第一話 おっさん、神隠しにあう①
寺日陽太、独身貴族まっしぐらな三十六歳。THE日本人な容姿と、心配性で世話焼きという損な性分を併せ持った、どこにでもいる中年男性。それが、俺だ。
そんな平々凡々なおっさんである俺は今、超絶イケメンから熱烈なお誘いを受けている。
「師匠! 自分とアルテルの地に赴き、共に勇者を探しましょう!」
手入れなどされていない武骨な男の手をガッチリと握り締め、訳の分からないことを言っているのは絶世の美少年。その後ろでは、白い顎髭がよく似合うご老人がやれやれ……といったように、肩を竦めている。
何がどうして、こうなった!?
頬を引き攣らせながら、俺は必死に記憶を遡った。
ほんの数分前まで、俺は仕事の相棒である華と帰路についていたはず……
ちなみに、華は人間ではない。清潔感溢れるホワイトボディが眩しい、移動販売車だ。
移動販売車を相棒と呼ぶ俺の仕事は、お察しの通り移動販売。食品や雑貨など幅広い商品を店舗ではなく、車で売っている販売業の一種である。キッチンカーや移動スーパーをイメージしてもらえると、分かりやすいかもしれない。
数ある移動販売の中でも、俺が最近担当していたのは、主に生鮮食品などを扱う移動スーパーだ。過疎地や交通手段が不便な場所へと赴くことから、買い物難民の救世主なんて呼ばれていた時もあったが……大型施設の開業宣言と共に、その二つ名はあっさりと剥奪されてしまった。
『色々なお店が入るみたいなの。開店が今からとっても楽しみだわぁ』
心を躍らせながらそう語る常連さんたちの悪意無い言葉は、俺の胸に小さな穴を空けていく。けれど、そんなモノは沸き上がる別の感情によって、すぐに塞がっていった。
今まで自由に買い物を楽しめなかった人達。でもこれからは思う存分、ショッピングを満喫することができる……そんな未来を想像すると、俺の心は暖かなもので満たされた。
なーんて言ってると「お人よしが!」と、友人にまた怒られてしまいそうだ。しかし、これはもはや性分というもの。今更直すなんて、おっさんの俺には無理だし、直す気も無い。
そんな自他共に認める人情味のある俺が、大切な相棒で走り慣れた山道を帰っていた時のこと……道のど真ん中で腹の虫を盛大に鳴らしながら、地に伏せる少年と出くわしたのだった。
「そうだ……空腹で倒れていたお前を車まで必死に運んで……仕事で余った弁当を食わせてやったんだ……」
落ち着きを取り戻しつつある脳内で、ポツリ、ポツリと浮かんでくる記憶の欠片。それらを口にすると、目の前の美少年の端正な顔に宿る喜色が濃くなっていく。
「はい! あの時は助かりました! からあげ弁当、とても美味でした!」
「近っ!?」
手を握ったまま、顔を寄せてくる少年。その近すぎる距離感にギョッ、と反射的に身を引いた。迫ってきた少年の顔を改めて真正面から見た瞬間、俺は息を呑んだ。
無造作に一つに結ばれているが、上空から降り注ぐ光に照らされるとキラキラと神々しい輝きを放つ、さらりとした腰くらいまである黄金の髪。その美しい金の前髪の下にある大きな双眸は、宝石のガーネットのように情熱的で力強い意志を宿している。そんな最上級の素材たちが完璧なバランスで配置されている少年の顔面は、恐ろしいほどに端麗なものだった。加えて、身長は成人男性の平均値である俺よりも頭一個分くらい高いし、スタイルのよさだってモデル顔負けのレベルだ。
老若男女問わず、誰もが見惚れるであろう国宝級イケメン。そんな少年の手が、俺から離れた。遠のいた顔に安堵するのも束の間。少年はすぐさま俺の背後にまわってきた。
「それでは、師匠。早速、自分とアルテルへ行きましょう!」
「は? 師匠? アルテル?」
理解不能な言葉を立て続けに浴びたせいで、俺の頭上には疑問符が複数浮かぶ。しかし、そんなことなど気にせず、少年は嬉々として俺の背中をグイグイと押してくる。
「善は急げです! さぁ、さぁ、さぁ!」
「わっ!? ちょっ、なんなんだよ!? やめろ!」
足に力を入れるが、何の意味もなさなかった。細身に見えるが、意外にもしっかりとした筋肉があるようだ。必死に踏ん張るが、俺の体は本人の意思に関係なく前進していく。
「このっ……! やめろって、言ってんだろ!!」
「ぅぐっ!」
俺は振り返り、少年の脳天に拳骨を落とした。情けない声が少年からこぼれるが、自業自得だ。
「師匠だのアルテルだの……一体、何なんだよ!? 俺は今どういう状況なのか、ちゃんと説明しろ!」
「いやはや、本当に何の説明もしておらんとは……」
深みある声が落ちた瞬間、周りの空気の透明度が上がった気がする。声の方に振り向くと、ずっと黙っていた老人の口が開かれていた。
「すまんな、異界の者よ。愚息が迷惑をかけた」
「愚息? あんた、こいつの親か?」
老人は大きく頷くと、ご立派な顎髭をゆったりと撫でながら言葉を続ける。
「端的に言おう。そなたは神隠しにあったのだ」
「は?」
「全ては我のせいなのだ……」
老人は深く息を吐いた。
「ここは”神域”と呼ばれる、あらゆる世界の神々が集う神聖な場所でな。本来、そなたのような人の身が立ち入ることはできぬ……しかし、此度は特別だ。アルテルで起きている問題を解決させるため、現地に向かう我の息子が選んだ同行者であれば、誰であろうと神域に足を踏み入れることを許されておるのだ。まさか相手の意思を確認せずに連れてくるとは思わなかったが……」
何言ってるんだ、この爺さん。と思ったが、老人の表情を見る限り、嘘を言っているようには見えない。だが、突き付けられた状況があまりに非現実的すぎて……脳が上手く情報を処理できないでいた。
神隠しって普通、子供がされるんじゃないのか? おっさんでも、されるものなのか? などと、論点がズレた思考がよぎる。というか、神々が集う神聖な場所にいるってことは、目の前の老人は神様ってことだよな。そして、その息子である美少年も……
そんな偉大な存在が、俺みたいなおっさんに頼らないといけないような理由って何だ?
「問題ってなん……ですか?」
一応神様らしいので、言葉遣いを改めた。俺の芯を食った質問に、老人の表情が硬くなる。神域に緊張感が漂う。老人は一息おくと、重々しく口を開いた。
「勇者が失踪したのだ」
「え?」
「アルテルには、魔獣や魔物といった危険な生物がおる。そんな世界で”勇者”という絶対的な希望が完全に失われてしまえば、そこに暮らす者たちの不安は膨らんでいくだろう。過剰な不安は、無意味な争いを生む……神としてそのようなこと、見過ごすわけにはいかぬ。そこで、我が息子……サイプルと共にアルテルの地に赴き、勇者を見つけ出してほしいのだ」
「勇者……探し……?」
ゲームやアニメや小説……そういった類の世界でしか聞いたことのないような言葉の羅列。壮大すぎる内容に、平凡な俺の脳みそでは理解が追い付かない。情けなくも単語をオウム返しするだけの俺に、老人は白い眉を八の字にしながら微笑んだ。
「だが、無理にとは言わぬ。そなたが望むなら、そなたを元の世界へ帰そう」
「え? いいんですか?」
「残念ではある。しかし、それは我らの都合だ。こちらの問題を、そなたに押し付けるわけにはいかんからな」
その言葉に、俺の心を強張らせていた緊張が溶けていく。神様でも、話せば通じる常識があるようだ。
「じゃあ――」
「しかし……もし、そなたが協力してくれるというならば……」
俺の声に、老人が言葉をかぶせてくる。
「勇者を見つけ出してくれた後、アルテルの地ではあるが、そなたが生涯豊かに暮らすことができるような加護やスキルを授けることを約束しよう。そなたの世界の言葉で言うと、スローライフ? というものができるぞ」
スローライフ……老人の口からたどたどしく紡がれた魅惑的な言葉に、俺の欲がピクッと反応した。
「異世界でスローライフなんて……そんなことが可能なんですか?」
「無論だ。我はアルテルの神であるからな」
カラリと笑いながら告げられた衝撃の事実。
神様は神様でも、異世界の神様なんて誰が想像できるだろうか。
予想もしなかった大物すぎる老人の正体に、俺は目を見開いた。黙り込んでしまった俺に、老人は「そういえば言ってなかったな……」と思い出したように呟く。姿勢を正し、一つ咳払いをした老人は優しくもどこか誇らしげな微笑みに言葉を添えた。
「我はデミウル。そなたの住む世界とは異なる世界、アルテルの神の一人である。そして……」
デミウルと名乗った老人は、チラッ……と殴られた箇所を押さえている少年へと緋色の目を向けた。
「そなたが殴ったのは、我の息子の――」
「サイプルです!」
痛みから復活した美少年は、異世界の神様の言葉を押し退け、元気に名乗り出る。デミウル様のつるりとした頭部に、筋が走った。




