世の中は世知辛い
翌日は俺とゴンさんにリエルさんの三人でギルドへと出向いた。
俺は依頼達成の報告があるし、彼女はここのギルドへの移動が理由。でも、ゴンさんは何の理由も無い。強いて言えば、リエルさんが心配で付いて来ている、といった所。
最も、リエルさん単独で行動させられない訳もある。それはバロールさんに聞いた事情が有った為だ。彼女は悪魔族の特徴である尻尾が生えていたし、それを隠したとしても、金色の瞳やオレンジの髪色は人族には居ない。それに亜人種の場合、人族に比べて超の付く美男美女が多いのも特徴だからだ。
最も俺だって人族には見えないと言われ無くはないのだが、南の方の国には黒髪に黒い瞳の人族も居るらしいので、珍しい視線を投げ掛けられるだけで済む。
そんな訳で彼女を真ん中にして、俺達が両脇を固めているのだが、それでも蔑みの視線は投げ付けられる。
まあ、その視線を投げた人を俺とゴンさんが睨むと、ギョッとして目を逸らす人が多いのだけどね。
そりゃそうだ。ゴンさんはどでかいハルバートを背にしてるし、俺は俺で年季の入った装備だからね。
でもまあ、リエルさんが視線を全く気にしていないのは幸いだ。お陰でベルンの特徴を聞ける訳だし。
今、俺達が滞在しているヴェロン帝国の帝都ベルンは、街は中央に聳え立つ尖塔を持った特徴的な城を中心にして、その周りには巨大な城壁と堀が巡らされ、その外側に貴族達の邸宅が立ち並び、また堀を挟んで王侯貴族御用達の高級商店が建ち、それに隣接する形で商業区域が設けられている。そこから更に外側は一般庶民用の商店と住居となり、一番外側が観光者向けの宿泊施設や土産物などを扱う商店になっているそうだ。
そして、ギルドは当然の如く商業区域にある。ただし、中央に近付けば近付くほど、蔑みの視線は露骨に成っていくのも確かな事実。
なんせ、貴族様の家に近くなる訳だし当然と言えば当然なのかもしれない。ま、斯く言う俺も一応は爵位を持っているので、その貴族のお仲間なんだけどさ。
「しっかしなんだ、この居た堪れねえ視線はよ。まるで生ゴミでも見る様な感じじゃねえか。昔はここまで酷くなかったんだがなあ」
顔を顰めてゴンさんがぼやいている。
「そうなんですか?」
つい聞き返してしまった。
「ああ、少なくはあったが人族と亜人の夫婦も居たしな。でも、今は一組も見あたらねえ」
ゴンさんの言う昔がどの位だがは分からないが、どうやら今の帝都はかなり異常なようだ。
「そうよね。それに人族以外も普通に見掛けたのに、ここまで歩いて見掛けないのもおかしいわね」
リエルさんも不思議に思っているらしい。
これは何か裏が有りそうな予感がする。
一体、数年前に何が有ったんだろう。亜人種の排斥運動でもあったのだろうか。でも、皇帝陛下は奴隷を無くそうとしてるみたいだし、そうなると、何故こんな状態に成っているのかが不思議を通り越して、空恐ろしい。まるで誰かが皇帝陛下とは逆の施策を施行してるとしか思えない。
しかも、内密に。
これは国として相当不味い状況なのではないだろうか。
とりあえず明日は十月の火の日だし、さっさと謁見をした方が良いだろう。長く滞在すると面倒事に巻き込まれる恐れもあるしな。
二人との会話からそんな推測をしてみたが、この事は俺の記憶にだけ留めて置く事にした。下手に誰かに話をして、藪を突付いて蛇を出す可能性も否定出来ないと言うのも有る。況してや、それが皆に飛び火しないとも限らないのだ。そんな事になれば、無事では済まされないかもしれない。なので、ここは一旦、考える事を止めた。
「あそこがベルンのギルドよ」
その声に顔を上げると、前方にある建物をリエルさんが指差していて、俺は感嘆の声を上げてしまった。
総レンガ造りの五階建ての建物で、窓の全てにガラスが嵌り、出入り口に至っては扉が自動で開閉していて、その光景に思わず目を疑った。
「じ、自動ドア?!」
「そうよ。あれ、あたしが作ったんだから!」
彼女はそう言って、誇らしげな笑顔を見せた。
リエルさんてマジで魔装の開発者だったのか。
「それにねえ、あの魔装自動扉から入れるのは、冒険者登録をしてる者か、職員だけなんだよ!」
まじかよ! どうやって判別してんだ?!
驚愕の表情を向けると、俺の考えを読んだ様に、
「ないしょ」
悪戯っぽい笑みを浮べた。
それが余りにも可愛くて、一瞬、見蕩れてしまったのは、ここだけの秘密。
そんな訳で俺達も自動ドアから中に入る。
そうそう、関係者以外の入り口は自動ドアの横にあった。ご丁寧に、関係者以外はこちら、とでかでかと看板が掲げてあったからね。
ただ、中に入った途端、視線の集中砲火を浴びる事になった。それも蔑みと侮蔑の視線を。それを受けて俺は顔を顰めたが、リエルさんは別段気にする事も無くカウンターへと進み、受付の人へ手紙を渡していた。ただし、その人も軽蔑の目線を一瞬向けていたのを、俺は見逃さなかった。
でも、彼女は何故、あんなに平然としてられるのだろうか。
そんな事を思いながら受付へと向かい、依頼完了報告をしようとした時、
「そ、そんな!」
慌てるリエルさんの声が聞こえたので顔を向けると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
何か問題でも起こったのかな?
自分の用事は後回しにして足を向けると、微かだが会話の内容が聞き取れた。
どうやら、亜人だから、の一言で支部長に取り次ぎをしてもらえないらしい。しかも、ユセルフ支部の支部長、ドレンドさんの手紙すら突き返されている様だ。
「どうしたの?」
とりあえず、素知らぬフリで聞いてみる。
「あ――マサトくん……」
受付の人を横目で見ながら、
「もしかして、人族じゃないからって、断られた?」
小さくコクリと首を動かし、その事実にカチンと来た。
なるほどね。そっちがその気なら、こちらは強権発動と行きますか。
受付の人へと俺が向き直ると、訝る表情を向けてくる。
「何でしょうか?」
「あんたじゃ話にならないから、支部長連れてきてくれる?」
「はい?」
その惚けた表情に、俺は少し声を荒げる。
意外と、堪え性がないんだよね、俺って。
「だから、連れて来いって言ってるんだよ」
「何馬鹿なこと――」
腰のパウチから黒いカードを取り出し、目の前に突き付けると、一瞬で表情が青ざめ絶望の色に染まり、成り行きを見守っていた他の職員達の間にも、ざわめきと共に動揺が走った。
「職員ならこのカードの意味、分かるよね?」
口元だけで俺が笑うと、首が縦に振られた。
「それじゃあ、よろしく」
軽く物を頼むように告げると、大慌てで席を立って奥へと消えて行った。
「これで支部長はここに顔を出さざるを得ない筈だ」
リエルさんに笑顔を向ける。
「こんな事したらマサトくんの立場が……」
「悪くなる?」
彼女が頷く。そしてそれを肯定する様にゴンさんも頷き、
「こんな事をしてただで済む筈がない。お前、分かってるのか?」
険しい表情を見せた。
ただで済むとは思っていないけど、ただで済ます心算もないんだよ。俺は今、頭に来てるんだから。
「分かってるさ。でも、向こうの出方次第では一暴れさせてもらうけどね」
呆れた表情でゴンさんは溜息と共に苦笑を漏らし、やれやれ、と首を振る。
「ったく、しょうがねえなあ。何かあったら俺もフォローするから、暴れるのはだけは勘弁してくれよ」
「善処します」
口角を上げて心にも無い事を口にすると、ゴンさんは肩を竦めて軽く息を吐いていた。
そんな少々物騒な遣り取りをしていると声が掛る。
「あ、あの――」
振り向くと、あの受付の女性がそこに立って居た。
「し、支部長が別室でお待ちです」
「俺は連れて来い、といった筈だけど?」
「す、すみません! で、ですが、ここではお話が出来ないと、支部長に言われましたので……」
言われて俺が見回すと、その場にいる冒険者全員が好奇の視線を纏わせて、俺達の事をチラチラと見ていた。
俺は構わなくても、向こうが構うか。
「分かった」
そして、奥の扉から別室へと通された俺達の目の前には、口髭を蓄えた眼光鋭い初老の男が椅子に座り、本当に支部長なのか確認の為リエルさんに目線を送ると、彼女は小さく首を振って否定していた。
「あんた、支部長じゃないな」
この一言で男の目線は微かに和らぐ。
「ふっ、やはりマウシスが居ては誤魔化せぬか。――わしはモーティス・ルーメン。元副支部長で今はここの支部長代理をしておる者だ。そして、ベルン支部へようこそ、ユセルフ王国の英雄殿」
怪訝な表情を見せる俺に、ルーメン支部長代理は僅かばかり目を見開いた。
俺が英雄? んな訳ねえだろうが。
「――おぬし、自分がどれ程の事を成したのか自覚がないのか。でもまあ、その位でなければあれ程の事は出来ぬので有ろうな」
「そんな事よりもリエルの事だ。何故、受け入れない」
また先ほどの様な鋭い眼光を放ちながらも、ルーメンさんの表情には微かに困った色が浮かび、何か問題を抱えている事を窺わせる。だが、今の俺には相手側の問題など知った事ではない。
「リエルは組合の職員だぞ。その職員に対して、亜人だからって理由だけで受け入れないってのはおかしいだろ。これが本部の方針が変わったって言うのならば、従うしかないだろうけど、そうじゃないだろ? それに、国を跨いで独自の権力を持って活動する組織が何で一国の言いなりに成る必要があるんだよ。そんな事するようじゃ、ベルン支部はもう冒険者相互互助組合じゃないって事になるんじゃないのか?」
冒険者相互互助組合は、その名の通り国を跨いで活動する冒険者を支援する組織で、その力は決して小さくなく、小国であれば潰す事すら可能な程だと聞いた。
それほどまでの力を有しているのに、何故言い成りになっているのか、それが俺には分からなかった。
そんな風に一気に不満を捲くし立てた俺に対して、ルーメンさんは一つ息を吐き、険しい表情を更に険しくして、口を開いた。
「詳しい事は言えん。だが、これだけは理解してほしい。わしは組合支部を預かる者として、何が有ろうとも、ここを潰す訳にはいかんのだ」
その言葉からは苦渋の思いが伝わって来た。
それは組織を預かる者としての責任か、それとも個人的な思いなのかまでは分からない。でも、その眼差しから受ける強い想いは、理不尽に対して諦めていない事だけは分かった。
「あんたの考えは分かった。でも、リエルの事はどうするんだ? このまま放り出して、はい、さよなら、か?」
「その事だが、組合規定の給金は支払わせてもらう。ただ、ここで働く事だけは諦めて欲しい。こちらとしては、これが今出来る最大の譲歩だと受け取ってもらうしかないのが辛い所ではあるが……」
そう言って俺をジッと見詰める目に、嘘偽りは見られなかった。
「それじゃあ、一つだけ聞かせてくれ」
「わしに答える事が出来る事なら」
俺は一つ息を吸い込み、一拍の間を空けると、
「支部長はどうした」
その瞬間、鋭利な刃物を首筋に突き付けられた様な張り詰めた雰囲気へと部屋の空気が変じ、ルーメンさんの表情が微かに悲しみの色を示した。
「それは……」
かなり答え難い事なのだろう、言葉に詰まりその先を発する気配がない。だが、その表情を見ただけで俺はある程度理解出来た。
「あんたの顔を見たら、なんとなく察しが付いた。これ以上は聞かないで置くよ」
安堵した表情を見せて、ゆっくりと息を吐くと、
「そう言って貰えると助かる。わしの口からは言えぬ事柄なのでね」
たぶん、漏らせない事柄とは亜人種差別絡み――それもベルン支部だけでなく本部にまで飛び火する様な、とんでもない裏事情なのかもしれない。
「ああ、そうだ」
その声に、警戒した表情を見せると、ルーメンさんの口元に笑みが浮かんだ。
「そう警戒せんでくれ。君達に何か依頼をする訳ではないのでな。少しお願いをするだけだ」
「お願い、ですか?」
頷く。
「ここで依頼を受けるのは構わない。だがその時は、君かもしくはそちらの方だけで来てもらえないだろうか? 無用な争い事は避けてもらいたいのでね」
「詰まり、俺の妻達は連れてくるな、と?」
「わしはこの国出身ではないから、差別意識は持っておらんのだが、今の職員と冒険者は別なのでね」
「まあ、そういう事でしたら」
「済まない。不自由を掛けるが許してくれ」
一介の冒険者である俺に、ルーメンさんは頭を下げた。
この人も色々と大変なんだな。
「それじゃ、俺達はこれで帰ります」
軽く会釈をしてから背を向けて扉を開けると、
「そうそう、個人的には君達に期待しているよ」
背中から掛けられた声を扉で受け止めて、俺達はギルドを後にした。
そして、宿へと帰る道すがら、俺がリエルさんから尊敬の眼差しを受け続けたのは言うまでもない。
ゴンさんは不貞腐れてたけどね!