと歩き出したのだった。

 

 

 

 布津稲荷。

 石造りの対の狐が、睨みをきかせる境内は、ひっそり閑としていた。

 鬱蒼とした鎮社の森が成す小高い山には、いつくも社が点在し、赤い鳥居が連なってそれらを結んでいる。

 祭日や市が立つ日には、人で溢れ返さんばかりだが、今日のような日には、子供達が遊んでいるくらいだ。

 拝殿の裏。 

 子供達も心得て寄り付かない、薄暗い森が広がっている。

 ところどころ剥げかけた朱色の鳥居の連なりが、その闇の中へと消えている。

 日が傾けば、人が足を踏み入れることを、そのまま拒んでいるのかもしれない。

 アァァア・・・クアァァ・・・

 鴉が、鳴いている。

 注連縄を巻いた、大きな杉の巨木下。

 張り出した太い根に腰を下ろしているのは、

「汪果が?」

「そうなんだ。もう、僕、びっくりして、、、」

 タオフィと、蓉亜である。

 少し距離があるが、どうも勢いで、ここまで駆けて来たらしい。

 一通り、蓉亜の話を聞くと、タオフィは珍しく、

「、、、、、」

 黙った。

 その沈黙が怖くて、

「ねぇ、汪果、鬼になっちゃったの?」

「鬼、では、ないと思うけれど、、、」

【脆弱なる者】は、まだ自我を持たぬ者。

 芽吹きも知らぬ、果実のようなものなのだ。

 それを、喰らったところで、一概に鬼とは呼ばない。

「じゃ、どうしたらいい?汪果、元に戻すには、どうしたらいいの?」

 タオフィの袖を掴んで、蓉亜はまっすぐな眸で見上げてくる。

「このまま汪果は鬼になっちゃって、そしたら、父上が汪果を祓っちゃうかもしれないじゃない。そんなの僕、絶対、いやだよっ」

 みるみる潤みを帯びる、漆黒の眸。

 今にも、零れ落ちんばかりの眸には、無力であると言うもどかしさが、いっぱいに詰まっていた。

 それでも、

「いやなんだ」

 自分に言い聞かせるように、堪えている。

「蓉亜、、、」

 タオフィは、その姿に、かつての自分の姿を見たのかもしれない。

 父の領布に守られた、あの日の姿を。

 そっと、袖でその目元を拭ってやれば、

「なんとか、したいんだ、、、」

 搾り出すような、蓉亜の声が、聞こえてきた。

「でも、僕ひとりじゃ、何にもできないから」

 涙が毀れるその前に、自分で目元を擦ってから、

「タオフィ、僕の力に、なってくれる?」

 強い意志の輝きを宿した眸が、乞うた。

 タオフィは、その眸を見つめ返し、

「何、言ってんのよ。当たり前じゃない」

 大きく頷き、それを見た蓉亜は、安堵の溜息をついた。

 少しは、落ち着いたらしい。

「ありがと、タオフィ」

「いいの。蓉亜は、あたしの大事な弟だもの」

 くしゃくしゃと、タオフィはその髪を撫でれば、蓉亜は、肩を竦めてみせた。

 と、不意に、

「ばっ、、、てめっ」

「!?」

 バサバサと忙しない羽ばたきが、頭上で起こる。

 クワアッ・・・

 カアァアッ・・・

 激しく頭上の枝が、揺れた。

 揃って見上げれば、鴉の黒羽が、ひらひらと降ってきた。

 その向こう。

 眼を凝らせば枝に片手を掛け、ぶら下がる人影が、ある。

 その手から、何かが零れ落ちた。

 ぽしゃ・・・っ

 橙の果肉が、大地に当たって、弾けた。

 よく熟した、小振りの柿だ。

「ちッ」

 短い舌打ちに、心当たりがあった。

「は、伯?!」

 観念したのか、鴉色の袖に風を張らんで、舞い降りる。

 そのまま、暗がりから溶け出したかのようなその肩には、大きな鴉が一羽。

 袖から、もう一つ柿を取り出すと、鴉が上手に嘴に咥えた。

 どうも、隠れて鴉らと柿を食べていたらしいのだが、案の定喧嘩した鴉らよって、枝から落ちかけたらしい。

 飛び立つその姿を見送って、

「自我、意思、記憶を宿した魂魄を、喰らえば、鬼としての資質は十分だ。が、たかが【脆弱なる者】を喰らったところで、鬼とは言い切れん、、、」

「ホント?」

「ああ、、、」

「良かった、、、僕、皆が汪果を追い出したりしたら、どうしようかと、、、」

 癖の強い髪に、木の葉をくっつけたままの伯。

「ねぇ、伯。蓉亜が心配で来てくれたのに、なんでこそこそ隠れてたの?」

 タオフィが、そっとその木の葉を払いながら問えば、

「お前達の話しを聞けば、それで済む。それだけだ、、、」

 憮然と、その手を払った。

「心配してたんでしょ?」

「そうじゃな―」

「もう、素直じゃないんだから」

「、、、、、」

 唇を尖らせた、タオフィ。

 それでも、目の前に伯がいるだけで嬉しいのか、頬が心なし、緩んでいる。

「伯」

 その袖を、蓉亜が掴んだ。

「なんだ?」

 蓉亜を見下ろせば、

「僕、汪果にちゃんと聞こうと思うんだ」

「、、、、、」

「一緒に、行ってくれる?」

「、、、、、」

 伯が、無言でその身を、翻した。

 境内の方へと向かう、その背中。

 蓉亜とタオフィは、顔を見合わせ、その背に続いた。

 参道に出たところで追いついて、

「離せ、、、」

 二人はそれぞれ、その腕に抱きついた。

「伯っ」

「ホント、恥かしがり屋さんなんだからっ」

「うるせぇ、離れろ、、、」

 いつもながら、賑やかな一行。

 その背中を、対の石狐が、西陽の中へと消えて行くのを、見送っている。

 

 

 

 竈の前、夕餉にと里芋を剥いていた、汪果。

 膳を用意しているのは、琲瑠。

 乳色の陽射しが差し込む中、琲瑠が、

「おや、若様」

 灯り取りの窓の向こうに、その人を見つけた。

 そろりと板戸が開いて、

「汪果」

「若様、どうなさいました?」

 手を拭きながら、汪果がその元へ。

 もじもじとする蓉亜の背中に、伯が立った。

 それとなく、その背を肘で押せば、

「あのね、ちょっと聞きたい事が、、、」

 蚊の鳴くような声で、汪果に言った。

「ここでは、聞きにくい事ですの?」

「うん、、、」

 小さく蓉亜が頷くのを、汪果が穏やかな微笑みで見つめる。

「分かりました。琲瑠、すぐに戻りますから」

「ああ、ご心配なく。後はやっておきますよ」

 琲瑠が、細い眼を更に細めて、応じた。

「では、参りましょうか?」

 三人の足音が遠ざかるのを聞きつつ、

「しかし、何があったのでしょうねぇ、、、」

 竈の世話を焼く、琲瑠。

 その、何ともいえない呟きが、宵闇を迎えんとして茜に染まる西陽に、滲んだのだった。

 

 

 

 大池の畔。

「あら、そんなところにいたの?気がつかなかったわ」 

 腕を組み、顎を上げるタオフィと、そのすぐ上で、

≪ また、いらしたんですの? ≫

 赤く濡れた可憐な口元を、袖で隠した、蟲姫。

 ほんのりと、赤く染まった南天の茂みのその前で、いつものやりとり。

「関係ないでしょ?あんたこそ、伯にくっついていないなんて、珍しいのね。ひょっとして、今更幽鬼の分を、わきえて?」

≪ わたくし、あなたのように、迷惑も顧みず、主様に纏わりつくのは、どうにも、しょうにあっていないんですの、、、 ≫

「あら、ひがみにしか、聞こえないんだけど?」

 両者、一歩も引かぬそこへ、

 パンッ・・・パンッ・・・

 拍手の乾いた音が、響いた。

「二人とも、喧嘩をするのなら、他所でおやりなさい」

 汪果が、蓉亜と伯と共に、姿を現した。

「喧嘩なんて、してないもん。ねぇ、蟲姫?」

≪ ええ、、、 ≫

 追い出されては大変と、とたんに大人しくなる。

 屋敷の一切を仕切る汪果にあっては、さすがにこの二人も形無しのようだ。

 その汪果の前に、蓉亜が立った。

「あのね、今日、ここでこの葉っぱを摘んでいたでしょう?」

「ええ。ツワブキを、、、」

「その時に、僕と伯、あそこに居たんだ」

 指を指した先は、

「屋根?」

 こくりと頷いて、伯を見た。

 波打ち際に在る、大岩。

 苔むしたそこに腰を下ろし、

「、、、、、」

 どこかを、ぼんやりと眺めているところであった。

「屋根の上で、お昼寝を?」

 汪果が首を傾げ尋ねれば、

「うん。その時に、僕ね、見ちゃったんだ」

「、、、、、」

 蓉亜は、彼女を見上げた。

「汪果が、漂っている【脆弱なる者】を、食べてるとこ、、、」

「、、、、、」

 琥珀色の眸が、静かに蓉亜を見つめ返す。

 蓉亜は、眼を背けなかった。

 澄み切った、その大きな眸。

「そ、うですか、、、」

 汪果は、眼を伏せた。

 長い睫毛が、頬に影を落とす。

 俯いたその人に、

「汪果。僕に、できる事、ある?」

 蓉亜が、申し出る。

 汪果の視界に、拳を握ったその小さな手が、震えるのか、見えた。

「ふ、、、」

「?」

 苦笑した汪果が、そっと蓉亜の肩に手を置いた。

 その肩を擦りながら、視線を、伯へ。

「若君も、随分と意地がお悪い、、、」

「、、、、、」

 伯は、そしらぬ顔。

 茫洋と、どこかを見つめたままだ。

 ― わたくしの真の姿を、知っておられるのに、、、、 ―

 しかし、伯を見る汪果の眼差しに、険、は無い。

「どう言う、こと、、、?」

 眉を寄せる蓉亜の前で、汪果は身を屈めた。

「先代と約束したのに、わたくしときたら、迂闊、でした、、、」

 目線を合わせると、蓉亜を見つめ、

「わたくしの身の上を、若様にちゃんと、お話しなければなりませんね」

 穏やかに、微笑んだのだった。


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