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悪役令嬢パールルーシャ

「……少し、お時間よろしくて?」


 ある日の昼休み。昼食を食べ終えたあたしは、食後の紅茶を楽しんでいた。ふいに掛けられた声に見上げると、菫色の縦ロールに深紅の瞳であたしを見下ろす美少女の姿があった。


「げ……悪役令嬢登場……」

「何か仰りまして?」

「い、いえっ! えっと、ど、どうぞ……」


 あたしが向かいの席へと促すと、とても洗練された所作で悪役令嬢であるパールルーシャ・ノーエクランツはそこへ腰掛けた。


「…………」

「…………」


 暫しの沈黙が流れる。あたしの頭の中は“ヤバイ”の一言で溢れ返っている。先日クッキーイベントをこなしてしまった為、来るとは思っていたけど本当に来た。もうこれ以上イベントを進めるつもりも無いし、カイラード殿下に会いたい気持ちなんて無い。あたしは断罪も婚約破棄も拒否したい。


 なのに何で悪役令嬢自らあたしに声を掛けて来たのか……冷や汗だらだらモノだ。


(わたくし)はパールルーシャ・ノーエクランツと申します」

「はいっ、存じておりますっ」

「そう……では、カイラード殿下が私の婚約者だという事もご存知ですわよね?」

「勿論ですっ!」


 やっぱり、アレか? ゲーム通りに色々と苛められるのだろうか。


「でしたら……」

「近付きませんっ! むしろ、会いたくもありません!」

「ええっ?」


 予想外だった答えに驚きを隠せないパールルーシャ。だって本当なんだもの。


「殿下には、これっぽっちも興味ありませんのでっ! どうか、ご安心下さいっ」

「それは……随分と寂しいことを言うんだね、カルベロス嬢」


 今度はカイラード殿下本人が登場して、あたしは頭が痛くなった。避けたい相手なのに、なんで向こうから来るのよ。パールルーシャが慌てて立ち上がり、淑女の礼をした。あたしも一応それに倣って腰を折る。


「気にせず頭を上げてくれ」


 そう言いながら、パールルーシャの隣りの席へと殿下は座られた。王太子とその婚約者……もう、なんて面倒臭い状況なんだろう。


「パールルーシャ、何を勘違いしているのか知らないが私とカルベロス嬢はただの知り合いだよ」

「ですが、お二人が仲睦まじく密会をされていたと……」

「密会って……たまたま噴水の所で出会っただけですよ」

「……ですが」


 それでもパールルーシャは不満げに眉を下げて、少し唇を噛まれている。え、やだ悪役令嬢かわいいんですけど。殿下がこの可愛さに気付いてくれたら話は早いんだけどなぁ。てか殿下にクッキー食べさせてごめんなさい。殿下がクッキー食べないとあのイベント終わらないのよ……。


「わたくしは、ただ……この方が身分不相応な態度を取られているようなので注意しようとしていただけですわ」

「え……」


 げ……。なんか急に悪役令嬢お決まりの苦言モード発動しだしたんですけど。


「婚約者の居る殿方のお身体に触れたり……」

「一度たりとも触れられてはおらぬが」

「淑女らしい礼儀を身につけておられなかったり……」

「先程も見事なカーテシーをしていたぞ」

「……」

「……」


 苦言モードが不発だったようで、カイラード殿下とパールルーシャは互いに黙って見つめ合う。なんだか痛いヒロイン行動してなくてごめんなさい。だって悪役令嬢から嫌われるのイヤだったんだもの。


「あのー……」

「なんですのっ!?」

「殿下がお好きなら、ちゃんとそうお伝えしては如何ですか?」

「……はぁ!?」


 パールルーシャはあたしの言葉に目を丸くした。そして見る間に顔が真っ赤に染まっていく。


「ノーエクランツ様は殿下の事が大好きだから、殿下に近付いて来たように見えるわたくしに文句を言いたいのでしょう? わたくしの殿下を取らないでって」

「あっ……うっ……」

「大丈夫です、取りませんから。殿下はちゃんとノーエクランツ様のものです」

「!?」

「それから殿下」

「な、なんだ……」


 急に話を振られて戸惑うカイラード殿下。


「ノーエクランツ様が普段から殿下に色々窘めるような事を仰るのも、全て次期国王となられる殿下の事を思ってです。本当のノーエクランツ様はとても純粋で可愛らしいお方なのですよ」

「えっ……ええっ?」

「それを煩いからと耳を塞いで向き合わず、何が王太子としての責務が重いだのなんのと逃げておられるのですか。こんなにも傍に、一緒にその荷物を持って下さる方がいらっしゃると言うのに」

「わ……私、は……別に……」


 目を泳がせてしどろもどろになるカイラード殿下。


「ほら、見て下さいよ。このノーエクランツ様の可愛らしいお顔! 殿下が好きで好きで堪らなくて、こうして真っ赤にお顔まで染められているんですよ」

「なっ……や、やめ…………やだ、もうっ」


 恥ずかしさが極限に達したのかパールルーシャは、真っ赤になった顔を両手で覆って隠してしまった。恐らく初めてそんな彼女を見たのであろうカイラード殿下は、まるで腫れ物にでも触るかのようにあたふたとしてパールルーシャの様子を見ている。


「……ぱ、パールルーシャ。……その、誠なのか。私の事を好いてくれているのか?」

「う……し、知りません。私は殿下の事なんて……」

「私は……好きだ」

「は?」


 あら、なんかカイラード殿下の告白が始まったみたいだわ。


「本当は君の事が好きなのに……パールルーシャが令嬢として、王太子妃として完璧すぎるものだから……いつの間にか私は自分を卑下して君を遠ざけていた」

「そんな……殿下はとても素晴らしいお方ですわ。そんな殿下のお傍に居る為に私は必死に努力して来ただけです」

「……こんな私を好いてくれるか? パールルーシャ」

「当たり前ですわ……お慕いしております、カイラード様」


 見つめ合って手を取り合う二人の姿に、周りからも拍手が送られる。そんな中、あたしはそぉ~っとその場を離れ、コッソリとガッツポーズを取った。


 ――いよっしゃあああああああ! これで断罪回避~! 婚約破棄も回避~!


 ルンルン気分で食堂を出ようとしたところ、入口付近でマーカイルと目が合った。そして非常に驚いた表情を見せた後、何故か不敵な笑みを浮かべた。ぐっ……だから、その色気駄々漏れな笑みはなんなのよっ! こわいわー。

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