伸びると後が怖い
叫んでおいて何だけど、伸びた。兎に角伸びた。鼻の下が。
レインボーカラーのセミロングに金色の瞳、しかも、黄金率とでも言うべき完璧さで創られたその顔と体。そんな美女が全裸で目の前にいるのだ。男なら伸びない方がおかしい。ってか、伸びろ。
それに、こんな美女の頼みなら、ほいほい聞いちゃいますぜ、だんな!
そんな風に浮かれる俺の背中に、痛いくらいに突き刺さる視線が三つ。
やべっ! 忘れてた! 俺一人じゃねえんだった!
「と、とにかく、これ羽織ってくれ!」
俺は自分のコートを脱ぐと、目の前の美女に手渡した。
「ふむ、やはり人はこの姿を気にするのだな。よかろう、その申し出、受けるとしよう」
何やら理屈っぽいこと言ってるけど早く着てくれ! このままだと俺がヤバイから!
「これで良いのか?」
全裸コートキター! じゃなくて!
「前閉めて!」
「注文が多いな」
彼女は渋々といった様に、コートの前を閉めた。
ふう、これで良し。
俺が安堵の溜息を付いた直後、
「おぬし、何を、しておる、のだ?」
冷たい声が流れた。
「な、な、な、何って、そ、そりゃ……」
背中に嫌な汗を掻きながら、ぎこちない笑顔を浮かべて、ゆっくりと振り返る。そこには、口元だけで笑う三人が、居た。
「む? そち等もこの者の仲間なのか? その割には仲が悪そうだが――」
仲が悪いんじゃなくて、怒ってるんですってば!
「ほう、ワシ等の仲はそう見えるか」
「それは重畳」
「そうですねえ、今はそうかも知れませんねえ」
うう……怖いよ……。
「して、ぬしは何者じゃ?」
震える俺を無視してウェスラが彼女に問い掛けたお陰で、いくらか安堵出来た。
あー良かった。俺の方に来なくて。
だが、それも仮初だったようだ。
「後でこってり搾るから、覚悟するのだ」
キシュアが耳元で囁く。
ううう……。
「うふふふ――。楽しみですねえ」
反対からはローザが。
ひいいい……!
俺は青ざめたまま、その場に立ち竦んだ。
「ふむ……。私が依頼したのはその人の子であって、そち達ではないでな、話す訳にはいかぬよ」
「ほ、ほう――、こやつと宜しく遣る心算か?」
「そうだな。宜しく、と言われれば、宜しくであるか」
「ちょっとこっちへ来るのじゃ」
俺の耳をウェスラは引っ張り、その場から離れていく。
「い、痛い痛い! もっと優しく!」
「やかましいわっ! このたわけがっ!」
うう、俺が何でこんな目に……。
彼女から五メートルくらい離れた所で、俺は漸く解放されたが、それは耳だけだった。
「さて、話してもらおうかのう」
俺は痛む耳をさすりながら、
「な、何をだよ」
「あの女の事じゃ」
「いや、だって、ウェスラ達も見てただろう?」
「知らん」
「え? 見てなかったの?」
「あの馬鹿どもの面倒で手一杯じゃったからな」
顎をしゃくり市壁の方を示した。
くそっ! あいつら覚えてろよ。
「えーと……」
そこで気が付いた。
どうやって説明すればいいんだろう? 小山の様な獣が人に成りましたって言えばいいのかな? いやいや、それじゃ信じてもらえないだろう。ホント、どうすればいいんだ。
次第に冷汗が俺の額に滲む。そんな中、鈴の音の様な爽やかな声が投げ掛けられた。
「取り込み中済まんが、名乗っておらんかったな」
三人が敵意剥き出しで声の方へと向ける表情を見て、お願いだから喧嘩はしないでくれ、と俺は祈る。
何に祈ればいいか分からんけど。
「私の名はフェリシアン・ビスリ・ヘヴェンス・スティート・マクガルドと言う」
無駄に長い名を名乗る彼女。
え? ふぇりしあん、びす――って、長くないですか、それ?
案の定、三人ともポカンとしていた。
「まあ、気軽にフェリス、とでも呼ぶが良かろう。そち等だけはそう呼ぶ事、特別に許す」
あ、それなら呼びやすい。うん、フェリスね。いい名前だ。
「あの、種族は何ですか?」
ローザが尋ねた事は意外とこの世界では重要で、その種族に因っては何らかの対策を施す必要が出て来るらしいからだ。しかも、中にはその特性を犯罪などに利用する者達も居るらしいので、どうしても必要な事なのだと、俺は教わった。
特に魔族の中でも淫魔族の場合は色恋沙汰で自分の力を使う者が多いらしいから、たぶん、ローザはこれを疑ってるんだと思う。容姿に関しては、飛び抜けて優れた者が多いらしいからね。
「私か?」
「はい」
「フェンリルだが?」
「――え?」
「だから、フェンリルだと言うておる」
「……フェンリルって、あの、フェンリル、ですか?」
「それ以外にどのフェンリルがある」
俺が三人の表情をちらり、と覗き見ると、驚愕に目を見開いていた。
ふむ、あのでっかいのはフェンリルか。
「そ、そ、そ、それじゃあ……! 天族じゃないですかっ!」
「ん? 天族? ああ、人が勝手に呼ぶ一族の呼称か」
そういえば、北欧神話の邪神ロキの子供がフェンリルって言ったっけ。でもあれは確か息子だった筈だけど、まあいいか。でも、この世界でもそういうのが当てはまるんだな。おぼえとこっと。
「所で、いい加減、その人の子と話がし、し、し――、へくちっ!」
うお! 可愛いくしゃみ! なんか知らんが萌える、萌えるぞ!
「むう……、やはりこの体は冷えるな」
よし! ここは俺が提案を……。
「まだ夜は冷え込むしのう。ワシ等も帰るとするか」
「そうですね、姉さま」
「はい」
そう言うと三人は突然歩き出した、俺とフェリスを置き去りにして。それを彼女は不思議そうに眺めて首を傾げている。
「えーと、俺は?」
「勝手にせい」
ウェスラに突き放された。
う、ま、負けるもんか。
「そ、それじゃ、行こうか、フェリス」
「ふむ、そちがそう言うのならば」
そうして俺達は、三人から少し離れて着いていった。
*
「一つ、聞いてもいいか?」
「ん? なんだ?」
「なんで俺と腕を組むんだ?」
そう、歩き出して間も無く、フェリスは俺の腕に自分の腕を絡めてきたのだ。しかも、彼女の柔らかい部分がしっかりと腕に当たっていて、また鼻の下が伸び始めそうだった。
「こうすると人の子の雄は喜ぶのだが、そちは違うのか?」
それは否定しない、否定しないけどさあ! 時折振り向く三人の視線が惨く冷たく突き刺さって、その都度背筋に悪寒が走るんだよ!
「あ、いや、なんと言うか、俺、これでも妻帯者なんで……」
「妻帯――ああ、そちには番が居るのか」
「そ、そうなんだよ。だから――」
「良い気にするな、私は構わぬ」
「いや! 俺が気にするから! ってか、フェリスが気にしてくれよ!」
俺が必死の形相でお願いすると、彼女は不機嫌な表情を浮かべながらも離れてくれた。
ふう、一先ずは助かった。
俺が額の汗を拭い前に目線を向けると、三人と目が合った。直ぐに前に向いてしまったけど、その目に少しだけ安堵の色が踊っていたのは、見逃さない。
あーよかった。これで少しは三人の機嫌が直りそうだ。
そのまま無言で俺達は北門まで歩くと、その時になって初めて気が付いた。三人が門番にギルドカードを提示したのを見たからだ。
フェリスはたぶん、身分証なんて持っていない筈。なんせ元がフェンリルだし。
何かいい案はないかな、と黙考しながら歩くが、終ぞいい案は浮かばず辿り着いてしまった。
「お疲れさん」
衛兵が声を掛けてくる。
俺は一応、剣を下げてるから、依頼が終わった冒険者って事は分かるらしい。と言うより、何かと有名だしな。
「そっちは新しいコレか?」
小指を立てて、ニヤニヤと笑っている。
「あ、いや、その……」
「なんだよ、ハーレム王らしくねえなあ」
ハーレム王ちゃうわ!
「とりあえずカードを確認させてくれ。幾らあんたが有名でも規則だしな。勿論、そっちの連れも」
どうしようかと焦っていると、フェリスが何かを出してきた。
「お、このカード、南のエスマク共和国で発行してるやつじゃないか。あんた、南を拠点にしてるのか」
なぬ?! カードを持っているだと?! いったい何所から出した! も、もしや――!
俺がポカンとしていると、フェリスはニヤリと笑った。
む、なんだこの悪い笑顔は。
「んじゃ、ハーレム王も見せてくれ」
言われて俺もカードを渡す。
「噂には聞いてたけど、この黒いカードはやだねえ。まあ、あんたがこの町を滅ぼすなんて事はしないだろうけどさ」
苦笑を浮かべながらカードを戻される。
まあ、そうだろうね。持ってる俺だってやだもん。
「よし、通っていいぞ。それにしても流石はハーレム王だな。またこんな美人を捕まえるとは。少しはこっちにもまわしてもらいたいもんだ」
爽やかに笑う衛兵に苦笑を向けて、俺達は街中へと入ると、一応は三人とも待っていてくれたようだ。
「よくカードも無しに入って来れたのう。まさか、色香で篭絡でもしたか?」
「色香? なんだそれは。言っている意味の訳は分からぬが、人の街に入るなど造作もない事だ」
フェリスがまたカードを見せる。
「こ、これは――! 幻術では無いか! フェリス、おぬしは幻術を使いよるのか?!」
「ふむ、やはりそちには分かるか。流石は世界最高の魔導師、と呼ばれる者だな」
「何故、貴様が姉さまの事を知っている!」
キシュアが警戒心を見せ、敵意を剥き出しにウェスラの前へ出る。
「そう、いきり立つではない。私は何もせぬよ」
フェリスが両手を肩の高さまで挙げて敵意が無い事を示すと、キシュアは幾分、気を緩め、ローザはウェスラの持つカードを横から覗き込み感心していた。
「ふええ、あたしには見分けが付きませんよ。幻術って凄いんですねえ」
「そんなに凄いのか?」
「凄い、といより希少じゃな。幻術を使える者は殆ど居らんからの」
ウェスラがそういうなら、そうなんだろうな。
でも、俺も覗いてみたけど、そこには何も書かれていなかった。
「およ? なんも書いてねえぞ」
俺の一言に、全員が驚きの表情を見せた。
「なんだよ、そんなに驚いて」
「そ、そ、そ、へくちっ!」
あ、また可愛いくしゃみだ。
「うー、冷える」
ま、全裸コートだしな。そりゃ寒いわな。
「とりあえず報告は明日にして家に戻ろうぜ。じゃないとフェリスが風邪を引く」
「ふむ、そうじゃの。報告は明日でもええじゃろ」
彼女達もフェリスをこのまま連れまわすのは問題があると思ったのだろう、俺の意見に反対する事も無く、家路を急いだ。
家に戻ると、まず先に風呂の支度をした。とりあえずフェリスに温まってもらう為だ。風呂の湯を沸かしている間に、俺は食事の準備とフェリスからの依頼を皆に話し、それが済むとキシュアとローザは彼女が着れる服を物色、ウェスラはと言うと、彼女と一緒に風呂へ入ってもらっていた。
そして俺は途方にくれる。
そう、まだシチューが万全の体制でしこたま残っていたからだ。フェリスは兎も角、俺達は三食連続シチューになってしまう事に焦り、キッチンの中を素早く物色した。そしたら――、良い物が見付かった。それは卵。
ここで閃く。
よし! 手打ちパスタを作ろう!
*
それでは第二回目、狭間真人のクッキングタイム!
まずは小麦粉を準備します。
普通は薄力粉と強力粉を半々の割合でよく混ぜ合わせますが、今回はそんな物はないので一種類で一ケギ用意しました!
そして、平らな台に乗せ、真ん中に穴を開けてください。そんな台なんて無いよ! って方が居ましたら、大きいボールを使って同じ様に真ん中に穴を開けてください。
その穴に全卵を十個入れて、塩を小さじ一杯とオリーブオイルっぽい物――こっちの世界にはオリーブオイルがないからね――を小さじ五杯くらい入れて混ぜていきます。最初はフォークで混ぜていき、ある程度まで混ざったら手で捏ねます。そして、表面につやが出たら、固く絞った布巾を被せて、最低三十分は寝かせましょう。ただし、この時間は室温によっても変わりますので、寒い時はもっと長く寝かせるか、ボールに入れて暖かい場所にでも置いてください。
寝かしの時間が終わりましたら、麺棒、なけりゃ擂粉木でもいいです。兎に角、丸い棒で厚さ二ミムくらいになるまで伸ばしていきます。
目標の厚さまで伸ばしたら、伸ばした生地を折るか丸めるかして、幅一セムくらいで切っていきます。
切り終わりましたら、丁寧に一本ずつ解し、小麦粉をかるーく塗してください。そして、お湯に塩を入れて、好みの硬さに茹で上げたら出来上がりです!
全部なんて使い切れないよ、というお方がいましたら、あっちの世界は冷凍庫がありますから、ラップに包んで冷凍しちゃってくださいね。
それでは、皆様も是非、チャレンジしてみてください!
*
「ふっ、我ながら凄いぜ」
俺は自画自賛していた。
そうして出来上がった物は、クリームパスタシチュー風味。
予めシチューを別の鍋に入れてホワイトソースを更に追加し、そこに茹でたパスタを合わせるのだ。しかも、これが意外と美味かった。またもや改心の一撃を放ってしまったって訳だ。
凄いぞ、俺!
テーブルにワインを準備してから、またキッチンへと戻る。パスタなので茹でてしまうと伸びて美味しくなくなるからだ。味見した分量は極僅かなので、人数分に響く事は無い。というか、明らかに作り過ぎだ。でも、俺が残りを食えばいいだけなので、問題はない。そして、全員が食堂へと戻って来ると、俺はパスタを茹で始め、手際よく盛っていった。
「む、なんじゃこれは?」
「見たところ、麺、のようだが」
「麺、ですねえ」
「麺? とはなんぞ?」
麺で正解だ。でも、流石はフェリス。やっぱり人の食べ物はあんまり知らないんだな。
「これは、パスタって言うものだ。まあ、とりあえず食ってみてくれ」
さて、どういう反応が返ってくるかな。
彼女達は恐る恐る、といった風に、一口含んで固まっていた。
あれ? まずったか?
不安で顔を顰める俺に、一斉に顔が向けられた。
「マ、マサト……、なんという……」
「くっ……わらわは……」
「あう……」
「お替りをくれ」
お替りは食べ終わってからだからな、フェリス。
一応、味に問題はなさそうだけど、悔しそうな表情で涙を流しながら食べる三人のこの反応、どう捉えればいいんだろう?
ま、フェリスはあっと言う間に平らげると、俺に皿を突き出してお替りを要請してきたけど。
「人の子よ。これほどまでの美味なる物を良くぞ用意した。褒めて遣わす!」
あ、いえ、残り物を工夫して出しただけです、はい。
「そういえばさ、フェリスのその言葉遣い、何とかならない?」
俺はお替りを用意しながらキッチンから声を掛ける。
なんて言うのかな、彼女の言い方は無駄に威厳があるんだよな。もうちょっとフランクに話して貰えないと、ギルドとかに連れて行き難いんだよね。
「それと、俺の名前はマサト――、マサト・ハザマだからな」
「ふむ、この言葉遣いか……。確かに少々堅苦しくはあるか。なれば――、そうだな、良かろう、昔の言葉遣いに戻すとしよう」
昔は違ってたのか、って、そりゃそうか、生まれた時から女王様じゃないはずだしな。
「お替りを早くもってきやがれ。俺はあんな量じゃ腹は膨れねえんだよ」
げっ、不良になった。
「てめえ、何ボケッとしてやがんだ。早くしやがれ、このウスノロ!」
これなら前に方がよかったな……。
これには三人も目を丸くして驚いていた。
「はいはい、今出来ますよ」
「そうか、なら待っててやる」
俺は手早く麺を茹で上げると、ソースを絡めて皿に盛り付けて持って行く。
「おお! 待てたぜ! よし、いただきます!」
多めに入れたのだが、物凄い速さでなくなっていくパスタ。もしかして、またお替りされるんじゃなかろうか。
「お替りだ!」
あ、やっぱり。でも、これじゃ俺の分は無いかもしれない。仕方ない、俺はパンとシチューで我慢しよう。
パスタを茹でながらそう思い、シチューの準備をする。そして、自分が食べるシチューと彼女のパスタを持ってテーブルに座った。
「ん? マサトのはなんだ。ぱすたと違うみたいだが」
「ああ、これはシチューだ」
「食わせろ」
「は?」
「いいから全部寄越せ」
取られた。
ま、いいか、まだあるし。
「おおう、こいつも美味えな! もっと無いのか?」
「あるよ」
「よし、全部もってこい」
「え?」
「いいから持ってこい」
「い、いや、でも――」
「持ってこねえと元の姿に戻るぞ、ごらあ」
あんな姿にここで戻られたら家が壊れてしまうので、急いで鍋ごと持ってくると、その鍋を抱えて全部食べてしまった。勿論、パンも。
「ふう、食った食った」
彼女はどこぞの親父の様に腹を叩くと、下品にも盛大なゲップを響かせる。
他の三人はそんな彼女の姿と、落ち込む俺を見て、顔を背けて笑っていた。
俺の夕飯が……。
「くくく、鼻の下を伸ばした罰じゃな」
その夜俺は、腹の虫が泣いて寝る事が出来なかった。
ああ、俺の夕飯、食べてあげられなくて、ごめんよう……。
今回のクッキングタイムの一人分の分量を記載しておきます。
薄力粉 :50g
強力粉 :50g
卵 :1個
オリーブオイル:2.5cc(茶さじ1杯)
塩 :少々
以上になります。




