表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/13

1.私を苦しめる悪夢

 柔らかな光を感じ、私は閉じていた目をうっすらと開けた。


 だんだんと、心地よい声が近づいてくる。


 「タチアナ……タチアナ……愛しているよ」


 「ああ……」


 片時も忘れたことはない――愛しい人の声。


 「あなた! もう会えないかと……諦めていたのよ……」


 すーっと光の中から、逞しい腕が伸びてきた。


 その腕の中に再び飛び込めるのかと、胸が一気に高鳴る。


 「やっと……」


 指先が触れ合う、その寸前。


 逆光で愛しい人の顔も黒く塗りつぶされたまま、突然ぐにゃりと空間が歪んだ。


 「待って! いやよ! 行かないで!」


 ◇ 


 「奥様……奥様! どうなさいましたか!」


 侍女のメラニーの驚いた声で、私は現実に引き戻された――暗く、絶望の毎日に。


 「メラニー……大丈夫よ。少し眠っていただけ」


 「うなされていらっしゃいましたわ。また徹夜なさったのですね……。領地の収穫時期でお忙しいのは分かりますが……お疲れが溜まっていらっしゃるようですわ」


 私が突っ伏して眠っていたせいで、執務机から書類が落ち、床一面に散らばっていた。


 メラニーがぶつぶつと小言をいいながらも、ひとつひとつ丁寧に拾い集めてくれている。

 

 幼い頃から身の回りの世話をしてくれている彼女は、私のこととなると、とりわけ勘が鋭かった。

 

 (これ以上、心配はかけたくないのに……)

 

 私は体に纏わりつくような喪失感と気怠さを感じていたが、メラニーに悟られないように、努めて明るい声で言った。


 「心配しないで。小さい頃から丈夫が取り柄だって、メラニーも知っているでしょう? ほーら、ちゃんとお腹も空いているわ。今日の朝食は何かしら?」


 「お嬢さ……奥様、もう昼食の時間でございます」


 メラニーの視線の先の――窓の外を見れば、確かに太陽が高い所に見えた。


 「どうりでお腹が空くわけね……」

 

 コンコン。


 執務室の扉を誰かがノックしたかと思えば、私が声を掛ける間もなく補佐官のアランが入ってきた。


 「あっ! また、アラン様は……何度も申し上げていますのに。断りもなしにレディのお部屋には入らないでくださいまし」


 「メラニー、何がレディの部屋だよ。ここは執務室だぞ」


 「まぁ、騎士たるもの、レディが出入りするお部屋には細心の注意を払うべきですわ!」


 「メラニー……年々小言が多くなってないか?」


 頭から湯気でも出そうな勢いのメラニーと、それを飄々とかわすアラン。


 賑やかなやり取りが、どこかひんやりとしていた執務室を温かく包んでいく。


 それでも、なお、私は夢の中の一時の温もりに心を締め付けられていた。


 「タチアナ、顔色が悪いようだが……また、徹夜したんだな。俺を頼ってくれと言っているだろう」


 アランは夫ジェフリーが心を許している幼馴染であり、我がボナパルト侯爵家の頼もしい補佐官だ。


 (少し口は悪いけれど、アランは信頼できる人よ。ジェフリーがいなくなってから、どれほど支えられたか……。もう、十分すぎるほど頼ってしまっているのに)


 「ええ、ありがとう。アラン、早速なのだけれど、帳簿のこの部分を見てくれない?」


 私が嫁いできたばかりの頃は、アランとは互いの立場を弁えた口調で言葉を交わしていたが、アランの気さくな性格もあり、気づけば遠慮のいらない関係になっていた。


 「ん? 何か気になることでもあるのか? ……なるほど、脱税をしている可能性があるな」


 「やっぱり、あなたもそう思う? 証拠を消される前に、この村へ行く必要がありそうね」


 そうして――トラン男爵が治めている疑惑の村ゾラへ行くことになった。

感想やリアクションをいただけましたら、とても励みになります。

感想へのお返事は控えさせて頂きますが、大切に読ませていただきます。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ