さあ! 料理のお時間です!
ハロムドさんの店を出てから更に目立つ事になった。それは何時の間にか広まった二つ名ばかりじゃなく、ローザが巨大な剣を背にして歩いていたのも原因の一つ。
見た目は結構華奢なんだよねローザって、胸はでっかいけどさ。
そんな嫋やかな身長百六十センチくらいの女の子が、刃渡り二メートル近く、幅三十センチほどもある鉄板みたいな剣を背負って悠々と歩いてるんだから、視線を集めない方がおかしい。しかも、その娘が俺の腕を取って嬉しそうにしてるんだから尚更だ。
「ほらあれ、あの有名な……」
「え? あれが……」
「また増えてる……」
ああ――、女性の軽蔑の眼差しが突き刺さるう。
「くそっ! なんで……」
「羨ま――いてっ!」
「爆発しちまえっ!」
うむ、君達のその気持ち、分からんでもないぞ。俺が同じ立場だったらね。
なんだかもう、悪目立ちしてる俺達です。
「しかし皆、口さがないのう」
ウェスラが苦笑を浮かべた。
「仕方ない。旦那様はこれだけの妻を抱えているのだからの」
「皆さん、羨ましいだけですよ、きっと」
まあ、噂される、という意味ではキシュアの言うとおりだけど、ローザのはそれ、男の発想だからな。
「と、兎に角、早く家に帰ろう」
衆人環視のこの状態では精神的に来るものがあるので、早く落ち着きたい気分だった。
「そうじゃの、これでは落ち着かんしの」
これにはウェスラも同意見のようだ。
「わらわは問題ないが、旦那様がそう言うなら」
キシュアは強い娘だな、変な方向でだけど。
「えー、もっとくっ付いて居たいです」
この娘は有る意味大物かもしれない……。
早く家に帰り着きたい俺は、少しばかり歩を早めようとしたが、その途端、キシュアがとんでもない事を言い放った。
「ローザよ。今宵の主役はおぬしだ。たっぷり可愛がってもらうがよかろう」
「え?! そ、それじゃあ、――初めてを捧げていいんですか?!」
「ちょ! こ、こえでかっ!」
周囲のざわめきが一段と高まった。
「ちょっと聞きました?」
「ええ、流石ですわ」
「若いっていいわねえ」
なんだかおばちゃん達の好奇の視線が……。
「くっ!」
「何て羨ましい――!」
「あいつ、殺していい?」
ふっ、なんだか優越感が――じゃねえ! そこら中から殺気が注がれてるし!!
「そうよのう、今宵はローザが主役は当然じゃの。まあ、その後でワシ等も参戦するとしようかの」
「当然です姉さま」
「え?! わたしが捧げた後にみんなでするんですか?!」
「ばっ! でかっ!」
俺はすっげえ恥ずかしいのに、うちの奥様方は恥じも外聞もないないらしい。寧ろその表情は誇りに満ちている。
「じゃが、覚悟せい」
「そうだ、ローザは覚悟するのだ」
「覚悟? ですか?」
「「うむ」」
この人達、何を言うつもりだ。
「マサトのはな」
「これくらいあるのだ!」
キシュアがその手でサイズを示すと、にんまりと笑った。そして、ローザの目線が俺の顔から下半身へと移り、そこからまた戻ってくると、嬉しそうな笑顔と潤んだ瞳で、開口一番、
「旦那様は巨根なんですね!」
「わっ! ば、ばかっ! そ、そんな大声で……」
俺が背中に突き刺さる視線に振り向くと、そこには、男共が嫉妬の炎を目に宿らせて、どす黒いオーラを纏わり付かせていた。そして、目と目が合った途端に口元が弓なりになり、それに俺も曖昧な笑みを返すと、全員が頷く。
「「「コロス!」」」
猪突猛進に迫り来る男共に恐怖を覚え、俺は咄嗟に両腕でキシュアとローザを抱えて、ウェスラに叫んだ。
「俺に捕まれ!」
彼女は一瞬呆けたが、俺の背後から血走った目で迫り来る男共を目にすると、慌てて俺の首にしがみ付いた。
「風よ! 俺達を巻き上げろ!」
小さなつむじ風が足元に生じる。だが、それは見る間に育ち、通りの半分を埋め尽くす巨大な竜巻となって、俺達四人を瞬時に宙高く運んだ。
「マ、マ、マサト! おぬしは何しとるんじゃ! こ、このままでは叩き付けられてしまうではないかっ!」
ウェスラの言うとおり、俺達は今、王都全体を見渡せる高さまで巻き上げられ、一瞬の無重力の後、絶賛落下中だ。しかも、元居た場所には米粒ほどにしか見えない大勢の人達が集まりこちらを見上げ、耳元では風音が逆巻いている。そんな中、俺は声を張り上げた。
「大丈夫! 任せろ!」
そして俺は、願った。
――大切な人を守る翼、汝の力持ちて我に与えたまえ。
「我が声に応えよ! 風の精霊達!」
「む、無理じゃ! 契約も結んで居らぬのに精霊魔法など!」
そんな彼女の叫びとは裏腹に、俺の背には真っ白い二対四枚の羽が生まれ、一対の羽で三人を優しく包み込んだ後、勢い良く開かれて落下速度を緩めて、空中に浮遊した状態で留まった。
そしてそれは今、俺の意思で制御可能だ。ただし、羽ばたきその物を制御している訳じゃない。羽ばたきは機械で言えば自動制御と同じ。俺はただ、前進とか止まるとかそう言った事を念じているだけ。
「どうだ? 大丈夫だったろ?」
驚愕に目を見開いて絶句する三人に俺は微笑み掛ける。
「それに、精霊だって神様の一種だ。誰かを守る為なら、力を貸してくれるさ」
俺は一際大きく羽ばたくと、高度を上げてから水平飛行に移り家の上空まで飛び、ゆっくりと旋回しながら地面へと降り立つと、背中の羽は空気に溶ける様に消えていった。
「お疲れ様」
三人を開放すると、そのままペタンと座り込んでしまって、俺を慌てさせる。
「ど、どうした?!」
「こ、腰が……」
「腰がどうかしたのか?!」
尚も慌てる俺に、ローザが顔を赤くしてはにかみながら答えた。
「――お恥かしい限りですが、腰が抜けてしまいました」
腰が抜けただけ、その事に俺は安堵して溜息を付き、同じようにその場に座り込んだ。
「おどかすなよ……」
「それはこちらの台詞だぞ」
キシュアが半眼になり睨んでくる。
「まったく、急に回ったかと思えば、地面目掛けてまっ逆様、かと思えば回転したり、あんな事されては腰も抜けようぞ」
俺は乾いた笑いを上げて、頭を掻いた。
飛べた事が嬉しくて、俺は彼女達が居る事も忘れて、急旋回、急降下、錐揉み飛行と、アクロバチックな飛び方をした。その所為で彼女達は終始、悲鳴を上げっぱなしだったのだ。
「わ、笑い事ではないわっ! 死ぬかと思ったのじゃぞ!」
ウェスラの抗議に二人も頷き、それぞれに異口同音を唱え、俺が平謝りに謝ったのは当然の成り行き。
その後は、まだ立てない彼女達を一人ずつお姫様抱っこで中へと連れて行き、食堂の椅子に腰掛けさせ、お茶――驚く無かれ、こっちの世界にも紅茶があった――を出して気持ちを落ち着けさせた。
「しかし、まさかあんな風に精霊の力を使うとはの。ワシもびっくりじゃ」
「あの、あれも精霊魔法なんですか?」
「あの感じ、間違いなく精霊魔法だな」
キシュアはどうやら魔法を感じ取れるらしい。吸血族侮りがたし。
「うむ、精霊魔法の一種、と捕らえてもええじゃろが、契約もせずに力だけを借り受けるなど、初めて見たの」
「そう言えば、精霊魔法は使役する精霊との契約が必要なんですよね」
「そうじゃ。普通、契約無くして力の行使は出来ぬ。じゃが……」
ウェスラはチラリと俺に目線を向けると、
「おかしいのがここに居るしのう」
「なんだよ」
「何から何まで規格外の男じゃと思うての」
悪い意味での規格外は嫌だけど、この場合は良い意味での規格外だし、誇ってもいいんだよな。
「姉さまの言うとおり、ナニも規格外ですから」
「女の子がそう言う事を言うんじゃありません!」
「わらわは女の子ではない! 見た目で判断するな!」
怒られた。
そういえばキシュアは百十四歳なんだよな。
「悪い、ロリババアだった」
「ろ、ろりばば? なんだそれは?」
ここで教えたら俺がやばそうな気がしたので、何とか話を逸らさないと、と思っていた所、
「あ、あの、旦那様はどんな魔法が使えるんですか?」
調度良いタイミングでローザが声を掛けて来てくれた。
「んー、一応、一通りは使える、と思う」
「そうじゃの、マサトは一通り使えるの。まあ、ワシが教えたのじゃから、そうでなくては困るがのう」
俺に目線を寄越すと、少し意地悪そうに微笑んだ。
「十七でそれって凄くないですか?」
「さあ?」
「わらわにもそれは良く分からぬ」
魔法とかどれくらいで習得可能かなんて俺も知らないしね。キシュアが知らないのには驚きだけど。
「理魔法にしろ精霊魔法にしろマサトの歳では普通使えぬしの。凄い、というより異常なだけじゃな」
「へーへー、どうせ俺は変ですよー」
ウェスラは楽しさを笑顔で表し、その遣り取りを見ていた二人も、自然と笑みを零していた。
「そろそろ夕飯の準備でもしようぜ」
人数が人数なだけに、今から準備をしないと間に合わない。あっちの世界と違って、こちらは暗くなる前に準備するのが普通だからだ。なんせ、灯りだけは蝋燭とか獣脂を使う中世のスタイルなのだから。
「そうじゃの、そろそろ準備しないといかんの」
「では、今日はミルクのスープにでもするか」
「え? 皆さんお料理出来るんですか?!」
ローザが驚いた表情でこちらを見る。
もしかして、ローザって料理駄目な子?
「おぬしは出来んのか?」
「恥ずかしながら……」
顔を真っ赤にして俯いてモジモジとしている。そんなローザを見て、俺はなんとなく変な想像をしてしまった。
「旦那様が良からぬ想像をしてそうだ」
キシュアがまた半眼で俺を睨んでくる。当然俺は否定するが、それは返って肯定している様にしか見えなかったようだ。
「旦那様のえっち」
赤い顔で上目遣いに言われた。
そんな仕草をするローザを見ていると、やっぱり、歳相応なとこがかわいいなあ。などと呑気に思ってしまう。
「まあ、仕方ないじゃろ。若いしのう」
ウェスラは声を上げて笑うが、なんだか目が笑ってないのが少し怖かった。
「と、兎も角、飯作ろうぜ!」
俺は何とかその場を誤魔化して立ち上がると、キッチンへと向かった。
先ほどキシュアがミルクのスープ、と言ったが本当にミルクだけで煮ようとしたので、そこは俺が介入して、シチューに変更させた。
だってミルクだけで煮るなんて勿体無いじゃん。せっかく、バターとか小麦粉もあるんだしね!
*
それでは、第一回、狭間真人のクッキングタイム! 今日は本格風シチューの作り方です!
まずは野菜や肉を適度な大きさに切り、鍋に油を引いて切った肉や野菜を炒めてから材料が隠れる程度の水を加えて煮込みます。
それが終わったらホワイトソースを作ります。
煮込んでいる鍋とは違う鍋を火に掛けてバターを入れて溶かし、小麦粉を炒めます。この時、気を付けなければいけない事は適当にやると小さな玉が出来てしまうので、丁寧に素早く炒めます。玉が出来てしまうと口当たりが宜しくないので、最大限の注意を払いましょう。
十分に炒めたら、そこに徐々にミルクを加えて行きます。しかし! ここで焦ってはいけません。早く作ろうと焦って大量のミルクを投入すると、炒めた小麦粉がここでも玉になってしまいます。なので、焦らずゆっくりと、煮溶かす様に投入して行くのがコツです。
とろみが出て来たらミルクはそれ以上入れない様にして、味を調えます。使う調味料は塩とコショウのみで他に入れる物はありません。もっと何か入れたいと思うのならば、それは自分一人で食べる時にしてください。他の人にも食べさせるのですから、無難に行くのが吉です。
ホワイトソースが出来ましたら、先に煮ておいた野菜や肉に少しずつ、ホワイトソースを加えて行きます。そして、ここでも塩とコショウのみで味を調えて、とろみが出たならば、弱火で少し煮込んで出来上がりです。
皆様、如何ですか? 上手く出来ましたでしょうか? シチューは寒い冬などにはお勧めの一品ですので、是非チャレンジしてみてください!
*
「ふっ、いいできだぜ」
久しぶりに素材から作ったけど、その出来栄えに俺は満足した。
今朝もそうだが、実は料理の事はほとんど全てを俺が仕切っている。あっちでも料理をしていたので、何時の間にか料理スキルが高くなっていたのだ。しかも、この二人、出来る、とは言うものの基本的に焼くと炒めるがメインなので、少し凝った料理は苦手のようだった。
俺の言葉を受けて訝りながら三人も味見をしたが、その味にはかなり狼狽した様子だ。
「こ、これが――シチューなる物なのかっ!」
「わらわもこの様な煮込み料理は初めてだ……」
「なんて濃厚でコクのある煮込み料理……」
俺はそんな三人に向けてドヤ顔を作った。
苦しゅうない、もっと褒め称えよ!
「なんだか女として負けた気がするのは何故でしょうか……」
「ローザよ、そこは考えてはいかん」
「そうじゃぞ、考えたら負けなのじゃ!」
沈み込んだ表情を見せるローザをウェスラとキシュアが必死に励ます姿を見て、俺は心の中で呟いた。
――勝った。
まあ、別に勝負をしていた訳ではないけどね。
その後、人数分の食器類とパンを準備して皆が帰って来るのを待っていたが、誰一人として帰って来る者が居なかった。
それを俺達は不思議に思いながらも四人で談笑しながら夕食を取り、食後にお茶を楽しんだ後、各々が別々に風呂に入り寝室へと舞台を移して、夜の戦いの火蓋を切ったのだった。
それにしても俺も元気だよな。二日連続で、なんてさ。




