無茶振りで死にそうです
『ガウガウ』
そんな鳴き声を上げながら、俺の足元で嬉しそうにはしゃぐ双頭の子犬。
殺伐とした空気が漂う中、そこだけが和やかな空気に満ちているのだが、それはこの場合何の助けにもならない。
「これはまた頼もしい助っ人だな。だが、それで俺がどうにか出来るとでも思っているのか?」
思っている訳ないでしょうが。大体、双頭犬っていっても子犬じゃ邪魔なだけだし。
だがそこは一応悪役の俺。それらしい台詞を放てば格好が付くだろうと思い、口にしたのだが……。
「ふっ、こいつを見縊らないでもらおう。レジン、お前の力、見せてやるのだ!」
突然名前を呼ばれた双頭犬――子犬でいいよな――は一瞬キョトンとして動きを止めて俺の事を見上げたが、直ぐに自分の名前だと理解したのか、更に跳ね回ってはしゃぎ始めてしまった。
おーい、レジンさんやーい。働いてくださいなー。
一向に働こうとしない子犬に俺は諦めて溜息を付き、これは自分が遣るしかないな、と仕方なく剣を構えようとしたその時だった。
足元に向かって強烈な加重が加わり、全身が鉛にでも変わったのか、と疑いたくなる程の重さを感じたのだ。
そして、目線を下に落とせば、子犬も地面に張り付き、苦しげな呻き声を上げている。
「どうかな? 竜族の固有魔法の味は。中々美味だと、思わないか?」
「くっ! 重力操作かっ!」
俺のこの言葉に団長さんの目が細められる。
「良くぞ看破した。その事だけは褒めてやろう。だが、これを破れた者等、未だ嘗て誰一人としておらん。さあ、茶番はこれで終わりとしようではないか」
ゆっくりと近付いて来る団長さんを睨み付けながら、俺はどうやって逃れればいいのか、思考をフル回転させる。
――俺が立っていられるのはたぶん、身体能力のお陰、なんだろうな。でも、腕も上がらないし足だって動かせない。どうする、どうしたらいい。せめて、剣を動かせれば……。
考えながらも視線を逸らさずにいる俺だが、彼が手にした剣を徐々に上げ、口元に余裕の笑みを湛える姿を見みれば、あと少しで間合い入る事位、容易に分かろうというもの。
それに焦り、何とか答えを導き出そうとするが、焦れば焦るほど考えは纏まらず、時間と距離だけが無くなってゆく。
――何か……何かヒントは、無いのか?!
その時、昨日の教授の姿が頭に浮かんだ。
――俺にもあれが出来れば、この状況を何とか出来る、筈……。でも剣を逸らすには生半可な威力じゃ……。いや、待てよ。そうか、あれなら!
「なあ、あんたのその剣、俺のよりも、強いのか?」
今の俺が勝っているもの、それは多分剣だけだ。でもそれがこの状況を突破できる唯一の望み。
「それがどうした。剣の優劣など、この場では関係ない。例え俺の剣が貴様のよりも劣ろうともな」
答えながら剣を振り被り、次の瞬間には、岩すらも断ち割れそうな速さで振り下ろされた。だが、それを上回る速度で俺の右腕が跳ね上がり、頭上で剣を水平に構えて彼の剣を半ばから断ち切り、団長さんは振り抜いた姿勢のまま、呆然とした表情を俺に向けていた。
「だから、聞いたんだよ。その剣が俺のよりも強いのかって」
「な、何故……動ける……」
「無窮風裂獄」
答えの代わりに暴風壁で彼の体を押し包み、その内部に普段とは逆向きの風刃を発生させ、全方位攻撃を浴びせかけ切り刻む。
「がああああああああ!」
そして、彼が力尽き膝を着く様を見て高らかに笑いを放った。
「ふ、ふはは、ふはははははは! 俺が動けないからと、油断するからそうなる! どうだ? 勝利を確信した後の敗北は? さぞ悔しいだろうな! だが、俺を倒す事など誰にも出来はしない! あんたは己の過ちを悔いながら、そこで国が滅ぶ様を見ているがいい!」
「き、貴様――何処まで堕ちれば――」
苦鳴と共に搾り出される団長さんの言葉を遮り、先ほどの問いを口にした。
「そう言えば聞かれた事に答えていなかったな。あれは動いた、ではなく、動かしたんだよ。複数の風弾を小刻みに使ってね。まあ、火炎弾を使う事も考えたけど、風弾で正解だったな」
敢えて一発の威力に勝る火炎弾を使わなかったのは、それを見られて剣の軌道を変えられるのを恐れたからなのと、自分のダメージを最小限に抑える為だったのだが、こうも巧く行くとは思いもしなかった。
「なれば――最後――」
竜化なんかさせるかい!
「大人しくそこで寝ていろ! 火炎弾!」
「ぐはあ!」
止め、とばかりに魔法を打ち込み意識を刈り取ると、視界の片隅で動く者を見止め、目線を送る。
あ、メルさんが起きた。これにはレジンが丁度いいか。
「レジン! 遊んでやれ! 但し、殺すなよ!」
命令を発した途端、レジンの周りに黒い靄が立ち込め急速に広がり、大きな繭を形成する。と、その靄の殻を突き破り、体高三メートルはあろうか、という巨大な双頭犬が姿を現した。
むお! こ、こいつ、子犬に化けてたのかよ!
――御意!
お決まりの念話が頭に響くと、嬉々として走り出して行った。
こいつ、なんだか俺に付いて来そうな気がするなあ……。
そんな不吉な予感に一瞬だけ身震いすると、演技を続けた。
「生贄の諸君! この国最強の者も俺の前に跪いた! さあ! 旅立ちの時だ! 嘆きの調べを奏で、俺を楽しませてくれ!」
両腕を広げて、さあ、何を唱えようかな! とウキウキしていると、
「僕のおとーさんを、返せ!」
そんな声が響き渡り振り向けば、真っ白なコートに身を包み光る剣を俺に向けるライルと、その後に五人の妻達が立っていた。
それを視界に納め怪訝な表情を取ると、ウェスラの良く通る声と共に指が突き付けられる。
「神に成り代わり、ワシ等が天誅を下してくれる!」
その台詞で、なるほど、と妙な感じで俺は納得する。
要するに、彼女達と戦って、最終的に俺が負ければいい訳ね。
なんだ、簡単じゃないか、と思っていると、突然、教授の念話が鳴り響いた。
――マサト殿、死なないようにがんばってください。
――どういう事だよ、それ?
――皆さん、何故か本気に成ってしまったのですよ。
――はあ?!
――特に陛下とローザ殿が歓喜しておりました。全力でぶつかれると。
――ちょっと待てえ! あの二人を同時に相手なんかしたら、マヂやばいって! それに、ウェスラの魔法とか、キシュアの死霊とか、リエルの魔装も同時だろうがっ! それで死ぬなって方が無理あんだろ!
――大丈夫ですよ。マサト殿ですし、殺しても死なないと私は思ってますので。
――俺は家庭内害虫かよっ!
――おや? 違うのですか?
――違うだろうがっ!
――兎も角、四半刻は死なないでください。それではまた後ほど。
――あ、おい、待てこら!
あの野郎……。覚えてろよ!
念話を終えた俺は、悲鳴を上げていた観客達が静まり返っている事に気が付いた。そして、その視線が俺達に集まっている事も。
もしや、ここからが本番なのかな?
そんな事を思いつつ、訝る表情で悪役らしい台詞で返す。
「貴様等、何者だ?」
そうそう、これだよこれ! しかも、念話が丁度いい間になってるしな!
「僕はライル! マサト・ハザマの息子だ!」
おお! いいぞライル! 良く出来ました!
内心の嬉しさを隠して、訝る表情を更に強める。そして、妻達が次々と名乗りを上げていった。
「わたしはデュナルモ十傑が一人、神速のターガイルが娘、ローザ・スヴィンセンです!」
「俺はフェリシアン・ビスリ・ヘヴェンス・スティート・マクガルド! フェンリル一族の長だ!」
「わらわはドビール・レイ・ジレダルト公爵が娘、キシュア・ヴィ・ジレダルトなるぞ!」
「あたしはリエル! 魔装機使いのリエル・マウシス!」
観客もこの名乗りを聞いて、どよめきを上げている。
俺はそれ聞きながら、態と一拍の間を空けたウェスラに、感心してしまった。
「我が名はウェスラ・アイシン! 炎の魔神よ! 貴様の魔法とワシの魔法、どちらが上か、勝負じゃ!」
はっきり言って、ウェスラ以外の知名度はそれほど高くはない。でも、ローザとキシュアは父親が有名だし、フェリスの場合はフェンリルの長、という事から天族である事が分かるし、リエルの場合は魔装機使いとして、冒険者の間ではかなり名前が浸透している。それに俺の名前は殲滅のハーレム王として、この地ではそこそこ有名だ。
結果、観客席の者達が歓喜の声を上げるのも必然と言うものだ。
そして、止め、とばかりに彼女達の後ろから姿を現したのは、
「私はヴェロン帝国第二師団副隊長マリエ・ノムル! 貴様の暴挙も、ここまでだ!」
この国の誰もが良く知る騎士団の者だと分かれば、弥が上にも盛り上がる。
それは、闘技場全体を揺るがせるほどの大歓声となって示された。
まったく、やってくれるよ、教授は。演出家の才能あるんじゃねえのかあれ? 魔獣だけどさ。
「くっくっく。何処から沸いて出たかは知らないが、その程度の人数で倒す心算とは、俺も舐められたものだな。尤も、倒されてやる心算など、ないがな!」
俺は剣を横薙ぎに振るい、纏わせた炎を飛ばし、それは長大な炎の刃となり彼女達に向かって行く。
「えいっ!」
だが、接触する寸前、ライルの掛け声と共に振り下ろされた剣に触れた瞬間、全てが反射され蛇の如くのたうちながら怒涛の奔流と化し俺の元へと送り返された。
「小癪な!」
下げた剣をまた横薙ぎに振り、相殺しようとしたその時、
「させません!」
不意に左から声が上がり、ローザが軽く腰を落とし足を開いた姿勢で、俺の背後から叩き付ける様に凄まじい剣圧を迸らせる。
「チッ!」
軽く舌打ちをしながら風魔法を発動させ瞬時に右へ体を飛ばして躱したが、
「こっちは通行止めだぜ!」
その声に視線を飛ばせばフェリスの抜き手が喉元に迫り、微かに体を仰け反らせて紙一重で躱し、後方へと跳躍する。
何だよこの連携! 呼吸合いすぎだろ!
「頂きっ!」
軽い炸裂音と共にリエルの声が響くと俺の胸元で小爆発が起こった。
「ぐおおおおお!」
何とか魔法障壁で耐えたとはいえ、その強烈な衝撃まで殺せずそのまま吹き飛ばされて地面に叩き付けられる。
こっちが手加減してるってのに容赦ねえな、おい!
「そこで寝ていろ」
耳元で聞こえた声にハッとなり身を起こそうとした時には既に遅く、手足が縫い付けられた様に動かず、地面に貼り付けにされた。
やべっ! これじゃ……!
「これでっ! 終いじゃ!」
眩い光と耳を劈く轟音を伴い天から振り落ちる極大の雷が、俺の視界全てを埋め尽くした。
「舐め――るなあ!」
そして俺は、飲み込まれていった。
仕事が忙しいので、次話は四日になるかと思います。




