皆さん勝手です
嘔吐という、余りにも綺麗ではない事のお陰で、図らずもマサト殿の意図が分かりました。
その事を皆さんに伝えた後、役割分担を決めましたが、陛下達は奴隷のお仕事がある為、決勝当日までは、そのまま続けて頂く事になりました。
ゴンザ殿には、闘技場へ通って頂き、マサト殿の戦いを報告する係りを頼みました。
ご本人は頭を使う事が無い為、大いに喜んでいらっしゃいましたが、そんなのは当然の事です。私がゴンザ殿に重要な仕事を押し付ける筈はないのですから。
これでゴンザ殿は排除出来ましたから、私の行動を制限する者は誰も居ませんし、堂々と本来の動きを取れます。
まずはバロール殿へのお願いと、殿下の様子を聞きに参りましょう。
部屋を出て階下へ降りると、真っ直ぐにバロール殿の元へ行きました。
「ん? 何んか用か?」
「はい、殿下はどうしていらっしゃいますか?」
「えらく落ち込んでるぜ? 飯も食わねえで部屋に閉じ篭っちまったし、もう闘技場へは行かねえって言ってるしな」
「そうですか」
これは予想以上に悪いですね。ですが、決勝当日だけは来て頂かねばなりませんから、どうにかしないといけません。
「では一つ、言伝をお願い致します」
「何て伝えりゃいいんだ?」
「本当のマサト殿を取り戻す算段のお話をするので、私の部屋に来て頂きたい、と伝えてください」
「とーちゃんを取り戻す話をするから、お前さんの部屋に行けって伝えりゃいいんだな」
「はい」
一応はこれで殿下の心も動かせる筈です。後は当日に陛下達を連れ出す算段ですが……。
「なら、あいつ等も連れてくんだろ?」
私は少々驚いてしまいました。
何故、意図が伝わったのでしょうか?
「そんなに驚くこたあねえだろ。あいつ等は欠かせねえだろうからな」
この方、察しが良過ぎます。もしや、私が何をするのかも、分かっているのでは無いでしょうか。
「どうせ、皇帝陛下に何か頼まれてんだろ? あいつはその為に修羅やってんじゃねえのかい? そしてお前さん方はそれを助けたいんだろ? だったら遠慮なく動けよ。俺は出来る限り力を貸すぜ?」
参りました。これほどの器を持った方が、こんな近くにいらっしゃったとは、私でも気が付きませんでした。
「有難う御座います。では、早速動きますので、裏口をお貸しください」
「おう、勝手に使えや」
快い返事を頂き、軽く腰を折った後、私は裏口から外へと出て行きました。
外は既に日も落ちて闇が支配を強めていますが、私には問題ありません。星明りさえあれば、闇夜を見通すのは訳無いですから。
「人は――居ませんね」
辺りを見回し人影の有無を確認してから、屋根へと飛び上がりました。
「市壁は――あっちですね」
気配と足音を殺して屋根伝いに駆け、市壁まで辿り着くと、見張りの騎士に見付からない様、身を伏せて様子を伺います。
「見張りが結構多いですねえ。さて、どうしましょうかね」
強行突破をしても良いのですが、それでは戻って来れませんから、ここは少々騒ぎを起こして慌てて頂くとしましょう。
「雷は木気。是起こすは氷。氷は水気より生まれ、水気は金気より生ずる。水気を氷へと変ずるは、天の彼方へと舞い上げる風。風も木気。是起こすは火気。火気盛るには木気必須成り。我、この理持って雷を生じ、天空より産み堕さん。堕天雷」
市壁にいくつもの光条が降り注ぎ、それにより、警備をしていた騎士は右往左往し始め、私は難なく突破する事が出来ました。
久しぶりに使いましたが、まだまだ大丈夫ですね。まあ、最小限の被害に抑える為に誘導した魔力が多かったのは難点ですが。
そして、森へと向かい走り続けていると、途中で黒妖犬の集団を見掛けたので、念話にて着いて来る様にと指示を出しました。
そのまま森の中へと分け入り、少し開けた場所で止まります。
――我が名はローリー、三頭犬を統べる者なり! 闇に紛れ潜む者よ、我が声に答えよ!
森の奥へと向け念話を飛ばして暫く待つと、一匹の双頭犬が姿を現しました。
――何事だ。三頭犬の王よ。
「訳有って頼みたい事が有る」
――ほう、ヌシの様な者が頼みとは珍しい。
この双頭犬、私の事を知っている様ですね。ならば、都合がいいかもしれません。
「今より三日後、率いれるだけの者達を集め、あの街の周りを包囲して頂きたい」
――包囲、だと? 襲うのではないのか?
「襲わぬでよい。脅しを掛けるだけで良いのだ」
――訳を聞かせてもらおうか。
私は話しました。マサト殿が遣ろうとしている事を、それを手助けしようと動いている事も。
――古の主の真似をするとは、その者も酔狂な人間よの。しかし、ヌシは人間の為に動くのか? 我等が敵たる人間の為に。
「マサト殿は我等が陛下の番である。故に敵ではない」
――だが、他の人間は違うであろう?
確かに他の者は違います。ですが、今はその事を言ってはいられないのです。
「これは我等が陛下の願いでもある! それを聞けぬと言うのならば、我が力、その身で味わう事となろう!」
ま、嘘も方便と言う事で。
――そういきり立つな。陛下の頼みとあらば、動かぬ訳にはいくまい。その願い、我等も聞こうではないか。
私はこの返答に安堵いたしました。
物分りが良くて助かりましたよ。
「ご理解、感謝する」
――して、三日後の何時包囲すれば良いのだ?
「それは明日の夜、我が子らから伝えよう。それまでに、集めておいては貰えぬか?」
――了承した。では、明日の夜だな。
双頭犬は向きを変えると、森の奥へと去って行きました。
「お前達もあの者に着いて行き、手助けをせよ」
後で控える黒妖犬に指示を飛ばすと、弾ける様に駆け出して森の奥へと消えて行きます。
「これで仕込みが一つ、終わりますね。さて、明日はあと二つ、仕込みますか」
呟きを残した後、踵を返して私は街へと足を向けたのでした。
*
床をモップ掛けしながら俺は昨日の事を思い出して、一人ごちていた。
「何だってんだよ。何であいつの事を助けなきゃいけねえんだ」
確かに俺はあいつを番に選んだ。でもそれは、強い力を感じたからであって、愛情だ何だってのとは少し違う。
他の奴等、特にウェスラとキシュアは慕っている様だが、だからと言って俺も慕っているかといえばそうじゃねえ。
でも、あいつと居るのは結構楽しくて、嫌いじゃないのも確かだ。
だけどよ、ライルの事は別だ。
あれは俺の本当の子じゃねえが、血の繋がった肉親だし、それを利用しようとする奴は、例えあいつでも許せねえ。
「そうだよ、許しちゃいけねえんだよ……」
でも、当のライルはあいつにべったり懐いちまってるし、一緒に居る時の嬉しそうな顔を見ると、あいつを番に選んで良かったと思う時も有る。
でも、あいつと離れて日が経つにつれ、自分の中に、モヤモヤした物がが立ち込めてきやがったのが解せねえ。
「何だってんだ、くそっ」
それが何なのか分からねえから、余計に腹が立つ。
そんな時、視線を感じて振り向けば、ライルが物陰から俺をジッと眺めてるのが目に入り、何だ? と思った。
ただ、俺と目線が合った瞬間、逃げて行っちまったけどよ。
そんな素振りを見せられちゃ、愈々もって嫌われちまったのかって思うしかねえんだが、でも、あの目は何かを話したくても、気まずくて話せねえって目だ。だから俺は、モップを放り出して後を追い掛けた。
行き先なんざ分かるしな。
案の定、ライルは薪割り場に居たが、そこの台に座って、一人で空を見上げてやがった。
寂しそうによ。
「どうしたライル」
俺が声を掛けたら、何でもない、とばかりに首を振りやがる。
何でもない訳ねえだろうが。
でも、そんな事を口走れば余計意固地になっちまうし、だからと言って、話し掛けねえ訳にもいかねえ。
「俺に何か話してえ事があるんじゃねえのか?」
出来る限り優しく問い掛ける。でも、俺は口が悪りいから、優しく聞こえたかは分からねえ。それでも、精一杯優しさは込めた心算だ。
「おとーさんはどうしてあんなふうになっちゃったの?」
「それは……」
突然投げ掛けられた言葉に俺は立ち竦み、情けねえ事に、答えてやる事が出来なかった。
「僕、あんなおとーさんやだよ。前のおとーさんがいいよ。ねえ、おかーさん。僕、どうすればいいの?」
俺は何やってんだ。
ライルを泣かせて悩ませて、挙句の果てに、あいつの所為にまでして。
こいつをこんな風にしちまったのは、全部俺なのによ。
それに、あいつが話せねえって言った理由だって、ちっと考えりゃ分かる事じゃねえか。
そうだよ、あいつはきっと、この場では話せねえって意味で言ったんだよ。
それを俺は早とちりして、話す心算がねえんだと勘違いしちまって、怒りに任せてライルを引き剥がしちまっただけじゃねえか。
これだから俺はローリーの野郎に駄目だしされちまうんだ。
でも、もう間違えねえぞ。
あいつは俺達を信用してた。だからライルを出そうとしたんだ。陰から手助けをしてくれる筈だってな。
でも、それを裏切った俺に、また信じてくれとは言えねえ。だけど、あいつを信じるのは俺の勝手だ。
俺はライルを後ろから優しく抱き締めて、耳元で囁く。
「大丈夫だ。俺達がマサトを元に戻してやる。だから、ライルも手を貸してくれ」
そうだ、あいつが遣ろうとしてた事を、俺達も遣るんだ。
春の日差しみたてえな温かさをくれるあいつが居ねえと、ライルが笑えなくなっちまうから。
「僕も、お手伝いしていいの?」
「おまえが居なくちゃ始まらねえよ」
「おかーさん……」
「ライルの本当の親父を、取り戻そうぜ」
「……うん」
この先何が有ろうとも、あいつに着いて行ってやるぜ!
ライルの笑顔を絶やさねえ為に!
*
「ねえ、ローザちゃん。一つ聞いていい?」
あたし達は今、ベッドを整えたり部屋の掃除をしたりしている。そんな中、フッと気に成る事が有って、一緒に仕事をしている彼女に声を掛けた。
「何です? 行き成り」
望まない仕事をさせられているけど、手を止める事なく返事を返してくれる彼女は真面目ね。
そんな彼女だからこそ、あたしは聞きたい事があった。
「何でマサトくんと一緒になったの?」
あたしは打算があってマサトくんと一緒になったけど、ローザちゃんは違うような気がするのよね。
「そうですねえ。わたしの事を認めてくれるから、でしょうね。永久を結んだのは半分は衝動的ですけど」
ローザちゃんは軽く笑っている。
「それだけで一緒に居るの?」
「それだけって訳じゃないですよ?」
何だろう、この感じ。どこか悔しそうで寂しそうな、そんな気配。
「あたしの父が十傑の一人なのは、知ってますよね?」
「うん」
仕事の手を止めて、外を眺めながらローザちゃんは話し出した。
「だからなのでしょうけど、小さい頃から、結構期待されてたんですよ。でも、わたしはその期待に応える事が出来なかったんです。剣術も体術も、全て人虎族の平均以下、しかも、魔法も駄目だったんです。そんなわたしに父は失望しました。出来損ないとまで言われてしまったんです」
悲しそうな笑顔を見せるローザちゃんに、あたしは何も言えなかった。
だって、何て声を掛ければいいか、全然思い浮かばなかったんだもん。
「だから、わたしは修行の為と偽って、家を飛び出したんです。本当はわたしを蔑む父の目線に耐えられなくて出たんですけどね……。でも、剣術はおろか、体術も全く上達しなかったんですよ。そして、ユセルフ王国に着いた時には、持ち出したお金も底を突いてしまって、仕方なくギルドで冒険者登録をしようとしたんです。そこで初めてマサトさんにお会いしました。尤も、出会い方は良い方ではありませんでしたけど。だって、チンピラみたいな人を挑発するし、実技試験の待合室では、キシュア姉さまとえっちな事をしてましたし、挙句の果てにわたしの剣を折られてしまったんですから」
うわあ、マサトくんってそんな事してたの? あたし全然知らなかった。
「それって、あたしが試験官をしてた時の話よね?」
「そうですね。あの時、わたしが取り押さえましたから」
あははは、嫌な事思い出しちゃった。その所為であたし、降格しちゃったのよね。
「思い出したらなんか、腹立ってきたなあ」
「ふふふっ、でもそれって、自業自得って言いません?」
「そ、そうだけどさあ――」
それでもやっぱり、頭にくるものはくるんだもん。
「その後なんですよね。別室でカード貰った時、マサトさんに言われたのは。俺が認めてやるって、傍に居るのが相応しいって認めてやるって……。その言葉を聴いた時に、肩がすーっと軽くなったんですよ。そして、この人に着いて行こう、この人の傍らで剣を振り続けようって、そう思ったんです」
あたしの知らない所でそんな事があったのね。でもそれって、すっごい歯の浮く台詞よね。マサトくんは言ってて恥ずかしくなかったのかな?
「だから、わたしのは好きとかそう言うのと、ちょっとだけ違う気がするんです。そうですね……、主従関係に近い、のかもしれませんね」
そっか、この子は好きなんだけど、一歩引いてるんだ。
「でもそれじゃ、駄目なんじゃないかなあ?」
「駄目?」
「うん。だって、マサトくんからしてみれば、たぶん、皆対等だと思うの。でもそれって、あたし達に取ってはすっごく嬉しい事だと思う。普通、これだけ奥さんが居れば、序列が必ず出来るのに、それ、やろうとしないでしょ?」
「言われてみれば……」
「でも、これだってあたしから見て、なんだけどね。もしかすると気持ちの中じゃ序列があるのかもしれないし。けど、それを表に出して来ないって事は、少なくともマサトくんはそういう事は好きじゃないんだと思う。だからね、ローザちゃんも自信を持ってマサトくんの隣に居ればいいんだと、あたしは思うの」
彼女は少し考える素振りを見せた後、温かい微笑を見せてくれた。
「そうですよね。マサトさんはわたしを信じてくれているんですよね。なら、わたしも信じて着いて行かないと、駄目ですよね」
憑き物が落ちた様な晴れやか表情で微笑むローザちゃんは、とても可愛かった。
いいなあ。こんな顔をさせてもらえるなんて。
あたしも何時か、出来るのかなあ?
*
全ての仕込を終えた私は、宿屋の扉を開けながら、最後の難関をどう突破すればいいのか悩んでいました。しかも、そんな風に考え込んで居たものですから、何も言わずにカウンター前まで行ってしまい、
「随分遅かったな」
不覚にも、先にバロール殿に声を掛けられてしまいました。
「え、ええ、少し手間取りまして」
昼ごろには戻れると踏んでいたのですが、結局、夕方ですからねえ。
それでも仕込みは万全とは言い難いのですから、何とも複雑な心境ですよ。
しかも、最大の問題はまだ残っていますから、これを憂鬱と言わずして、何と言うのでしょうか。
「お前さんの部屋で皆、待ってるぜ?」
ほんの少しだけ考え込んでいると、そんな事を言われました。
「もう、ですか?」
「いいからさっさと行け。ボウズも一緒に待ってんだからよ」
不覚にも目を見開き、驚いてしまいました。
伝言を伝えて頂いたとは言え、こうも早く出て来て頂けるとは思ってませんでしたし、最悪、無理矢理にでも、と思っていたのですが、一体誰が連れ出したのでしょう?
軽く会釈を返して足早に階段を上り、部屋へと向かいました。そして、近くまで行くと、良い香りが漂ってきました。
「これは――」
ここに来て、たった一度だけ私も食べたあの料理の匂い。
それは、マサト殿が腕を振るった料理。
そして、扉越しに漏れ出る談笑に釣られ、私はノックもせずに扉を開けていました。
中に居た全員の顔が一斉に此方へと向きます。その中には、笑顔の殿下がいらっしゃいました。
「やっときたー」
「そんなとこに突っ立ってねえで、早く入って来い」
皆さんの笑顔が信じられず、私はフラリ、と入り、
「何故……?」
疑問を口にしていました。
「これからマサトを取り戻す算段を話すのじゃろう? ならば、マサトの作った料理を食べながらが良いと思ってな、ワシとキシュアで作ったのじゃよ。まあ、味は及ばぬがの」
皆さんのあの表情は、マサト殿と一緒に居る時と同じではありませんか。
「ローリーよう、おめえ、疑問に思ってんだろ?」
私は頷きます。
「マサトが信じてるって分かったんだよ。俺達の事をな。だから、また信じられたのさ」
最大の問題だと思っていた事を、陛下達が自分自身で解決してしまったのは、私にとって最大の誤算でした。
それも、嬉しい方の。
これで全ての障害は無くなりましたから、後は私の計画を話すだけです。
さあ、始めましょうか! この国の治療を!




