本気と書いてバカと読む
「これでっ! 終いじゃ!」
アイシン様がそう叫ぶと、空から幾状もの雷が一点目掛けて振り落ちる。
全身を激しく揺さぶる振動に耳を弄する轟音、目も開けていられない程の眩い閃光、それが絶え間なく降り注ぎ、何時終わるとも知れぬ惨状に、私は思わず叫んでいた。
「あ、あれではマサト様が灰になってしまうではないですかっ!」
だが、アイシン様は目を細めながらも険しい表情で雷の振り落ちる場所を睨み付けながら、声を張り上げる。
「マリエよ! これで消し飛ぶ程、あ奴は柔ではないぞ! 見よ!」
促され、手を翳しその隙間から目を細めて見ると、ほんの僅かだが何か赤く揺れ動く物が漏れ出ているのが見える。
「あ、あれは……」
「あれが戯けが本気に成った何よりの証拠じゃ! リエル! 準備は良いか!」
「何時でも大丈夫!」
「ならば、頼む! ワシの魔法に重ねるのじゃ!」
「了解! ポンちゃん出番よ!」
リエル殿が不細工な顔を描かれた達磨を何処からとも無く出して命令を下すと、マサト様の倒れた場所へ向けて情け容赦なく風刃を連発し始める。
「キシュア!」
「分かっています! 姉さま!」
その手に一振りの黒剣が現れると同時に、キシュア殿の全身が漆黒の鎧に包み込まれる。
「そ、それはまさか――!」
「そのまさかだ。わらわは所有者であるからな」
彼女の口元に不敵、とも言える笑みが浮かんだ。
私はオスクォルの魔器を目にするのは初めて。だが、その力の話だけは聞き及んでいる。
そこから窺い知れる事は、対個人戦で使う代物では無い、という事なのだが、そんな物を持ち出さねば成らない程、マサト様の力が凄まじいという事でもある。
その仮定に至り、私は背筋が凍りつく様な悪寒に襲われた。
「死霊共よ! その身に我が力の象徴たる闇を纏い、彼の者を討ち滅ぼせ!」
無数、と言って良いほどの黒く揺れ動く人影の様なものが湧き上がると、光が振り落ちる場所へ殺到する。
「フェリス! 念の為じゃ! 何時でも行けるであろうな!」
「ああ、任せろ!」
フェリス殿は、両手に青と白の魔方陣を発現させ、軽く膝を曲げた姿勢でその手を腰の位置に構えていた。
「ローザ! ワシ等が何としても隙を作る! 後は、良いな!」
「はい! ライルちゃんを連れて一気に潜り込めばいいんですね!」
「そうじゃ! それとマリエ!」
突然掛けられた声に、緊張が走る。
「万が一、ワシ等が崩れた場合、お主が指揮を取れ!」
「で、ですがっ! 私では!」
「ワシ等では崩れた場合、建て直しが出来ぬ! じゃが、お主ならば!」
確かに私ならば、何とか出来るかも知れない。だがそれは、普通の戦での話しだ。この様な常軌を逸した戦いの場は私とて初めて。
「わ、私では無理です!」
「己を信じるのじゃ! それに、ローリーがゴンではなくお主を選んだ理由! それはその身に流れるダークエルフの血じゃ! それが必ず力となる筈じゃ! じゃから、今は戦況のみを把握せよ!」
「わ、分かりました! 遣れるだけやってみます!」
「うむ! そうしてくれ!」
そんな折、フェリス殿の緊張した声が走った。
「気を付けろ! 何だか分からねえが、やばいぞ!」
その声と前後して目の前の光を押し退け突如として真っ蒼な炎が吹き上がり、そこには、それに包まれたマサト様が立っていた。
「ば、馬鹿な……、蒼炎、じゃと?! あんなもの、人の身で扱える筈が……」
その声に目線を向ければ、アイシン様の表情が驚愕に彩られていた。
「蒼炎、ってなんです?!」
ローザ殿が緊張した表情で聞き返す。
「炎の魔神のみが扱えた、といわれる魔法じゃ!」
「それじゃあ……マサトくんは……」
リエル殿の言いたい事は私にも分かる。
炎の魔神だけが扱えたと言われる魔法を使ったのだとすれば、本当にマサト様はその体を乗っ取られているのかもしれない、と言う事。
「来るぞ! 皆! 俺の後へ来い!」
急ぎフェリス殿の後へ隠れると、彼女は両腕を突き出して白と青の魔方陣を同時に展開させ私達を包み込む。
その直後、周囲に蒼い炎が絡み付いた。
「ぐう……。上手く反射も、押さえ込みも、出来、ねえ――何、なんだよ、これ!」
フェリス殿の苦しげに歪めた表情からは焦りが滲み出ている。
「オスクォルの闇を纏った死霊共が一瞬で消し飛ぶなど――有り得ぬ……」
キシュア殿に至っては、呆然と呟き、力なく跪いてしまっていた。
「ポンちゃん! 水属性の防御魔法展開して!」
(機能――不全で――出来――ません……)
達磨の持つプラカードに文字が躍り、それを最後に浮遊を止めて地面に転がった。
「ど、どうしてっ!」
リエル殿は達磨に飛び付き、必死に起動させようとし、
「マサトの戯け者めがっ! 本気を出すにしても限度があるじゃろうにっ!」
罵りながらも、アイシン様は何事かを呟き始め、
「これが、僕のおとーさんの、魔法……」
ローザ殿に抱えられながら、どこか嬉しそうにライル殿下が呟いた。
その気持ちは私にも、少しだけなら分かる。何故ならここまで圧倒的な力など、そうそうお目に掛かれるものではないし、況してやそれが身内の者であれば尚更だ。
だからと言って喜んで居るか、と聞かれれば、私は否、と答える。その力の所為で今現在、窮地に陥っているのだから。
――おまえら、幾らなんでも限度ってもんがあるだろうがっ! そっちがその気なら、こっちも本気で相手すっからな!
「こ、れは?」
突然、頭の中に響くマサト様の声。
「念話、じゃな」
「ま、さか!」
「ちょっと待て! あいつ、人だろ?! 何で念話なんか出来んだよ!」
「マサトの奴、魔力の扱いが段々と人離れしてるな」
「マサトさん……。人辞めてどうする心算なんでしょう?」
「ホントに魔神にでもなるんじゃない?」
――全部聞こえてっぞ!
「ならば話が早い! この炎を解くのじゃ!」
――やなこった。
「なん、じゃとう! この、腐れ魔神めがあ!」
――そういう事は出られてから言ってくれ。御歳ウン百歳のウェスラさん。
「い、い、言わせておけばっ! よう分かった! 出ろ、と言うならば、出てやるわい!」
この会話だけ聞いていると、夫婦喧嘩にしか聞こえない、と思うのは私だけだろうか? しかし、女性に歳の事を言うのは反則であるぞ、マサト様。
「腐れ魔神マサトめ! ワシを見縊るでないわ! 氷壁重層!」
アイシン様が怒りに任せて、物凄い勢いで氷の壁を作り出して外へと押し出していく。が、炎に触れた部分から直ぐに蒸発してしまう為、このままではジリ貧なのが目に見えている。
「俺の方陣を組み込んで強化すっから、そのまま作り続けろ!」
「了解じゃ!」
フェリス殿が氷壁に手を触れた途端、その中で魔方陣が蒼白に光り輝き、その瞬間から氷壁は炎と拮抗し始め、終には蒼炎を飲み込み消し去る事に成功した。
「よっしゃ! これで抜け出せるぜ!」
「腐れ魔神マサトめ、待っておれよ。吠え面掻かせてやるでの」
何だかアイシン様が凄く黒い笑いを浮かべているのだが、ここは気のせいという事にしておこう。
「一、二、三、で解くぞ! 皆の者、良いな!」
「はい!」
「おう!」
「いいわよー」
「うむ!」
「ねえ、とくってなーに?」
一瞬、弛緩した空気が漂うが、そこは私が説明をして事なきを得る。
「氷の壁を消すんですよ。ライル殿下」
「わかった!」
殿下が納得すると、夫々武器を構えてアイシン様に向かい目線を送り、彼女は小さく頷くと、
「では――一、二の、三っ!」
氷壁を一気に解いた。
それと同時にフェリス殿が叫ぶ。
「援護、頼むぜ!」
声だけを残して彼女は猛然と駆け出し、それに呼応する様に、キシュア殿がすぐさま闇色の騎士団を召還する。
「――この地に満ちる無念より紡ぎし鎧を纏う者共よ。我が命に従え。我は闇より暗き力振るう者成り。従わばこの力持ちて仮初の生、授け給う。死霊騎士召還」
その姿は、顔と思しき部分には青白い霞が渦巻き、鎧は闇そのものが結晶したかの如き黒さを持つ死霊騎士。
それが五十体も呼び出され、一糸乱れぬ統率の取れた動きでマサト様が居る場所へと殺到した。
だが次の瞬間、幻の如くマサト様の姿が掻き消えると同時に炎すらも霧散してしまった。
「あの野郎、どこ行きやがった!」
慌てた様子でフェリス殿が辺りを見回しながら叫ぶと、観衆の声が響いた。
「と、飛んでる! あいつ、飛んでるぞ!」
その声に釣られ、私達は一斉に空を見上げる。
「抜かったわ! あ奴は既に空へ逃れておったのかっ!」
炎の翼を広げ、悠然と浮かぶマサト様の表情は遠目に見ても笑っているのが分かる。
「さっきのお返しだ! 受け取れっ! 炎槍烈舞!」
翼が大きく膨張し弾け飛んだ瞬間、途方も無い密度と範囲で炎が私達の頭上に降り注ぐ。
「逃げろ!」
瞬時に自身を白い魔方陣で覆いつくし防御を固めてフェリス殿が叫ぶが、ローザ殿ならば兎も角、私達では逃げる事など到底不可能な程の広範囲をそれは覆いつくしていた。
「ローザ! ライルだけ――」
アイシン様がその言葉を最後まで言う事は叶わなかった。
何故なら――。
「おかーさんたちは、僕が守る!」
光る剣を両手で頭上に掲げ持った殿下が、アイシン様の声を掻き消してしまったのだ。
そして、フェリス殿の魔方陣と比べても勝るとも劣らない輝きで私達を包み込むと、炎の雨を全て弾き飛ばした。
ただ、殿下が言葉を発した直後に一瞬だけ見えたマサト様の顔に私は、口元が緩まずには居られなかった。
何故なら、彼のその表情は、我が子の成長を喜ぶ様に微笑みで輝いていたのだから。
何とか間に合いました。
次の更新は七日になると思います。
5月7日追記
本日、更新予定でしたが
PCがどえりゃあ事になりまして
再びOSの再インストールとなってしまいました。
お待ち頂いている読者様には、誠に申し訳御座いませんが、今しばらくお待ち下さい。




