無意識が再び!
昨日はあれから散々な目に遭った。
宿へ帰った途端、リエルがギルドでの顛末を満面の笑みと恍惚とした表情を織り交ぜ、五割り増しに脚色して四人に語って聞かせたものだから、その四人から嫉妬の総攻撃を食らってしまったばかりか、バロールさんにも囃し立てられ、彼の奥さんに至っては顔を真っ赤にして体をくねらせ「若いっていいわねえ、わたしも貰ってくれないかしら」などと危ない事を宣うものだから、その所為でバロールさんが不貞腐れて夕食を作る事を拒否してしまったりもした。
ま、それは奥さんに思いっきりど突かれて、怒られてたけど。
最も、ある程度落ち着いた頃合を見計り宥めながら脚色部分を全て削り、真実のみを伝える事で四人からの攻撃は終わったが、それでも鎮火はせず「誤解を受けるような事をしたのは変わりない」とネチネチと弄られ続け、精神が疲弊していた所に、その日の夜はリエルの解禁日、と言うのもあり、またもや全員の相手をさせられてしまい、朝まで眠らせては貰えなかった。
そもそも伴侶が一人増えるたびに、その日の夜は、そこに居る全員の相手をしていたのが原因な訳だし、何時の間にか彼女達の間にも、そういう不文律が出来てしまっている様だったしね。
まあ、この事に関しては半分諦めてるけど。でも、流石に今朝はきつかった……。
ただ、朝すれ違った時のゴンさんの恨みがましい目や、バロールさんのニヤついた顔などを見ると、盛大に声が漏れていた事が窺い知れ、顔から火が噴出すかと思ったくらいだ。
特にゴンさんにしてみれば、俺は恋敵みたいな立場だったから、悔しさや嫉妬するその想いは一層強いのかもしれない。
でもまあ、好きな女性が幸せに成れるなら我慢してやる、見たいな雰囲気も伝わって来たのも確かで、そこは男らしくもあり、尊敬に値する部分で、何時かは俺も見習う事になるかもしれない。
そんな風に昨日から今朝までの事を思い出しながら、俺は一人道を歩く。
今日、向かう先はこの街のどこからでも見える尖塔を、誇らしげ聳えさせる王城。
本当なら観光がてら皆を連れて行きたかったのだが、それはバロールさんに止めさせられてしまった。
彼曰く、今のベルンは亜人に対しては何をしてもお咎めがない、のだそうだ。なので、バロールさんも外へ出る時は、皇帝陛下から拝領した服を着て出歩くらしい。これには前と後に皇族の紋章が刺繍で縫い付けられてあり、例え貴族であっても、持っている者は極少数らしい。どれ程少ないのか聞いた所「二、三人じゃないか?」と返って来たので、その希少さは凄まじく高い様だ。
最も、それを着てはいても蔑みの視線がより強くなるだけらしいが。
「ま、殺されるよりはマシってもんよ」
そう言って苦笑いを見せるバロールさんの心情は、俺には推し量る事が出来なかった。
――ここまで狂うと、壊すしかないんだろうなあ。
ここ数年で広まった価値観、それを壊すには一体、どれほどの労力が居るのだろう。
そして、それに挑む皇帝陛下の味方は少ないのではないか、と思いもした。
ただ、どうして亜人種差別が急に強まったのか、その原因が全く分からないのが不気味だ。
普通、急激に何かが起これば、どこかで綻びが出ていてもおかしくはない筈。それがまったく見られないと言うのが、そもそもおかしい。
前に内密に誰かが、と思って居たが、これは意図的に何かの目的を持って長期的視野の元、かなり綿密な計画を立てて起こしたとしか、考えられない状況だ。だからと言って、俺はそれに深々と首を突っ込む訳にはいかない。人の俺は兎も角、彼女達は全て亜人なのだから。
俺は溜息を一つ付くと周りに視線を走らせて、人通りがまばらに成っている事に気が付いた。
「そういえば……」
――王城周辺は庶民が滅多に近付かねえ場所だから気を付けろ。ハザマ殿は昨日、ギルドで亜人絡みの騒ぎを起こしてるんだしな。
「おかしな忠告を受けたっけな。なんで庶民が居ない場所で気を付けるんだろ?」
確かに人通りは減っている。でも、無い訳じゃない。まあ、道行く人の服装は、これでもか、と言うほど華美な装飾満載だが。
「おい、そこの亜人贔屓の兄ちゃん、ちょっと待ちな」
突然背後から胡乱な声を掛けられて立ち止まり振り向くと、五人の冒険者風の男たちが下卑た笑いをこちらに向けて立っていた。
「それ、俺の事か?」
「おめえ以外に誰が居るってんだよ」
この声音は背後から掛けられた声と同じ。と言う事は、他の者に比べて装備が若干良さそうな目の前の男がリーダーの様だ。
「俺に何の用だ?」
とりあえず、用件を聞く。
「知ってるか? この国じゃな、亜人を庇う奴は同列に見ていいんだぜ」
だがそれは、俺の質問の答えにはなっていなかった。
まあ、分かってたけどね。
「ふーん、用事がないなら俺は行かせてもらうよ」
こんな馬鹿に関わる暇はないしな。
「そいつは無理ってもんだぜ」
「なんでだ?」
「ここでおめえは死ぬからだよっ!」
不意に剣を抜き切り掛かってくる。
しかし、俺にしてみればその動きは緩慢にしか見えず、躱す事は容易だった。
「おめえ等、こいつを囲め!」
奴等にすれば素早く、なのだろう、俺を取り囲む。
なんだ? この鬱陶しいのは。
そう思い、ちらり、と回りに目線を巡らせると、珍しい見世物でも見る様な目付きでこちらを眺める貴族達の姿があった。
貴族様方は止める心算は無い様だな。最も、平民を見下す輩が多い人種な訳だし、亜人ともなればそれ以上だもんな。しかも味方した平民となれば尚更か。俺の見た目はどう足掻いても貴族には見えないし。
「どこ見てやがるっ!」
おっと、忘れてた。
視界の片隅で閃く剣尖を余裕で躱す。
尚も周囲から剣戟が見舞われるが、ゴンさんやボスコさんに比べれば余りにも拙く欠伸が出る程で、この程度なら剣を抜いて相手をする必要もない。このまま躱し続ければ、勝手にバテて終わるだろう。
しっかし、力任せに剣を振るだけで、こいつら剣術とか知らないんじゃないのか? 振り切った後の残身も酷いし、攻撃は単調だし、これで生き残れてるのが不思議なくらいだな。
しかも「くっ!」とか「このっ!」とか「ちょこまかとっ!」などとほざいているし、そんな事言う暇あるなら、もっと考えて剣を振れっての。
「お前等さ、もう少し相手を見る目、養った方がいいぞ」
外から見ている者にとっては凄まじい攻防なのだろうが、俺としては早く終わらせて手続きに行きたいと思うほど、無駄な時間だ。
「くそっ!」
おーい、力むと反って剣速鈍るぞー。
緊張感の欠片もなく、そんな事を思いながら余裕で躱して居ると、
「貴様等! そこで何をしている!」
剣を躱しつつ、声のした方へと視線を飛ばすと、ウェスラにも似た銀髪を肩辺りで切り揃えた髪を靡かせて駆け寄る女性が見えた。
「おめえら! ここは一旦ずらかるぞ!」
その連携は見事、の一言。リーダー格の男が一声叫ぶと、あっと言う間に路地に走り込んで姿を眩ませてしまった。
さっすがあ、悪役。
「貴殿、怪我は、ないか?」
連中が逃げ去った方向を感心した表情で眺めていると、弾ませた息を隠しもせずに心配した声が掛けられたので、
「あの手の輩って逃げ足だけは速いですねえ」
振り向き様に感心した表情で告げると、彼女は一瞬呆けた後、笑い声を上げた。
俺、何かおかしな事言ったか?
「い、いや、失礼した。その様子ならば怪我は無いと見て良いな」
「ん? ああ、無いですね」
あの程度で怪我なんかしてたら、ゴンさんに何を言われるか分かったもんじゃないしね。
「しかし、見事な体裁きであった。一瞬、目を奪われてしまい、声を掛けるのが遅くなってしまって申し訳ない」
軽く頭を下げられてしまう。
「いえいえ、お陰で助かりました」
相手の疲れを待つ事無く開放されたしね。
「ところで、貴殿の名をお聞かせ願えないだろうか?」
「何故に?」
「いや、あれを余裕で躱し続けるなど、名の有る剣士とお見受けしたものでな」
ああ、そういう事か。ま、この人になら名乗ってもいいか。
「マサト・ハザマと申します」
「では、私も名乗らせて頂こう。我が名はマリエ・ノムル。しかし……マサト・ハザマ――何処かで聞いた気がするのだが……」
思い出さなくていいです。ってか、思い出さないでください。
「それではのノムルさん、俺、用事が有りますので失礼致します」
さっさと退散しようっと。
「ん? ああ、引き止めてしまって済まなかったな」
軽く会釈をすると、俺はまた城に向かって歩き出す。
「まて、そちらは城だぞ」
ああ、城に用事が有るって言ってなかったな。
立ち止まり振り向くと、訝る表情のノムルさんが、柄に手を掛けていた。
「何故城へと向かう」
「あまり往来で言いたくは無いんですけど……」
「事と次第によっては、貴殿を拘束せねばならぬのでな」
俺は溜息を付き、懐から手紙を取り出して彼女にだけ見せる。すると、瞬き一つしなくなり固まってしまった。
まあ、そうなるよね。
固まった彼女を放って置ける筈も無く、元に戻るまで待つ事にしたが、何時まで立っても一向に動き出す気配がない。俺は痺れを切らし、彼女の背筋を指で真っ直ぐに腰の辺りまでなぞった。
これでリブートするといいな。
「ひゃあん!」
可愛らしい悲鳴と共に飛び跳ねて身を震わせて、彼女は自身の体を抱き抱えた。
リブート完了っと。
「お城行きますよ?」
背後から声が掛かり驚いたのだろう、一瞬大きく身を振るわせ俺を責めるような目付きで睨んで来るが、その頬は何故か桜色に染まっていた。
「もしかして……今のはハザマ殿、か?」
ここは頷くべきか違うと惚けるべきか……。
「えーと、まあ、そうですね」
一応、肯定しておいた。
「そ、そうか……」
頬を染めたまま、彼女は何度か深呼吸をしている。
俺、悪い事しちゃったかな?
「あの……」
「な、なんだ!」
飛び跳ねる様な感じでノムルさんは直立不動の姿勢を取り、俺と正対するが、何故か益々桜色が濃くなって行く。
風邪でも引いてるのかな。それは兎も角、怒られる前に謝っておかないと。
「幾ら固まっていたとは言え、女性の背筋に指を這わせるのは余りにも失礼な行為でした。申し訳ありません」
腰を折り俺は謝罪をする。
「あ、いや、ハザマ殿が謝る必要など無い。悪いのは私であって、貴殿ではないのだから」
「そう言っていただけると助かります」
そして、俺は微笑んだ。
だが、これが不味かった。無意識にあの笑顔を取ってしまったのだ。
お陰でノムルさんが再び固まってしまったのは言うまでも無い。
しかも、今度は顔を真っ赤に染めて。
俺、何やってんのかなあ。




