第十七話 おっさん、固有ギフト”換金”を発動させる②
「ワイルドピッグの肉は……多分、食えるから返却してもらうか」
ミロン曰く、魔獣の肉は高級食材らしいからな。味も問題ないどころか、美味いとサイプルが言っていた。それによくよく考えれば、ワイルドってついているけど所詮はピッグ、つまりは豚だ。豚肉なら料理の幅も広いから確保しておいて損はないだろう。何よりも……
「どうせ明日には、ワイルドバードの肉を食べるんだしな」
遅かれ早かれ、魔獣肉を食べることは確定しているんだ。いくら魔獣の肉に抵抗がある俺でも、一度口にしてしまえば吹っ切れるだろう。だったら、この世界の食材が手元に一切ない今、高級肉を自ら手放すこともない。それに、サイプルとミロンの物言いから察するに、味は期待できるみたいだしな。
ビビりな俺でも美味かったら、きっと陥落してしまうに違いない。美味いものを前にした時、人の価値観はあっさりと上書きされてしまうものだ。
「じゃあ、肉は返却決定として……残りの素材は換金してもらって、商品仕入の資金にするか」
『そうですね。マスターの武器に使う素材は、もっと高位ランクの魔獣のものにしましょう!』
「武器より、防具優先で作るけどな」
好戦的な華の言葉に、俺は苦笑を浮かべながらワイルドピッグの肉だけを返却希望ゾーンへと移動させる。返却希望の欄にワイルドピッグの肉の項目が無事に移動できたことを確認した後、一番下にある決定の文字を押した。
≪ご希望を承りました。続いて換金計算を行います。少々お待ちください≫
~~~♪~~~♪~~~♪
再び流れる電子音。結果次第では、今後の資金問題を左右する緊張の瞬間だ。果たして、どれほどの価格になるのか……初めての換金に、ゴクリと喉が鳴った。
≪換金計算が完了しました。合計換金額は、金貨二枚です≫
取得アイテムリスト一番下に、換金価格が表示される。その隣には承諾という項目が並んでいた。
「金貨二枚……悪いけど、それがどれくらいの価値なのか教えてくれないか? この世界の金銭感覚が、まだ分かっていないんだ」
≪承知しました。それでは、この世界の貨幣を、お客様の元いた世界での貨幣価値に置き換えたものを表示します≫
・鉄貨1枚 → 10円
・銅貨1枚 → 100円
・銀貨1枚 → 1,000円
・金貨1枚 → 10,000円
・大金貨1枚 → 100,000円
・白金貨1枚 → 1,000,000円
『これがアルテルの貨幣の種類……』
「華、悪いけど一緒に覚えてくれるか?」
『もちろんです!』
表示された貨幣価値を二人で必死に覚えていく。この世界を生きていくうえでの最重要情報を、華と共有できてよかった。覚え間違いなんかあったら大変だからな。老化の始まった脳では、責任が重すぎる。
「ワイルドピッグ一匹分の肉以外の素材を全て換金したら金貨二枚……つまり二万円くらいか」
『それだけあれば、ミロン様たちのご家族にお弁当を提供できますね!』
「そうだといいな」
華の言葉に、俺は少し曖昧に返事をした。
正直、もう少し資金はあった方がいいのではないかと思っている。ミロンたちの家族の様子や村の現状を聞く限り、多分だけど、食料の以外に必要なものがあるはずだ。根拠はない。でも、長年、移動販売をしていた俺の経験がそう告げている。しかし、これはあくまでも俺の勘だ。杞憂かもしれないもので、弾んでいる華の心に水を差したくはない。
貨幣価値の表を覚えられたくらいのタイミングで、換金ショップの内の画面が取得アイテムリストに戻った。
≪アルテルとお客様の貨幣価値が一致したことを認識しましたので、取引に戻ります≫
「あぁ、そうだな。さっきの表のおかげで、金貨の価値とかがよく分かったよ。ありがとうな」
一応人としてお礼は言ってみたが、換金ショップから特別な反応はなかった。ただ淡々と事務的な文字が画面に映し出され、無機質な声がそれを読み上げてくれる。
≪今回の合計換金額は、金貨二枚です。よろしければ、承諾を。内訳の詳細をご希望の場合は、内訳を押してください≫
「内訳か……今は特に気にしなくていいか」
提示された金額が妥当なのかどうなのか、正直分からない。でも、神から与えられた能力が姑息なことをするはずはない、と信じたいので俺は迷わず承諾の文字を押した。すると、換金ショップの画面が淡く光り、アイテムボックスリストが消えた。
≪換金が完了しました。金銭と返却希望のものはアイテムボックスに転送済ですので、ご確認下さい。なお、今回は初回なのでチュートリアルモードで対応させていただきました。次回からは通常モードで対応致しますので、ご了承ください≫
「え!? それって、もう質問に答えてくれないってことか?」
≪いいえ。換金ショップの機能、もしくは金銭に関するご質問であれば、回答させていただきます≫
「よかったぁ……じゃあ、また何かあれば宜しく頼むな」
『これからよろしくお願いしますね、換金ショップ様!』
≪……ご利用、ありがとうございました≫
定型文を告げた後、換金ショップの画面は消えた。
今、妙な間があったような気がしたけど……まぁ、いいか。そんなことよりも、今俺が気にするべきは手持ちが増えているかどうかだ。
俺は早速アイテムボックスのリストを確認した。
・ホーンラビットの角 × 1
・ワイルドピッグの肉塊 × 1
・金貨 × 2
リストに書かれている内容に、俺はほっと胸を撫でおろす。
「よし、これで資金問題は解決だな。よかった、よかった」
「何がよかったのですか?」
「ぅお!?」
安堵から驚きに感情が一気に傾き、思わず間抜けな声が飛び出してしまった。
「びっくりした……お前な、気配を消して近づくなよ。おっさんの心臓に悪いだろうが」
「自分たちは気配を消してなどいませんよ? 師匠が鈍いだけです」
――グサッ!
嘘が無いサイプルのストレートな言葉は、俺の繊細なハートにダメージを与えた。
どうせ俺の総合ステータスは、見た目が可愛らしいホーンラビットよりも下のEランク……気配に気が付かなくて当たり前だってんだ!
思わず江戸っ子口調で、ぼやいてしまう。しかし、それは心の中での話。己の不機嫌さを表に出さない……ちゃんとした大人とはそういうものだ。イケおじにまた一歩近づけたことを実感しつつ、俺は新たに話題をふった。
「さっきミロンたちと何か話していたけど、そっちはもう終わったのか?」
「えぇ。ミロン殿たちから村のことや、領主のことをお聞きしておりました」
「領主?」
俺が復唱すると、サイプルの隣にいるミロンとミレーネの顔が一瞬歪んだ。その反応に首を傾げていると、サイプルが苦笑を浮かべている。
「まずは情報の共有が必要ですね」
「あぁ、そうだ……」
サイプルの提案に頷きかけた首を、ピタリと止める。
マズいな。俺の話は、加護や固有ギフトといった特殊なもの。サイプル以外の人に知られるのは、避けた方がいいだろう。ミロンたちのことを信用していないわけではないが、子供であるが故にぽろっと話してしまう可能性が拭いきれないからな。でも、あからさまに二人を会話の輪から遠ざけるのは良心が痛むし……どうしたものか……
『ミロン様、ミレーネ様。少し休憩しませんか?』
俺が頭を悩ませていると、華が柔らかな口調で二人に声をかけながら助手席と運転席の扉を開けた。
『サイプル様と色々お話されて疲れたでしょう。どうぞ、車内でお休み下さい』
「え、僕は大丈夫だよ?」
「私も」
『喉も乾いたのではありませんか? すぐにオレンジジュースをご用意しますね』
その言葉に茶色の瞳がキラキラと輝いた。そして、いそいそと華に近づいていく。ミロンが運転席側で、ミレーネが助手席側だ。けれど、小さな身体はすぐに車内に収まらなかった。
扉が開かれているとはいえ、未知なる物体に乗車することに二人は躊躇っているようだ。
『一人で乗れますか? お手伝いしましょうか?』
「だ、大丈夫。でも本当に、乗っていいの?」
『もちろんです。もし、怖いのであれば強要はしませんが……ちょっとだけ悲しいです』
「!! ミレーネ、乗ろう!」
「う、うん!」
華がしょんぼりした声に、優しい二人はすぐに応えてくれた。ミロンが先に乗り込み、その姿を見たミレーネも車内に足を踏み入れていく。小さな身体が座席に収まると、扉がゆっくりと閉まった。どこか不安そうな二人の様子を、俺は窓越しにハラハラしながら眺めていた。
始めはきょろきょろと忙しなく車内を見回していたミロンたちだったけど、華が“念動力”を使ってオレンジジュースが入ったコップを窓から渡した瞬間、すぐに弾ける笑顔を浮かべてくれた。
窓が締まってしまう直前に「ありがとう!」と嬉しそうな声が二人分重なっていたので、心配は無用なのだと悟った。
『お二人のことは私に任せて、サイプル様とマスターは情報の共有をしてください』
「あぁ、そうさせてもらうよ。ありがとうな、華」
「気遣い、感謝する!」
脳内に響く声は、恐らく俺とサイプルのみに送られたテレパシーだろう。俺の気持ちを瞬時に汲み取り行動してくれる華の気遣い……最早、神業に近い。
俺とサイプルの感謝の言葉に、華は一回だけクラクションを軽く鳴らしてくれた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ブックマークや評価をもらえると、すごく励みになり執筆速度が加速します!
リアクションも押していただけると、とっても嬉しいです!




