1.私を苦しめる悪夢
柔らかな光を感じ、私は閉じていた目をうっすらと開けた。
だんだんと、心地よい声が近づいてくる。
「タチアナ……タチアナ……愛しているよ」
「ああ……」
片時も忘れたことはない――愛しい人の声。
「あなた! もう会えないかと……諦めていたのよ……」
すーっと光の中から、逞しい腕が伸びてきた。
その腕の中に再び飛び込めるのかと、胸が一気に高鳴る。
「やっと……」
指先が触れ合う、その寸前。
逆光で愛しい人の顔も黒く塗りつぶされたまま、突然ぐにゃりと空間が歪んだ。
「待って! いやよ! 行かないで!」
◇
「奥様……奥様! どうなさいましたか!」
侍女のメラニーの驚いた声で、私は現実に引き戻された――暗く、絶望の毎日に。
「メラニー……大丈夫よ。少し眠っていただけ」
「うなされていらっしゃいましたわ。また徹夜なさったのですね……。領地の収穫時期でお忙しいのは分かりますが……お疲れが溜まっていらっしゃるようですわ」
私が突っ伏して眠っていたせいで、執務机から書類が落ち、床一面に散らばっていた。
メラニーがぶつぶつと小言をいいながらも、ひとつひとつ丁寧に拾い集めてくれている。
幼い頃から身の回りの世話をしてくれている彼女は、私のこととなると、とりわけ勘が鋭かった。
(これ以上、心配はかけたくないのに……)
私は体に纏わりつくような喪失感と気怠さを感じていたが、メラニーに悟られないように、努めて明るい声で言った。
「心配しないで。小さい頃から丈夫が取り柄だって、メラニーも知っているでしょう? ほーら、ちゃんとお腹も空いているわ。今日の朝食は何かしら?」
「お嬢さ……奥様、もう昼食の時間でございます」
メラニーの視線の先の――窓の外を見れば、確かに太陽が高い所に見えた。
「どうりでお腹が空くわけね……」
コンコン。
執務室の扉を誰かがノックしたかと思えば、私が声を掛ける間もなく補佐官のアランが入ってきた。
「あっ! また、アラン様は……何度も申し上げていますのに。断りもなしにレディのお部屋には入らないでくださいまし」
「メラニー、何がレディの部屋だよ。ここは執務室だぞ」
「まぁ、騎士たるもの、レディが出入りするお部屋には細心の注意を払うべきですわ!」
「メラニー……年々小言が多くなってないか?」
頭から湯気でも出そうな勢いのメラニーと、それを飄々とかわすアラン。
賑やかなやり取りが、どこかひんやりとしていた執務室を温かく包んでいく。
それでも、なお、私は夢の中の一時の温もりに心を締め付けられていた。
「タチアナ、顔色が悪いようだが……また、徹夜したんだな。俺を頼ってくれと言っているだろう」
アランは夫ジェフリーが心を許している幼馴染であり、我がボナパルト侯爵家の頼もしい補佐官だ。
(少し口は悪いけれど、アランは信頼できる人よ。ジェフリーがいなくなってから、どれほど支えられたか……。もう、十分すぎるほど頼ってしまっているのに)
「ええ、ありがとう。アラン、早速なのだけれど、帳簿のこの部分を見てくれない?」
私が嫁いできたばかりの頃は、アランとは互いの立場を弁えた口調で言葉を交わしていたが、アランの気さくな性格もあり、気づけば遠慮のいらない関係になっていた。
「ん? 何か気になることでもあるのか? ……なるほど、脱税をしている可能性があるな」
「やっぱり、あなたもそう思う? 証拠を消される前に、この村へ行く必要がありそうね」
そうして――トラン男爵が治めている疑惑の村ゾラへ行くことになった。
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