セクシー戦士推参!
歩く、只々歩く。何も考えずに。
これが今の俺の精神状態だ。
何故、こうなったのか理由を話そう。
全ての原因はあのオギュちゃんの服飾店。そこで着せ替え人形宜しくあらゆる服を着せられて、店頭でファッションショーをやらされてしまったのだ。しかも、あのオカマが集めた客の前で。
そこから先は……思い出したくねえええええ!!
理由になってない、だと? じゃあ、俺に集まる眼差しを見るがいい。
女達からは敵意と悔しさの篭もった視線を向けられ、一部の野郎どもは欲情した目を向けてくる。しかもだ! いらん二つ名まで囁かれてるんだぞ! 亜人殺しのハーレム王と呼ばれるのに少しだけ慣れた所でこれだ。もう、嫌だ。こんな街……。どこか誰も知らない街へ行きてえよ。
え? 新しい二つ名を聞きたい、だと?!
言えるか! そんなもん!
で、今俺は、憔悴している、と言う訳だ。
「しかしあれじゃのう。マサトは一体幾つの二つ名を貰う気なのかのう」
それは言わないで……。
「そうだな、わらわもそれには興味があるな」
「え? そんなに貰えるんですか?」
いや、普通はもらえないから!
「すげえな、マサトは」
感心するとこじゃないから!
「ええと、何じゃったかの……新たな二つ名は」
思い出さなくていいから!
「確か……」
頼む! 思い出さないでくれ!
そして、俺達はハロムドさんの店の扉を潜った。
「おお、両刀使いのハーレム王じゃねえか」
その一言で、俺は、頽れた。
うう、なんでこの人が知ってんだよ……。
「いやあ、でもあれは笑えたぜ! 下手な女よりも女らしいってのは!」
何で店ほったらかしで見にくんだよ!
「ん? どしたんだ、ハーレム王は」
ほっといてくれ! 俺は傷付いてるんだから!
「まあ、何時もの事じゃ。そのうち復活するじゃろ」
「マサトは打たれ強いからな」
「そうなんですか?」
「なら、今度俺と立ち会ってもらうか!」
打たれ強く無いし、意味違うからな、フェリス。
「で、今日はなんだ?」
「うむ、こやつの装備を、とマサトが言うのでな」
「ほう、こりゃまた凄え美人を引っ掛けたもんだな」
あーそうかもね、見た目は。実際は獣だけどさ。
「で、戦闘スタイルは?」
「俺は素手だ! 武器なんかいらねえ」
「こりゃまた勇ましい嬢ちゃんだな」
そりゃ勇ましいだろうよ。なんせ元はフェンリルだし。
「おい、ハーレム王。そろそろ復活しろ」
俺はまだ傷心中なんだよ。
「魔装弾一箱サービスすっから」
「本当だな」
「お?」
「ほんっっっとにくれるんだな?」
「嘘は言わねえよ」
俺は立ち上がった。
「安いのう」
ほっとけ。
「千クォークの傷心か」
「でも、銀貨十枚ですから、そこそこじゃないですか?」
「遊んでんじゃなかったのかよ」
悪かったな千クォークの傷心で! それからなフェリス。お前は一回目玉を全摘して洗ってもらえやあ!
「んじゃ、早くくれ」
俺は手を差し出したが、その手を叩かれてしまった。
「馬鹿野郎、嬢ちゃんの装備が先だ」
チッ、まあ、いいか。
「近接格闘って事は武器は限られるぞ。拳ならそれ専用のグローブかナックルだろうし、後は手甲鉤くれえか」
ハロムドさんが手に取った物は、拳の部分に特殊な加工を施したグローブと刺々しいナックル、ガントレットと手甲鉤が一体になったもの、それと、手甲鉤単体だった。
「威力はこいつが一番なんだが、装備しっぱなしに出来ねえって欠点がある」
確かにガントレットと一体だと装備しっぱなしはきついな。
「で、手甲鉤だけのやつは、力の係り具合で手首を傷める事もある」
確かにそうかも。
「んで、こいつらだと手数を出せなきゃ意味がねえ」
ナックル系の利点は手数と小回りが効く事だしな。ただ、一撃では確かに劣るよな。
「どれも今一パッとしねえな。もっとこう、爪で切り裂く、ってな感じのはねえのか?」
フェリスが五指を開いて鉤爪状に曲げて、空間を薙ぐ素振りを見せた。
確かに彼女なら、それが一番使い易いかもな。元の姿と似た様な使い方だろうし。
「んー、ねえ事はねえが、あんまりお勧めは出来ねえなあ」
そう言いながらもハロムドさんが持って来た物は、手の平以外の部分が全て金属で覆われ、指先には鋭利な爪が光っているグローブだった。
「こいつはちと中途半端でよ。爪がここまで鋭いもんだから、完全に握れなくて拳が使えねえんだよ。一応、物を持つ事もできっけど、やっぱ、手持ち武器を扱うのは無理だしな。ただまあ、こいつは金属を薄くする必要も有ってちーっとばかしオリハルコンを使ったんで、頑丈は頑丈なんだけどな」
このおっちゃん、ミスリルとかオリハルコンとか、希少金属を惜しげもなく使うのな。
「試着してみっか?」
フェリスはさっきからそのグローブを早く着けて見たかったようで、手を握ったり開いたりしていたから、その申し出には一も二も無く頷いていた。
「確かに拳は握れねえな――」
何度か手を握って、実際にフェリスは確認をしている。
「となると、こんな感じか?」
軽く五指を開いた状態で、やや腰を落して半身になって構る。そして、徐に前方へと飛び出すと、右腕を振り抜いていた。
「こんなもんか」
その口元には笑みが張り付き、かなり気に入った様子だ。
「やるねえ」
ハロムドさんも彼女の動きには感心している様子だった。
「そうなるとだ。超の付く近接戦闘だから軽くて丈夫な防具も必要だな」
「んなもんいらねーよ。攻撃になんざ当たる心算ねーし」
確かにフェリスの身のこなしなら、下手な防具は邪魔なだけかもしれない。でも、戦いにおいては一対一になる事は稀だし、自分が察知出来る範囲だけから攻撃が来るとは限らない。俺がその事を告げようとした矢先に、ハロムドさんが怒鳴った。
「生言ってんじゃねえ! 戦は一騎撃ちだけじゃねえんだ! もし、乱戦にでもなった時おめえが倒れたりすりゃ、他の仲間に迷惑が掛かるって事、覚えとけ! このボケ!」
余りの剣幕に、ファリスも顔を顰めて押し黙っていた。
「フェリス、こうい事はこの人に任せろ。絶対後悔させない人だからさ」
俺が口角を微かに吊り上げながらハロムドさんを見ると、少しだけ顔を赤くして照れながら鼻の頭を掻いていた。
「ま、まあ、ともかく任せてくれ。絶対動きにゃ影響しねえもんを選ぶからよ」
「わーったよ。その代わり、半端なもん持って来やがったらぶち壊すぞ」
物騒な事を言う割にはフェリスは何故か嬉しそうな顔をしている。どうやらハロムドさんを気に入ったようだ。
「んじゃ、ちーっと待っててくれ」
店の奥へと消えていった。
何で何時も奥から持ってくるんだろうな、あのおっちゃんは。
直ぐに戻って来たハロムドさんは、手にした物をフェリスに渡した。
なんだこの早さ。まるで来るのが分かってたみたいだぞ。
「おめえさんが着てるのとサイズは同じ筈だ」
それはショート丈の革ジャンに胸部を守る為の分割されたブレストプレートに肩を守るスポールダー、それと、肘を守るコーターに、ガントレットを取り付けた物だ。
うん、どっかの漫画みたいだ。ってか、やっぱ分かってたみたいな感じだなあ。
そして、フェリスの今の格好は、チューブトップに若干ローライズ気味のホットパンツに赤いショート丈の革ジャン、そして、足元はヒールが高めのブーツを履いている。
結構露出が多くてセクシーなんだよな。でも、それが艶かしく見えないとこが凄い。
「そして、あとはこれだ」
そう言って差し出してきた物は、何処か女性の腰周りを連想させる様な柔らかさを感じた。
「それは?」
「タセットってんだよ。腰の部分に付けるやつさ。本来はプレートアーマーなんかで使うんだが、それを軽量化して、ベルトに取り付けられるように工夫した一品だ」
なるほど、防御の手薄に成り易い部分様か。
「で、最後は定番のこいつだな」
ヒールが低めグリーブを床に置いた。まあ、男物よりは高いヒールだけどね。
「戦場の足元は必ずしも確りしてる訳じゃねえからな。こいつの方が絶対いいぜ」
それを見たフェリスの瞳は、物凄く輝き、活き活きとしている。
こういうのがやっぱ好きなのか。もしかすると種族的な特性なのかな?
「こ、これが俺のなのか?!」
「おう! 身に付けてみろ!」
「よし!」
言うが早いか、今来ているジャケットを脱ぎ去り、用意された物を着込む。次にブーツを取替え、最後はベルトを外してショートパンツの部分にタセットを取り付けた。
むむ、なんだかゲームに出てくる女戦士みたくなったぞ。すげえセクシーでかっちょええ!
「どうだマサト! 似合うか?!」
ファッションショーみたいにクルリと一回転する。
「ああ、よく似合ってるよ」
俺が正直に告げると、彼女は上機嫌になりさらにクルクルと回りだした。そして、ハロムドさんの所でピタリ、と止まると、
「お前、いい仕事するな! これからも頼むぞ! ボンクール!」
あれ? 俺達一度もハロムドさんのファミリーネーム言ってないはずだけど……。
俺はおろか、他の三人まで怪訝な表情を浮かべた。
「フェリス、なんでハロムドさんのファミリーネームを知ってるんだ?」
眉根に皺を寄せたまま俺が尋ねると、小首を傾げて彼女は答えた。
「これだけの仕事が出来る鍛冶師はボンクール家の者以外は居ないからだが?」
ハロムドさんもそう言われ、訝る表情を見せた。
「おい、ハーレム王。こいつの名前を教えろ」
「フェリス、だけど?」
「違う、もっとちゃんとした名前だ」
「あー、そっちか」
やっべ、俺覚えてねえや、どうしよ。
俺がそう思った瞬間、
「俺はフェリシアン・ビスリ・ヘヴェンス・スティート・マクガルドだ」
何かに納得するようにハロムドさんは何度も頷いていた。
「おめえさんはフェンリル一族の王族、マクガルド家の者だったのか」
「そうだ。そしてな、マサトは俺の番だ!」
満面の笑みで余計な事いうんじゃねえ!
ハロムドさんは驚愕に見開かれた目で、俺を見た。
このおっちゃんにだけは知られたくなかった……。
「おめえ……」
く……まだ心の準備が。
「手当たり次第だな」
「ほ、ほっとけ! それに、永久は俺からするもんじゃねえし!」
「そりゃそうだけどよ。何もやられるのを待って無くてもいいだろ?」
あ、そうか。避ければ良かったんだ。今まで何やってたんだろ、俺。
「その面から察すると、今まで気が付かなかったってか?」
渋い表情を返す俺に、ハロムドさんは豪快な笑いをぶつけ、
「まったく、おもしれえな、おめえはよ!」
力いっぱい俺の肩を叩きながら、笑い続けたのだった。
もしかして、俺って馬鹿なのかなあ?