趣味が実益
冒険者ギルドを後にした俺達は、家へ帰る前にハロムドさんの店へ寄る事にした。あの時折れたローザの剣の代わりを見繕ってもらう為だ。その事を彼女に伝えたら、路上のど真ん中で大泣きをされてしまい、俺はまた衆目の目に晒され、有る事無い事囁かれてしまった。しかも、あの二人が考えた二つ名が何故か広まっていて、男の亜人には怖がられるし、女性には生ゴミを見る様な目で見られるし、穴があったら入りたい気分だった。
やっとの思いで店まで辿り着くと、俺は溜息を付きながら扉を潜り、声を発しようとした途端、行き成り罵声の先制パンチを見舞われた。
「てめえみてえなのに売る物はうちには置いてねえんだよ! とっとと出て行きやがれ!」
俺は泣きたくなった。だって、入ってすぐにこれだぜ? そうならない方がおかしいだろ。
何か弁明しなくちゃ、と思い顔を上げると、プレートアーマーで身を固めた長身でがっちりした体形で短髪の男がハロムドさんを物凄い形相で睨み付けていた。
どっかの騎士さまだろうか?
「俺はな、こう見えてもヴェロン帝国第四師団に居たんだぞ! それでも売れないって言うのか!」
元騎士さまか。でも、ヴェロン帝国って確か……
「第四師団だあ? 笑わせるなよ。へそで湯が沸いちまう」
こっちにも似たような諺あるんだなあ。
「兎も角、とっとと帰ってくれ。あんたみてえなのが居ると商売の邪魔でしょうがねえ」
ハロムドさんは猫でも追い払うように手を振って顔を歪めている。男は悔しいのだろう、拳を力いっぱい握り締めて顔を紅潮させていた。
踵を返した男と目が会うと、俺を睨み付けて邪魔だ、とばかりに乱暴に俺を押しやってから店の扉へ手を掛けて振り向くと、
「今日からは精々夜道に気を付けるんだな」
捨て台詞を残して去って行った。
「なんだ、あの月並みな台詞は。もっとドスの効いた台詞は言えないのかよ。あれじゃやられキャラじゃん」
俺が扉に向かって言葉を投げ掛けると、背後から聞きたくない言葉を掛けられた。
「おお! 亜人殺しのハーレム王か!」
俺はまた泣きたくなった。
「どうした? ハーレム王」
なんでおっちゃんまで知ってんだよ!
「なあに、生きてりゃ嫌な事の一つや二つ、二十や三十、百や二百はあるってもんよ!」
俺の肩を乱暴に叩きながら、豪快な笑いを放った。
普通、嫌な事の一つや二つだろう? なんで百や二百も無くちゃ行けないんだ。
俺はまた、盛大な溜息を付いた。
「ん? そういやあ、新しい嬢ちゃんが増えてるな」
意外と目ざといなあ。
「ああ、この娘に合う武器が何か無いかなと思ってさ」
俺の焦りを他所に、ハロムドさんの口元が釣りあがった。
「さてはおめえ、――またコマシたな」
ニヤニヤと笑う。
この人、俺の話を全然聞いて無いな。
ローザの事をどう説明したらいいか俺が考えていると、当の本人が一歩前に出て来る。
ん?
「は、初めまして、ハロムド・ボンクール殿! わ、わたしはマサトさんの新しい妻、ローザ・スヴィンセン・ハザマです! 以後お見知り置きを!」
やられた! 適当な事をでっち上げて無難に乗り切ろうと思ってたのに。
「やーっぱコマシたのか、さすがはハーレム王だな。しかも亜人殺しとは、言い得て妙だぜ」
「言い得て妙?」
「おうよ。だっておめえの嫁さんは全員、人族じゃねえだろが」
え? 人族じゃないって――。でも、アルシェは……。
「ったく、口の軽いおやぢじゃな。マサトはあの事を知らんのじゃぞ」
ハロムドさんは、首を竦めてそっぽを向いてしまった。
あの事ってなんだろう? ちょっと気に成るな。
俺が何の事か聞こうと思って居る所に、ウェスラが至極申し訳なさそうな表情を見せる。
「マサト、この話は聞かなかった事にしてくれぬか?」
「あ、ああ、それは構わないけど……」
そんな顔されたら聞くに聞けないよ。
「済まぬな」
なんでウェスラが謝るんだろう。
でもまあ、今はそれよりもローザの事だ。
「ハロムドさん」
「ん?」
「さっき俺が言った事、聞いてました?」
「その嬢ちゃんの武器だろ」
聞いて無いフリしてるくせに、ちゃんと聞いてるのか。まったく、変なおっちゃんだよ。
「ちと体触って見てもいいか?」
ハロムドさんがローザに断りを入れる。たぶん、俺の時と同じ事なんだろうけど、行き成りは触る事はしない。まあ、そりゃそうだよな、女の子だし。
ローザが不安そうな顔を向けてくるから、俺は目を見て頷いた。
――大丈夫、この人に任せろ。
俺の思いが伝わったかは分からない。でも、彼女は頷くと、ハロムドさんに向けて両腕を突き出した。
「悪りいな。筋肉の付き方を確かめねえと、どんな剣が合うか分からねえんでな」
「いえ、仰るとおりですから――」
でも、ローザは心なしか少し震えている。俺がそんな彼女の肩に手を置くと、その震えはピタリ、と止んだ。
ハロムドさんが真剣な表情で触ってる間、ローザは深呼吸を続け、俺はそんな彼女の肩にずっと手を置き続けた。
「悪かったな。女にあんたに男の俺が触っちまって。でも、随分と信頼されてるな、ハーレム王は」
「わたしの事を認めて、傍らに居ろと言って下さいましたから……」
微かに頬を染めて、嬉しそうに微笑む彼女を見たハロムドさんは、口笛を吹いてニヤついた顔を俺に向ける。
「言うねえ。流石、色男は一味違うな」
俺は顔から火が吹き出そうだった。なんせ、あの事は後から思い返してみれば、超ハズカシイ事だったのだから。
「お、お、俺の事よりもローザの武器を早く!」
動揺する俺にニヤついた笑いを向けながら「まだまだ青いな」と呟いて奥へと消えていった。
くそう、あのオヤヂ、何時か鼻を明かしてやる。
俺が拳握り締めて固く誓っていると、袖が引っ張られた。
「ん?」
「ハロムド殿は何故奥に……」
「ああ、店売りと別のを出してくるんだよ」
「別の? ですか?」
彼女は訝しげな表情で首を傾げる。
まあ、そうだよな。俺だって同じだったしな。
「俺の剣も奥から持ってきたんだぞ」
これで意味が通じると良いけどな。
彼女は腕を組み考え込んでしまった。
もしかして、意外とお馬鹿? まあ、いいけどね可愛いし。
「うおりゃあああ!!」
奥から突然ハロムドさんの掛け声が響いてくると、俺達は顔を見合わせ、一様に不思議そうな表情を作った。
武器を持って来るだけなのに、なんで掛け声なんかいるんだろ?
だが、その疑問はすぐに解消された。ハロムドさんが戻って来たからだ。
「待たせたな。嬢ちゃんならこいつが扱えるようになるはずだ」
その肩には、幅三十センチ、厚さは十センチ近く、そして、刃渡り二メートル弱もある巨剣が担がれていた。
それは、剣、と言うには余りにも巨大過ぎて、野外での鉄板焼き用の鉄板と言われた方が納得できる程だ。
「そ、れは――剣、なのか?」
呆ける俺達の中でただ一人、キシュアだけがなんとか声を絞り出した。
「おうよ。俺の渾身の一作だ」
ニヤリ、と不適な笑顔を見せる。
「凄く重そうなんじゃが……」
だよね、軽くは無いよね。
「んー、五十ケギくらいは確実にあるんじゃねえか?」
五十って……。それは剣じゃなくて最早鉄板だろ。
「こいつあ凄えぞ。なんせ、心金にオリハルコンを使って刃金と側金にはミスリルを混ぜたの鋼の合金を使ったもんだから、鍛えるのにすげえ手間取ったぜ。ただな、ちっとやそっとじゃ折れねえ曲がらねえ刃毀れもしねえって代物になったがな」
自慢げに話ながら、ハロムドさんはお馴染みの豪快な笑い声を上げた。
刃毀れは兎も角、そんだけ巨大で分厚ければ、そりゃ、折れない曲がらないってなるだろ。
「でも、何でそんな巨大な剣なんか作ったんですか? 普通、そんなの振るえる奴は居ないと思うんですけど……」
俺の問い掛けに、ハロムドさんは鼻息も荒く、胸を張って答えた。
「俺の趣味、みてえなもんだ」
「趣味? ですか?」
「おうよ」
やっぱりこの人も変だよ。こんな剣、普通、趣味で作るか?
「おめえ、俺の事今、変人だって思ってんだろ」
はい、思ってます。
「俺はな、追求してえんだよ」
「追求、ですか?」
ハロムドさんは真剣な表情で頷く。
「どれだけ強靭に出来るのか、どれほどの切れ味を持たせられるか、な」
そりゃまあ、刀剣を鍛える鍛冶師なら追求する命題なんだろうけど、これは行き過ぎじゃないだろうか。
俺がそんな事を漠然と思って居る所に更にハロムドさんの言葉が続いた。
「だけどよ、ある時、鍛冶仲間に言われた事があんだ。それをどんなに追求しても、使い手が居なきゃ意味ねえってな」
その人の言う事はたぶん正しい。扱う事が出来ない物はただのガラクタに過ぎないから。
「だけど、俺は言ってやったさ。俺がこれだけの物を打てるならば、使える奴が必ず現れるってな。もっとも、そいつは笑って馬鹿にしやがったよ、現れる訳ねえって。でも実際にはどうだい。俺の目の前に二人も居やがる」
そこで、ニカっと楽しそうに笑った。
「それって、まさか――俺達……」
大きく頷かれて、俺とローザは思わず顔を見合わせた。
「おめえさんに渡した剣。あれはな、ミスリルの特性を最大限生かせる様に、魔力との親和性を極限まで追求したのよ。もっとも、そのお陰で並みの魔力の質じゃ剣の力を発揮出来なく成っちまってな、それこそ規格外と言われるくらいじゃねえと駄目になっちまったんだよ」
そこで軽く肩を竦めて自嘲気味の笑いを漏らした。
「でも、俺が初めて来た時はまだ、何の検査も受けてなかったんですよ? それなのに何でこれが合うって分かったんですか?」
あの時はまだギルドへ向かう前だった。だから俺の魔力の量も純度も、まったく分かって無い筈なのだ。しかも、ウェスラがその事を言った記憶も無い。
「剣が――泣いたんだよ」
「泣いた?」
真面目な表情で頷かれる。
泣くってどう言う事なんだろう?
「何て言やあいいかな……、こう、たまに風が泣くみたいな音出す時あんだろ?」
それは分かる。強い風が細い紐などに当たると、カルマン渦が出来て音を出すあれだ。
「そんな感じに剣が微かに泣くんだよ。しかもよ、おめえのその剣、一月以上も前から泣きっぱなしだったんだぜ? そんときゃ凄え焦ったさ。店にゃ誰も居ねえし、客が来れば泣き止むし、居なくなるとまた泣くしでよ、とんでもねえ目に合ったぜ。そしてな、おめえさんが来た時に歓喜に打ち震えるように、一際高く泣いたんだよ」
俺が来て歓喜に打ち震えた、か。でも、一月以上前って事は、俺と可憐が召喚されてからって事だよな。
「一つ聞いてもいいですか?」
「おう」
「お城の騎士達の剣って……」
「あいつらのはお抱えの鍛冶師が作ってる。間違っても俺のとこにゃ来ねえよ。ま、来たとしても蹴っ飛ばすがな」
これで可憐の線は消えたか。
「でもよ、何でそんな事聞くんだ?」
訝しげな表情をされて、俺はどう説明して良いか分からず、困惑した表情をウェスラに向けてしまった。
「それに付いてはちと込み入った事情があるでな、話す訳にはいかんのじゃ」
「ほう」
ハロムドさんの目付きが鋭くなった。
これは話さない訳にはいかないかも知れない、と脳裏にそんな考えが過った時、ウェスラが口を開いた。
「悪いなおやぢ。ここでは誰に聞かれるか分からぬでの」
一瞬、二人の間で火花が散った様に見えたが、次の瞬間、ハロムドさんは表情を緩めると軽く息を吐いた。
「ま、おめえさんがそう言うなら仕方ねえ。今は聞かないで置いてやらあ」
俺は安堵から溜息を付く。
まったく、心臓に悪いよ、こういうのは。
「で、この剣なんだが、悪りいけどタダじゃ渡せねえんだ。素材がちーっとばかしアレなんでよ」
俺のはタダだったのに、こっちは違うのかあ。
「ああ、それとなおめえに渡した剣な。あれはまだその先があるんで、新しく打ち直す時に改めて金を貰う」
「は?」
「って事で、この剣は金貨十枚。おめえさんのは打ち直しした時に金貨五十枚寄越してくれ」
さらりととんでもない金額を言ってきた。
俺の首がゆっくりとキシュアの方に動くと、彼女は溜息を付きながら皮袋――どこから取り出したのかは分からないが――から金貨を十枚取り出して、ハロムドさんに手渡した。
「まいどっ!」
営業スマイルを見せて受け取ると、それと引き換えにローザの手に剣が渡される。
ローザは申し訳なさそうな顔をキシュアに向けて、目で何度も礼をしている。そして俺は、嬉しそうにニコニコと顔を綻ばせるハロムドさんを見て思った。
この人は鍛冶師じゃなくて商人だ! と。
「おお、そうだ。他にも何かあったら言ってくれ。俺の趣味で作るからよ! もちろん金は貰うけどな!」
上客を見付けた、と言わんばかりにニカっと笑うと、俺の肩を激しく叩くのだった。
これは陰謀だ! 陰謀に違いない! 俺は絶対ヒモにはならんぞう!




