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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ヴェロン帝国編 第四章
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決めた事は曲げられない

 到着すると俺達は城の一室に通され、団長さんにそこで待つ様にと指示を受けて、各自好き勝手に寛いでいる。ライルは足首まで埋まりそうな毛の長い絨毯に寝転がり、大はしゃぎで喜んでいるし、フェリスはこの部屋に居たメイドさんに、食い物を持って来い、と凄んで恐れさせ、ローザとマリエは壁に架かる剣を真剣な表情で眺め、リエルに至っては、何故か、ポンちゃんを出してばらし始める始末。ただ、キシュアは先程の事から立ち直れないのか、物凄く大人しく、小さくなってふかふかのソファーに座る姿は、借りて来た猫の様だ。

 そして教授は、と言うと、この部屋に据え付けられた本棚から勝手に本を取り出して読み始め、ゴンさんはソファーで足を投げ出して堂々と寝てしまっていた。

 なんだこの、カオスっぷりは……。

「これ、不味くないか?」

「そうじゃな、少し、不味いの」

 俺の呟きにウェスラが同意する。

 どうしたものか、と溜息を付いた後、顔を上に向けると、豪奢なシャンデリアの他に、天井一面に描かれた宗教画の様な物が目に飛び込んできた。それは、炎を全身に纏った悪魔の様な姿をした者と、水面に立つ美しい女性を先頭に、人と亜人達が共に立ち向かう様が描かれていた。

「待たせたかな?」

 突然、低く良く通る声が聞こえ目線を向けると、柔和な笑顔を見せるその顔に口髭を湛え、年相応以上の貫禄を漂わせた一人の男が、団長さんを引き連れて悠然と部屋に入って来た。

 その姿にゴンさんを除く全員が気付きはしたが、(かしず)いたのはマリエだけだ。

「陛下の御前である。皆の――」

 入り口付近で立ち止まった男の横で団長さんは姿勢を正し、口上を述べ始めたが、そこへ我が家最強の剣士が近付くと、

「ねえねえ、へんたいのおじちゃん! こっちのおじちゃん、だれ?」

 爆弾発言で団長さんを絶句させたばかりか、皇帝陛下の笑いまで引き出してしまった。

「ふ――、ふははははっ! イグリードを変態呼ばわりとは――、やるな、坊! 坊の名は何と申す」

 皇帝陛下が膝を付き、ライルの頭を撫でる姿を見て、団長さんの表情は驚愕へと切り替わり、何故か手をばたばたとさせて、慌てふためいている。

「おとーさんとおかーさんには、ライルってよばれてます!」

「そうか、ライルか。良い名だ。余はギリンガム・ヴォ・ヴェロン、この国で皇帝をしておる者だ」

「こーてい?」

 首を傾げるライルを優しい眼差しで見詰めながら、皇帝陛下は尚も言葉を続けた。

「うむ。だがライルだけは、余の事をギリム、と呼んで良いぞ」

「わかった! ギリムおじちゃん!」

 満面の笑みを浮かべて元気な返事を返し、それに好相を崩して頷く皇帝陛下も、笑みを浮かべていた。

 この一言は、無邪気さが引き出した最高の特権だ。そんな言葉を賜っては父親として黙っている訳にはいかない。なので、俺はソファーから立ち上がり、その場で跪き頭を垂れ、仰々しく礼を述べた。

「勿体無くも我が子にその様なお言葉を頂き、急悦至極に存じます」

 だが、返って来た言葉は、驚くべきものだった。

「堅苦しい挨拶は抜きだ。卿等には要請がある故、な」





          *




 皇帝陛下の要請を端的に言い表すと、この国を救って欲しい、この一言に尽きる。

 何故こんな事をこの国の者でも騎士でもない俺――いや、俺達に頼むのか。

 それはあの事――ユセルフ王国の掌握を試みたフォルチアナ王妃の一件に起因する。

 俺がフェリスに頼みこの帝都を包囲させた時、皇帝陛下は初めて妹が謀反を起こしている事を知ったのだそうだ。しかも、その時まで何も知らされていなかったのが、皇帝陛下と側近の者数名だけだったと聞いた俺は、驚きを隠せなかった。

「で、でも、フォルチアナ様は数年前、陛下の暗殺を未然に防いでますよね?」

 公に成っていないが、その事はすでに周知の事実として広まっているの事を俺達も知っているし、そんな兄想いのフォルチアナ王妃が、何も知らせていない、等とは考え難い。

 俺のそんな言葉に陛下は苦笑を漏らすと、

「では聞くが、フォルチアナは余の暗殺計画をどうやって事前に知ったと言うのだ。それも、ユセルフから動かずに」

 それならば説明が付く、と勢い込んで口を開こうとしたが、たった一言で俺の勢いは消える事となった。

「あれの私兵が動いていないのは確認が取れておる。最も、捕まえたのは事実の様だが」

 こうなると思い付く事と言えば、計画に加わっていたか、若しくは、計画をした者と何らかの繋がりがあった、程度。だがここで、ふと、数年前から急激に強まった亜人種差別の事が、頭に浮かんだ。そして、あの服飾店で聞いた、御触れの事も。

「陛下、一つ――、いや、二つ、お聞きしても宜しいですか?」

「言ってみよ」

「奴隷の亜人に給金を支払え、という御触れですが、何時頃出されたのですか?」

「五年程前、だな。だが、それと暗殺計画に何の関連が有るのかね?」

 淀みなく答える皇帝陛下の言には触れず、あのオーナーさんが言っていた事と、重なりが出て来た事に、俺は微かに口元を緩める。

「それではもう一つお聞きします。暗殺の首謀者の名前をお教え頂けませんでしょうか?」

「確か、マウザー・グランプ、と言ったか」

 その名が出た瞬間、リエルがソファーから立ち上がり、物凄い剣幕で皇帝陛下に詰め寄りながら、一気に捲くし立て始める。

「グランプ支部長がそんな事するはず有りません! 何かの間違いです! あの方は騎士に匹敵する程の高潔な精神の持ち主なんです! そんなお方が暗殺など計画するはずはありません! そ、それに、ギルドは支部が設置してある国に対して内政干渉をしないと確約しているんですよ! それを支部長自らが破る筈ないんです! ギルドだってそんな者を支部長にはしませんよ! 強いだけじゃ成れないのが支部長なんですからっ!」

 そして、今にも掴み掛からんとする彼女をゴンさんが慌てて押さえ、俺と二人でソファーに座らせる。

「は、離してよ! ゴン!」

「駄目だ! ここはマサトに任せろ!」

「で、でも! あ、あの方は――あたしの恩人なの! その人が――」

 ゴンさんに目配せをして離れてもらい、俺は軽く彼女を抱き締めた。

「落ち着け、ゴンさんの言ったとおり、ここは任せてくれ」 

 耳元に静かに囁き掛けた。だが、それでも彼女の口から迸る言葉は止まろうとしない。

「で、でも! あたしをあそこか――」

「もういい! それ以上言うな! 言う必要は無いんだ! 俺が彼の――グランプ支部長の汚名を(そそ)いでやる! だから、もう何も言うな!」

 強く抱き締めると同時に、彼女の声を俺の言葉で掻き消すが、俺の耳には微かに届く言葉があった。

「あ、たしは、まだ、恩を、返せて――ない、のよ……」

 そのまま泣き崩れてしまった。

 泣き崩れたリエルをウェスラ達に任せ、俺は再び皇帝陛下と対峙する。

「グランプ支部長にお会いする事は可能でしょうか?」

 リエルの事もあるし、ここは一刻も早く会って話を聞かなければ、と思ったのだが、それは皇帝陛下の首が振られた事に因って、霧散してしまった。

「彼は今、ここには居らんのだ。重犯罪者は永久に鉱山労働に処す事になっておるのでな。しかも、存命中は外部との接触は一切禁じられておる故、余が許可する訳にもいかん」

 犯罪者に重労働を課すのは有り得る事だし、会えない、と言うのなら今は我慢するしかない。だが、数年前に起こった皇帝陛下の暗殺未遂と亜人種差別の急激な強まり、この二つには絶対、接点がある。そう睨んだ俺は、リエルに向かってある一言を口にする。

「グランプ支部長は人族なのか?」

 だが、直ぐに彼女の首は振られ、

「あの方は、人熊(ワーベア)族なの……」

 これで点と点が繋がり一本の線になった。

「陛下、最後にもう一つ。亜人種もですが、奴隷をこの街で全く見掛けないのは、何故なのですか?」

 たぶん、これで確信に迫れる筈、そう読んでの質問だったが、案の定、皇帝陛下の表情が曇り、傍で控える団長さんの表情すら険しくなった。

「まさか、とは思いますが、グランプ支部長が暗殺者として捕まったのを契機に、亜人種は危険だから全員を鉱山労働に送れ、とか言った人が居るのではないですか?」

 更に鎌賭けの追い討ちを掛けてみたが、二人は表情を強張らせたまま、貝のように口を(つぐ)み、一切言葉を発しようとはしなかった。

――沈黙って事は、是、と取ってもいいな。これで亜人種差別と皇帝陛下暗殺未遂が繋がったとして、あの王妃を(かどわ)かした奴が裏に居る筈なんだが……。でも、そう考えると、この二つの首謀者は同一人物と見ても良さそうだ。だけど、絶対に一人じゃないよなあ。どうやって燻り出せばいいのやら……。

 皇帝陛下と団長さんからの回答を得られない為、自力で答えを探すしかない俺は、思考を巡らせていたが、

「貴殿は何を考えている? もしや、何か仕出かす心算ではなかろうな」

 マリエの険しい目線が突き刺さった。

「俺に出来る事なんてある訳が――あ……」

 俺の口元は我知らず緩み、マリエの表情は怪訝なものへと変わっていく。

「どうした?」

「うん、マリエのお陰で出来る事が見付かったよ、ありがとうな」

 諭す心算が気付かせる羽目になってしまったマリエの表情は、俺が礼を言ったにも関わらず、物凄く渋くなってしまった。

 だが、今そんな事は無視。これは何かの行幸かもしれない、と思った途端、俺の頭の中は目まぐるしく回転を始め、燻り出す作戦を組み立て始めていく。

「陛下! 今度行われる武道大会で優勝した場合なのですが、何か望みとか叶えて頂けるのですか?」

 国が主催するこの大会で、優勝者に何の褒美も無い、とか有り得ない筈だ。最もその場合、金品とかが普通だろうと思うが、場合によっては、騎士団に入隊を希望する者も居る筈。そう考えると、何か一つ願いを聞く、と言うのも有り得る。

「叶えられる範囲で、と言う条件付で褒美を取らせる事に成ってはおるが、それが何だと言うのだ」

 よし、これで言質は取れた。次の手は――、

「一つお願いが有るのですが――」

 一瞬、考える素振りを見せはしたが、皇帝陛下は一つ頷くと、期待の篭った瞳を向けて来る。

「申してみよ」

 そして俺は、口角を吊り上げて、

「ライルの出場を認めて下さい」

 この一言で皆を絶句させる。

 だがこれは予想の範囲。そして後一つ、予想している事もある。

「訳を申してみよ」

 ここまでは予想の通りだが、流石に一国を預かる者の視線の圧力は半端ではない。下手な事を言えば許可しない、とばかりに叩き付けられる威圧感が俺を押し潰そうとする。だが、すでに答えは決まっている。

「申し上げる事は、出来ません」

 真剣な眼差しを返すと、皇帝陛下は表情を緩め、軽く息を吐くと口元に笑みを乗せた。

「言えぬ、ときたか。本来ならば力ずくで問う所ではあるが、ま、今回は良かろう。だが、武道大会は明日だぞ? 大丈夫なのか?」

「ギリムおじちゃん、だいじょーぶだよ! 僕、おとーさんとおかーさんをずっと見てきたもん! それに、ほらこれ!」

 元気な声を走らせたライルが、太陽にも似た明るい笑顔で胸を張って右手を前に突き出すと、自身の身を覆い隠すほどの真っ白な魔方陣を顕現させ、それを見た団長さんは感心し、皇帝陛下は少しばかり驚いている。

 掻く言う俺も驚きを隠せない。何せ、何時覚えたのか分からなかったからだ。

「その年でそれを出すとは、な」

「イグリードよ、この陣はどういった物なのだ?」

 俺も知らないので、この質問は渡りに船だ。

「物理と魔法、両方の攻撃を反射する陣で御座います」

「ほう、それは凄いな。して、これを人族が使うには――」

「不可能、としか申し上げられません」

「そうか、それは残念だな」

 途中で言葉を遮られ、尚且つ、不可能とまで断言された割には、その表情に言葉ほどの残念さは見られない。しかし、これでお膳立ては整った。

「では、ライルの出場を許可して頂けますね?」

 だが、ここで別方向から待ったが掛かってしまった。

「駄目だ。許可出来ねえ。マサト、おめえはライルを使って何かやらかす気だろ? そうなりゃライルが危険なんじゃねえのか? 自分の子供を危険に晒して平気な面出来るほど、俺は暢気じゃねえぞ」

「そうじゃな。フェリスの言うとおりじゃ。おぬしには何か勝算が有っての事なのじゃろうが、それでライルを危険に晒して良い筈がなかろう」

「ライルはわれ等の子だ。マサト一人の考えでその子に危険を冒させる等、出来はしない」

「そうですよ。ライルくんはマサトさんの物じゃないんですから」

 やはり、と言うか、リエル以外の全員が反対の様で、投げられる表情は一様に非難を示している。勿論、リエルとて反対と言いたいと思うが、自分の恩人を助ける目的で動き始めた俺に、面と向かって言う事は出来ないのだろう、責められる俺に、幾分、申し訳なさそうな表情を返していた。

 皆の言う事は最もな事だ、と俺も思う。でも、これ以外の方法を使うのならば、彼女達がこの国に居るのは不味い。

「分かった。それじゃ、ライルを連れて今すぐユセルフに戻れ」

 皆の表情が呆気に取られる。

 それもそうだ、何一つ説明もしないで戻れ、と命令したのだから。

「訳を――」

 説明して欲しい、と懇願するウェスラの言葉を遮り、俺は強い口調で言い放った。

「俺が話すと思うか? 皇帝陛下にも話さなかったのに」

 声に合わせて表情も険しく変えて睨み付けると、ウェスラは狼狽たえ始め、フェリスを除いた他の三人は困惑した表情を見せる。

「訳も話せねえなら俺はもう知らねえ。ライルを連れて何処へなりとも行くさ」

「そうか」

「――おら、ライル行くぞ。それから、おめえ等も来い」

 彼女はウェスラ達も促すとライルの腕を取り、連れ立って部屋を出て行く。ただ、ライルだけは引き摺られながらも俺に向かって必死に手を伸ばして、声の限り叫んだ。

「僕、おとーさんといっしょがいい! おとーさん! いっしょにいこうよ!」

 そんなライルに俺は柔らかく微笑み、声を掛ける。

「さよなら、ライル」

 言われた意味が直ぐには理解出来なかったのだろう。ライルは一瞬呆気に取られていたが、直ぐに顔をくしゃくしゃにして泣き始め、俺は、その声と表情を遮る為に背を向けた。

「やだ……やだよ! おとーさ――」

 そして、俺の背に投げられた最後の声は扉に遮られ、届く事はなかった。

 部屋の中には重苦しい空気が流れ、暫くの間沈黙が幅を利かせていたが、それに穴を穿つ様に、小さな溜息を吐く音が聞こえた。

「良いのか?」

「はい」

「そうか――、ならば、余が言える事は何もないな。本日は部屋を用意する故、ここに泊まって行くが良い。ではまた明日、武道会会場で(まみ)えるとしよう」

 皇帝陛下は立ち上がると踵を返して部屋を出て行き、残された俺は溜息を付いて、深々とソファーに沈み込むのだった。

 やっぱ、別れって辛いな……。

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