表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ヴェロン帝国編 第六章
80/180

叩いて直せ!

 あれは昨日の事だった。

 突然頭の中に声が鳴り響き、これは念話だと、直ぐに気が付いたのは。

 普段はこの程度で驚く事は無いのだが、あいつは最初にこう言ったのだ。

〝これはドルゲン様だけに届く念話ですので、気兼ねなく応じて頂けると助かります〟

 驚くべきは、これが特定の人物に向けての秘匿念話だ、と言う事。

 そして、この念話を送り付けて来た者は、ローリー・ケルロス、と名乗った。

 こんな物を操れるのは、相当な歳を経た魔獣以外には居ない。

 そこから思い至る事は、今この街でそんな魔獣を従えられるのは、あのマクガルド陛下だけ。と成れば、間違いなくこのローリー・ケルロス、と名乗った者は魔獣だと推察出来る。それも秘匿念話を扱える事からして、かなり高位なのは、まず間違いない。

 魔獣、それも四足獣は人語を発する事がない。故に他者との意思の疎通は念話で行うのだが、秘匿念話など、その辺の有象無象では扱えないからだ。

 そして、ローリーと名乗った者は一方的にこう告げてきたのだ。

〝試合が終わったマサト殿を、殴っておいて下さい〟と。

 だがしかし、はい、そうですか、と素直に従えるほど俺は落ちぶれちゃいないし、自尊心も捨ててはいない。

 人界へ降りて来ているとは言え、俺は誇り高き竜族の戦士。自分よりも格下の者の言う事など、簡単には聞いてやれはしないのだ。

 だから、その真意を探ろうと思った。

――行き成り何を言っている。俺がそう簡単に動く訳ないだろう。

――そこを曲げて何とかお願い致します。

――駄目だ。

――そうですか。それは困りました。

――俺は困らん。

――変態のおじさんが言う事を聞いてくれない、と殿下にご報告せねばなりませんが、宜しいですか?

――良いわきゃねえだろっ!

 あのガキに知られたら、街中の噂になっちまうじゃねえか!

 くそっ、嫌な奴に変な事を覚えられちまったな。

――では、先ほどの事は了承し――。

――しねえよ!

――では、やはり殿下に……。

――ま、待て! 訳を聞かせろ!

――話せば了承して頂けるのですか?

――内容次第だな。

――ま、良いでしょう。

 何だこいつ、随分と偉そうだな、おい。

――叩くと直るんです。

――何がだ。

――マサト殿です。

 何言ってやがんだこいつは……。

――直る訳ねえだろ、と言うか、あいつのどこが壊れてんだよ。

――壊れてますよ? 剣士が剣を使わないのですから。

――それが何で叩くと直るんだよ。

――古い魔装機と同じです。

――人族と魔装機は同じなのかよっ!

――違うのですか?

――違うだろうがっ!

――私は同じです

 このやろう、言い切りやがった……。

――では、理由も説明しましたので、宜しくお願い致します。

――説明になってねえ!

――そうそう、この約定を反故にした時は、殿下と陛下にお伝えしますので、ご了承下さい。それでは、失礼致します。

――おい! ちょっと待て! さらっと恐ろしい捨て台詞を残していくな! おーい! 

 くそっ、あの野郎一方的に念話を切りやがった!

 俺はこういった細かい魔法の扱いは苦手だ。だから、と言う訳ではないが、秘匿念話は使った事が無い。しかも、一方的に切られて憤慨している所にあの野郎はまた繋ぎ、愕然とさせやがったのだ。

――一つ、言い忘れておりました。私、昔はベロ・ケルス、と名乗っておりました。お怒りの所、失礼致しました。

 それを最後に、あの野郎は何も言ってこない。

 最後の最後でとんでもない言葉を残していきやがって、本当にふざけた野郎だ。

 しかし、ベロ・ケルス、か。

 天族で、その名を知らぬ者はない、とまで言われる名前だ。

 魔獣の身でありながら、俺たち竜族と五分に渡り合える、とまで噂され、実際に何匹かの下級の者が真偽を確かめる為に挑んで、その(ことごと)くが返り討ちにあった、と言われている。

 故に、絶対に手出ししてはならない、と竜王様からお達しが出た程の者。

 そんな者がどうしてあいつの仲間に居る。

 だが、今回はそれが問題なのではない。

「何故殴るのだ……」

 俺としても憂さ晴らしに丁度良い、と言えば丁度良いのだが、今一つ意味が見えて来ない。

 しかし、あのガキとマクガルド陛下にあらぬ事を吹き込まれて、この国に置ける立場が危うくなるのも困る。

「どうしたものか……」

「何か悩み事でもあるのですかな?」

 不意に声を掛けられ我に返ると、そこにはでっぷりと肥えた太ったブタ――モーベンス・ルイ・バドック伯爵が居た。

「これは――バドック伯爵閣下。考え事をしていたとは言え、気が付かぬとは失礼致しました」

 このブタ、何をしにきやがった。

「いやいや、人は誰しも悩みの一つ二つは有る物です。オラス団長ともなれば、その悩みも大きかろうと思いましてな、つい、声を掛けてしまったのですよ」

 普段は俺の事など気にもしない奴が、何故気にする。

「個人的な悩み故、バドック伯爵閣下のお手を煩わせる程では御座いません」

「そうですか。ですが、私で力になれる事であれば、遠慮なく相談してもらっても良いのですよ?」

 まさか、俺を取り込む腹心算か?

「本当に些事故、お力をお借りするまでも御座いません。ですが、ご配慮、深く感謝致します」

 深々と腰を折って見せるとブタは満足げに頷き、貴賓席へと消えて行った。

「しかし、何故奴はここに……?」

 いくら考えた所で、ブタの腹の中が読める訳も無いが、一応、心に留め置くと、俺も貴賓席へと入った。

 だがそこは、異様な雰囲気に包まれていた。

 静まり返る観客席。

 眼下から(ほとばし)る悲痛な叫び。

 そしてそこには、四肢を奪われた、我が部下が転がっていた。

 俺が呆然としたのは一瞬だけだ。

 すぐさま湧き上がる怒りに任せて通路へ躍り出ると、そのまま階下に在る控え室目掛け駆け抜ける。

 そんな俺を恐れる様に、皆壁に張り付き道を空け、引き攣った顔を見せていたが、今はそれに配慮している場合ではない。そして、頭の中にはあいつが言った言葉だけが、繰り返し流れていた。

――望み通りぶっ叩いてやる。ただし、直す為ではない。壊す為だ!

 目的の控え室に着くと、荒々しく扉を開ける。だが、奴はまだ戻っていなかった。

 ならば中で待つのみ。ここ以外に戻る場所は無いのだから。

 程なくして奴が扉を開け入って来ると、俺に気が付く間も無く渾身の力を込め拳を叩き込んだ。

 だが不思議な事に、全力で殴った奴の体は調度品を壊して壁まで吹き飛んだだけで、見た目は無事だ。しかし、一応は効いている様で、身動ぎ一つ起こさず倒れたままだった。

――まあいい、ここで死なれても困るしな。

 奴をそのままにして部屋を出ると、部下が運び込まれているであろう治療室へと向かって駆け出し、その扉を開けると、数名の者がこちらへ向き直り頭を垂れた。

「どうだ?」

「今、魔法にて眠らせた所で御座います」

「眠らせた? どういう事だ?」

「舌を噛み切ろうとしましたので……」

 寝かされた姿を見れば、そうしたくなる気持ちも分かろうと言うもの。

 部下の両腕は肘から先が、両足は大腿の半ばから先が、夫々(それぞれ)消失しているのだから。

「やはり此奴は――」

「はい、人並みの生活すら絶望的かと」

 両の拳を強く握り締め、憤りを表情に沸き上がらせて俺は、全身を振るわせた。

 その無念、俺が必ず晴らしてやる!

「ですが、希望が無い訳ではありません」

 治療師の一人にそんな事を告げられ、瞬時に怒りを忘れ詰め寄ると、

「何とか出来るのかっ!」

 無意識の内に肩を掴んでいた。

「は、はい――」

「どうすればいいのだ!」

「魔装義肢を使えば日常生活はおろか、扱いに慣れさえすれば、騎士のお勤めも可能で御座います」

 だが、それを聞いた俺は落胆してしまった。

 何故なら、そんな精巧な義肢を製作可能な者が、今のこの国には居ないからだった。

「それは無理だろう。魔装義肢の様な複雑な物を作れる者は皆、鉱山送りに成ってしまったからな……」

 魔装機はその性質上、魔力や魔法といった物に精通している必要があるのだが、人族の場合は精通している者は大半が魔術師となってしまう為、今やこの国には魔装機を開発をする技師が殆ど居ない。因って、この国の魔装の開発は既に止まったも同然であり、後数年もしないうちに魔装機は動かなくなると、魔装機を整備する者から告げられている程なのだ。

 落胆する俺に、治療師は言葉を重ねる。

「知り合いのギルド職員から聞いたのですが、リエル・マウシス、という魔装機に詳しい亜人が来ているらしいではありませんか」

 此奴何を考えておる。

「あれはこの国の者ではない」

「ですが、亜人です。我々にとっては奴隷と同義。ならば――」

「それはこの国の者にしか通用せぬ道理だ。それとも貴様は、ユセルフと事を構えよ、と申すか?」

 言葉を遮られ、諌められた治療師の顔が訝るものに変わった。

 当然だろう。亜人を一人連行するだけで戦争になると、言われたのだからな。

「まあ良い。希望がある事は分かった。貴様は引き続き、この者が自害せぬよう尽力を尽くせ」

「で、ですが――」

「くどい! 俺が良いと言ったのだ! 逆らう事は許さぬ!」

 治療師が青ざめた顔で首肯すると、俺は踵を返して部屋から出る。そして、城にある自分の執務室へと足を向けながら、黙考を始めた。

 あのブタが現れた事といい、部下の件といい、奴が絡んでいる気がするのは、勘繰り過ぎか? だが、部下の件は、偶々(たまたま)条件が合致したに過ぎないと見るべきだろう。しかし、ブタは――。

 もしや、奴を取り込む心算か?!

 いや、それはあり得ぬか。奴を御するには、あの妻共を認めねばならぬし、そんな事をすればブタの求心力も落ちる。そうまでして取り込む利点は見当たらんしな。

 では何故姿を現した。

 何かを確認するためか?

 だが、その何かが分からん。

 それともまた、影でコソコソと動いているのか?

 しかし、これは何時もの事。

 何だ、このモヤモヤとした感覚は。

 分からん。分からんが――何かが起こり始めている様な気がする。

 くそっ! 一体何だと言うのだ!

 そして、執務室の扉を開け中へ踏み込んだ瞬間、頭部に強烈な衝撃が走り、俺の意識は暗転した。

 その時、聞き覚えのある声が耳に届いた気もするが、それを認識する事は、出来なかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ