洋服屋さんには定番が居る
翌朝は早くに目を覚ました。どうやら何時の間にか少しだけ眠ったらしい。人間、やっぱり睡眠はそれなりに取る様だ。でも、こうして早くに起きてしまうのだから、相当腹が減っている事は確実。だって、起きた瞬間から腹の虫が泣き叫んでいたのだから。
それにしても体が酷く重い。
「う……動かねえ……」
暖かな布団に包まれたまま呟く。これも腹が減り過ぎた所為だ、などと思いながら、辛うじて動かせる右腕で布団を引き剥がして、目を剥いた。
「うわあああああああああ!」
俺が動けなかった原因。それはフェリスだった。彼女が俺に抱き付いて幸せそうな寝息を立てていたのだ。しかも、全裸で!
「な、な、な、な?!」
余りの衝撃にまったく言葉にならない。これがあの三人ならばこうまで慌てる事はない。俺の奥さんだし。でも、彼女は違う。子持ちだから人妻、と言って良いのかは分からないけど、俺達の常識であれば子供が居るのだから、誰が見ても人妻だと思うだろう。その人妻が全裸で俺に抱き付いているのだ。慌てない方がおかしい。
――ま、マズイ! こんな所を見られたら三人に殺される!
未婚女性で有ったならば多少怒りもするだろうが、また自分達と同じ立場の者が増えるだけ、という認識に成るだけで済む。だが、人妻ではこれはもう不倫にしかならない。しかも、彼女達から見れば完全な浮気現場だ。百パーセント抹殺しに掛かる事は目に見えて明らか。だから、慌てて彼女を起こした。
「お、おい! 起きろ! こんなとこ見られたらまずい!」
フェリスの細い肩を揺する。
何度か揺すっていると、漸く彼女の目が開いた。
「ん? もう朝か――」
とりあえず目を覚ました事には安堵をした。だが、既に手遅れだった。
廊下を走るけたたましい足音が響いた直後、部屋の扉が荒々しく開かれて、大剣を持ったローザが飛び込んで来てしまったのだ。
「マサトさん! どうしまし、た?」
俺達を見て固まった。
「一体、あの悲鳴は――!」
キシュアも駆け付けて来てくれた様だ。固まったけど。
「無事か! マサ――!」
心配してくれて有り難う、ウェスラ。固まってるけど。
うん、このまま暫く固まっててくれると嬉しい。
「よし、今のうち――に?」
フェリスが俺の上に突然移動し始めた。
「あの、何してんの?」
型の良い二つの双丘が目の前で揺れる。
おおう、朝からなんという眼福! ここは拝まねば。――じゃねえよ!
「ん? なんとなく、だな」
「なんとなくで動くなよ! 只でさえヤバイ状況なのに!」
彼女は小首をちょこんと傾げた。
うわー、可愛いなあ。って、そうじゃねえだろ、俺!
「と、兎に角だな……」
「「「うふふふふ……」」」
不気味な笑い声が響き渡った。どうやら、復活してしまったらしい。しかも、最悪の場面で。
「マサトさーん」
「マサトよ」
「マーサートー」
う……、ま、負けるもんか。
「こ、これはだな……」
「――やっぱりマサトとは肌が合うな」
こいつはなんちゅう事言い出すんじゃあ!
「やっぱり……」
「これはこれは……」
「ほほう……」
ドス黒く揺らめく三対のオーラが徐々に近付いてくる。
くっ! こ、このままでは……。
「ま、待て! こ、これには――」
「これならいい子が出来そうだ!」
だからっ! 火に油を注ぐんじゃねえ!
「確定ですね」
「確定だな」
「そうじゃな」
俺の右側にローザ、左にキシュア、頭の上にはウェスラが陣取り、ローザが大剣を振りかぶるのを合図に、キシュアはオスクォルを呼び出し、ウェスラは右手に炎をちらつかせていた。
もう、だめだ……。さようなら、父さん、母さん、それに、可憐。俺はハーレム王に成れなかったよ。成る気はなかったけど……。
潔く目を瞑りその時を待つ。そして、俺の脳裏に去来するものは……、彼女達の裸体だった。
おい俺! 最期に思い出すのがそれって、おかしくねえか?! おかしいよな! ってか、おかしいだろ!
などと、心の中で自分で自分に突っ込みをいれていたが、一向に何も迫って来ないので、恐る恐る目を開けると、目を疑う光景が広がっていた。
フェリスはローザの大剣を真っ赤な魔方陣を浮かばせた左手で押さえ込み、右手には金色の魔方陣から飛び出した光に鎖でキシュアのオスクォルを絡め取り、ウェスラの右手には青い魔方陣が幾重にも重なり炎を閉じ込めていた。
「馬鹿者どもめ。人如きが俺に敵う筈ねえだろうが」
悔しそうに表情を歪める三人とは対照的に、フェリスは口角を吊り上げて、勝ち誇った表情を見せていた。
えーと……、どゆこと?
「下がれ! 下郎ども!」
彼女の気合と共にそれぞれの魔方陣が瞬時に輝きを増して三人を吹き飛ばす。と同時に、天蓋の上に白い魔方陣が出現して光のシャワーを落とした。
「これで誰も俺達のじゃまはできねえ。さあ、マサト、ゆっくりと交尾をしようか」
はあ、交尾、ですか。って、はあ? 交尾だあ?!
「おいこら! なんでそうなる!」
「ん? 嫌か?」
「そうじゃねえだろ!」
「何が不満なんだ」
「だーかーらー」
「ええい、煩い奴め! こうしてくれる!」
彼女の唇が俺の口を塞いだ。
あれ? これって、永久の契約じゃね?
有ろう事か俺は、子持ちのフェンリル(人型)と永久の契約を結ばされてしまった様だ。
俺もこれで子持ちかあ、などと感慨深くは思っていない。だって、元は獣だぞ! 人と獣の垣根まで越えてどうすんだよ!
「ふう、やっと大人しく――ん? どうした?」
「お、おま、おま――お前が永久なんぞ結ぶんじゃねえよ! これじゃ俺は変態じゃねえか!」
血相を変えて俺は怒鳴った。こんなの嫌だ。俺は変態とは呼ばれたく無い!
「む、そういえば、俺の魂に何やら流れ込んで来た気がするな。これが人の言う婚姻とやらの一つである永久か。――ふむ、悪い気はしないな。まあ、気にするな!」
気にするよ!
「これでマサトは晴れて俺と番になったのだ! 胸を張れ!」
「張れるかあ!」
俺ががなった瞬間、彼女の瞳が潤み始めた。
「マサトは俺の事が嫌いか?」
そんな切なそうな憂いを帯びた表情で見詰めないでくれよ……。
「俺はマサトだからこうして申し込んだのに、それを拒否されたら……」
フェリスは俯いてしまい、外野から蔑みの視線と声が叩き付けられた。
「マサトさん、最低です」
「最低だ、女を泣かせるなど」
「あの寛大なマサトは何所へいったのじゃ」
さっきまで俺を殺ろうとしてた三人には言われたくない台詞だよ!
俺は追い詰められた。獣を受け入れるか、それとも、最低野郎と呼ばれるのを受け入れるか。どちらを選んでも悪い予感しかしない。だけど、それならば潔くするしかない。
「あーもう、わかったよ! なってやるよ、フェリスの旦那に!」
途端、彼女は俯けた顔を上げて、正に天使の微笑、と呼べる笑顔を宿した。
「感謝するぜ、マ・サ・ト」
こいつ……、あれは演技だったのか。だ、騙されたあ!
先ほど彼女の事を擁護するような事を言った三人も、これには唖然とした後、悔しそうに表情を歪めている。要するに、彼女達も完全に騙されたって訳だ。
やっぱこいつ、油断できねえ。気を引き締めないと俺が振り回されそうだ。
「今はここまでにしてやるか」
その一言で天蓋と三人の魔方陣が消え失せ、フェリスは俺から立ち上がり、彼女達の方に向かって、
「これから宜しくな!」
そう告げると、太陽のように輝く笑顔を見せたのだった。
*
今朝の朝食はパンと羊乳、それと刻んだベーコンを混ぜたスクランブルエッグ。ただし、フェリスだけは五人前。
ほんと、あの体の何所にあれだけ入るんだろうな。
「このままではあっと言う間に尽きてしまうな……」
キシュアが呟いたのも道理。たった五人しか居ないのに、一食に準備する量は十人前近く。これでは幾らキシュアの蓄えがあろうとも、確実に底を付いてしまう。となれば、やる事は一つ。
依頼を受けて仕事をこなす。
それは正しく、ファンタジー世界での正しい冒険者の姿。
でも、今日だけはそれも駄目。
何故ならば、お城へ登城しなくちゃいけない日だから。
ただ、お城へ登城する際に、俺一人で、とは言われていない。なので、全員連れて行く心算でいる。なんせ、あそこにはフェリスの子――今や俺の義理の子、獣だけど――が居る可能性が高いのだ。その為にも探りを入れる必要がある。
これはフェリスの依頼である、奪還に向けての下準備でもあった。
ただ、この探りを入れる役目はウェスラにお願いをする心算でいる。一番城の中に詳しく、最も警戒されない人物だからだ。これをフェリスにやらせれば子供を見付けた途端に何をやらかすか分かったもんじゃないし、かと言って、ローザでは目立ちすぎる、キシュアは自分が公爵家の娘、という自負もあるだろうから、何も考えずに聞いて回るだろうとの予測から確実にアウト。それに、そんな事をされれば俺達がどこかの国のスパイと繋がっているのではないか、という疑惑が持ち上がりかねない。
と言う訳で、この事は朝食を食べながら話した。
案の定、フェリスとキシュアから抗議を受けたが、俺の考えを話した所、渋々納得はしてくれた。
まあ、ここら辺は流石に長く生きているだけの事はあるね。
「さて、とりあえず大まかな所はこれでいいか。この後はギルドへ依頼達成の報告を行く途中で服屋に寄ろう。フェリスの着る物を買わないといけないしな。あと、ハロムドさんのとこにも行くか。一応、冒険者のフリをしてもらわないといけないし」
俺はそう提案をして食べ終わった食器を手に席を立つ。
ちゃんと片付けをしないと、夕飯の時が大変だからね。
四人も俺に習い、食べ終わった食器を持ってキッチンへと入って来る。そして、わいわい騒ぎながら俺達は片付けを済ませ、着替えてから家を後にした。
*
俺達は今、ウェスラを先頭に、その後にキシュアとローザ、その更に後に俺とフェリス、といった形で歩いている。なんせ、王都の店に関しては俺とキシュアは何が何所にあるかなんて知らないし、フェリスだって同じ。ローザも知ってはいるらしいけど、ぶっちゃけ、戦闘用に使う衣類専門らしい。なので、最初は普段着を買う事にした。
俺を見る街の人の視線は相変わらずだけどさ。
そして、着いたお店の名前は〝オギュちゃんの服飾店〟ふざけた店名だけど、王室御用達らしく、概観から見てもその規模はかなりの大きさで、あっちの世界から一緒に来た俺の家の二倍強は有りそうだった。
ただ、王室御用達は別に良いとして、店名を聞いた瞬間に俺は、嫌な予感しかしなかった。そして、扉を開けて店内に入った途端、その予感は見事に叶えられた。
叶えて欲しく無かったよ……。
「いらっしゃーい」
二メートルは有ろうか、という筋肉ムキムキの男が魔法少女よろしく、フリルをふんだんにあしらわれたピンクの洋服を着て、腰をくねらせながら満面の笑顔で迫って来たのだ。
ウェスラは若干引き攣った笑顔で、俺達三人は余りにキモさに引いて、そして、流石のフェリスでさえ顔を顰めていた。
「あらん、アイシンさまじゃないのお。お久しぶりねえ」
低音でドスの効いた甘ったるい声でウェスラに話し掛けながらも、その目は俺を捕らえている。
きしょいから俺を見るんじゃねえ!
「久しぶりじゃなオギュートス。今日はちと服を見繕って欲しくての」
「あら? アイシンさまなら一杯持ってらっしゃるでしょ。まさか、新しく御作りになるの?」
「いや、ワシのではない」
ウェスラは振り向きフェリスに目配せをするが、彼女はその意味が分からず、キョトンとしていた。
「フェリス、ほら」
俺は彼女を前へと押し出す。ただ、その表情は物凄く嫌そうだった。
うん、なんだか邪神に生贄に差し出す気分だな、これは。
彼女を見たオカマは少女漫画よろしく、瞳の中に星を煌かせて更に激しく身をくねらせる。
超きもい……。
「これは最高級の素材じゃなーい! 最高の物をあたしが見繕ってあげるわね!」
オカマがフェリスに手を伸ばした瞬間、彼女はその手を乱暴にあしらい、
「触るなボケ! 気持ち悪いんだよ!」
物凄い剣幕で返していた。
おおう、こりゃやべえぞ。
「あん、もう、そんなことされたら火がついちゃうじゃないのよお」
嬉しそうに身をくねらせていた。
げっ、こいつ、マゾっ気もあるのかよ!
「俺は自分で選ぶ!」
そう宣言すると、フェリスは店内をうろつき始め、気になる服を手にとって眺めていた。
「んじゃ、俺は外で待ってるよ。ここには男物は無いようだしね」
自然な素振りで逃げ出そうと背を向けた所で、万力の様な力で肩を捕まれ、動きを止められてしまう。
「お待ちになって。あなたに合う服もちゃーんと、あ・る・か・ら」
俺は肩に食い込む指の圧力も忘れてぎこちなく振り向く。そこには、魔界で煌くであろう太陽の様な怪しい笑みを浮べたマッチョの顔があった。
その後、俺がどうなったかは、言うまでも無い。ってか言いたくねえ!




