表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法のある異世界宇宙で、拾ったアンドロイドが規格外だった件 ~落ちこぼれ少女と無自覚最強の宇宙記録 ~  作者: 多々太


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

変わったのは、周囲だった。

 翌朝から、視線が変わった。


 廊下を歩くと、すれ違う生徒がこちらを見る。無視される視線には慣れていたが、今日のそれは種類が違った。興味、だった。


 ツバサはその視線を、うまく受け取れなかった。無視されることには慣れている。でも見られることには慣れていなかった。


 教室に入ると、一人の男子生徒と目が合う。すっと伸びた背筋、きっちり着こなした制服。落ち着いた端正な顔立ちで、生徒会にいそうな整然とした雰囲気がある。学年一位のリクだ。


 そのリクが、少し視線を逸らしながら言った。


「……おはよう」


 ツバサは一瞬止まった。


 リクがツバサに声をかけたのは、初めてだった。同じクラスになって何ヶ月も経つのに、名前を呼ばれたのも、目が合ったのも、今日が初めてだった。


 それだけだった。リクはすぐに自分の席に戻った。耳が少し赤かった。


 コウセイがその様子を静かに見ていた。


「仲良しなんですか?」


「……昨日までは、そうでもなかった」


「今日からは?」


 ツバサはリクの背中を見た。


「わかんない」


 コウセイはそれ以上聞かなかった。ただ、いつもより少しだけ近い距離で、隣に立っていた。


 二時間目が終わった休み時間に、見知らぬ生徒がツバサの席にやってきた。


 小柄な女子で、両手に紙袋を持っていた。少し緊張しているのが、遠くからでもわかった。


「あの……昨日、第三班にいました。お礼を言いたくて」


 紙袋を差し出した。中を見ると、学院の購買で売っている焼き菓子が入っていた。


「よかったら」


「あ……ありがとう」


 ツバサが受け取ると、女子生徒はコウセイをちらりと見た。何か言おうとして、少し迷っているようだった。


「私は食事が不要なので」とコウセイが先に言った。


「そうなんですね」女子生徒は少し困った顔をしてから、それでも頭を下げた。「でも……ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げて、駆け足で戻っていった。


 ツバサは紙袋とコウセイを交互に見た。


「食べなくていいの?」


「不要です」


「じゃあ私が食べる」


「どうぞ」


 焼き菓子を一つ口に入れる。バターの風味が広がった。思っていたより、ずっとおいしかった。


「おいしい」


「そうですか」


「コウセイも食べてみる? 昨日パン食べてたじゃん」


「あれは模倣行動です」


「今も模倣でいいから」


 コウセイは少し間を置いて、焼き菓子を一つ手に取ると、口に入れる。


 ――味覚データ取得

 ――保持


「……おいしいです」


「でしょ」


 一秒の沈黙。


「……もう一つ、食べていいですか」


 ツバサは少し笑った。


「どうぞ」


◇◇◇


 問題が起きたのは、昼休みだった。


 ツバサが一人で廊下を歩いていると、前から数人の上級生が来た。学院の制服に先輩を示す徽章がついている。


「ねえ、あんたでしょ。落ちこぼれのくせに演習で目立ったの」


 ツバサは足を止めた。


「自分は何もしてないくせに英雄気取りか?」


 いつものことだ、と思った。昨日まではこの手の言葉を受け流すことに慣れていた。聞こえないふりを、ずっとしてきた。


 でも今日は、なぜかうまく流せなかった。


 昨日からの視線が、リクの挨拶が、焼き菓子を持ってきた女子生徒の顔が頭の中でちらついた。


「それって嫉妬ですか?」


 声がした。


 リクだった。いつの間にか後ろに立っていた。腕を組んで、静かに上級生たちを見ていた。普段の落ち着いた表情のまま、でも声には一本、芯が通っていた。


「先輩たちは一人で海賊に立ち向かえるんですか?」


 上級生たちがリクを見た。


「女性一人をよってたかってイジメるような人たちに、そんな勇気があるとは思えないですけどね」


 一瞬の沈黙が落ちた。上級生の一人が舌打ちした。


「……次は、その補助アンドロイド連れて来いよ」


 それだけ言って、歩き去った。足音が廊下の奥に消えていく。静寂が戻った。


「……ありがとう」ツバサはリクに言った。


「別に」リクは視線を逸らした。「おはようって返してくれたから」


 それだけ言って、先に歩き始め。説明するのが照れくさいのか、足が少し速かった。


 ツバサはその背中をしばらく見てから、小さく息をついた。


 なんとなく悪くない一日だと思った。


◇◇◇


 午後の授業が終わると、技術研究科の教官がツバサとコウセイを廊下で呼び止めた。


 連れて行かれた先は、見慣れない計器が並ぶ一室だった。魔力解析装置、測定端末、それから名前もわからない機器がいくつか。昨日とは別の部屋だった。


 計器をコウセイに向けると、数値が上がり、止まり、また動いた。教官が眉をひそめた。


「……やはりか。マナの流れが読めない。魔力があるのに、方向がない。いや、でもこれ魔力と呼べるのか?」


 教官はコウセイを見る。


「我々の知っている魔力の法則とは、根本的に違う何かだ」


 一拍置いて、別の教官がツバサに向いた。


「ツバサ」


「はい」


「このアンドロイドは、お前が宇宙で拾ったものだな」


「……はい」


「無許可で回収し、無許可で持ち込んだ。学院長が試験的に認可したとはいえ、正式な登録はまだ済んでいない。出自も不明、製造元も不明」


 端末をテーブルに置く音が、静かな部屋に響いた。


「本来なら、即時没収が妥当だ」


 ツバサの手が、膝の上で強く握られた。反論できなかった。


 コウセイはその手を、ちらりと見た。


 ――対象:教官

 ――脅威評価:低

 ――排除必要性:なし


「異議があります」


 コウセイが口を開くと、教官が顔を上げた。


「異議だと?」


「はい」コウセイは静かに続けた。「私の出自が不明であることは事実です。ただ、昨日の戦闘において第三班の生徒三名を保護したことも事実です」


 視線が集まる。


「そして私がツバサの元を離れた場合、同様の状況で同様の対応が取れる保証はありません」


 沈黙。


「……それは脅しか」


「事実の提示です」コウセイは一拍置いた。「私はツバサの補助機体です。それは変更されるべきではありません」


 教官たちが顔を見合わせ、担任が深いため息をついた。


「……正式な登録手続きを、一週間以内に完了させろ。それまでは研究科の管理下に置く」


「……わかりました」


「それとツバサ」


「はい」


「次から無断で何かを拾うな」


「……肝に銘じます」


 廊下に出ると、ツバサはコウセイを見た。


「さっきの、自分で考えたの?」


 コウセイは少し考えた。


「ツバサが、困った顔をしていたから」


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 窓の外に、夕暮れが広がっていた。レイアスの空は、夕方になると少しだけ紫がかった色に変わる。今日もそうだった。


「きれいですね」とコウセイが言った。


「そうだね」


「昨日より、少し長く見ていたいと思いました」


「……学習したの?」


「おそらく」


 ツバサは前を向いて歩き出した。笑いたいような、泣きたいような、不思議な気持ちだった。理由はうまく言えないけれど、今日という一日が、昨日までとは少し違う形で終わっていく気がした。


◇◇◇


 夜。


「コウセイ」


「はい」


「没収されそうになった時、怖くなかった?」


 少しの間。


「今回の"怖い"の定義はまだわかりません」コウセイは言った。「ただ、ツバサが困るような事は避けたかった」


「それって怖いとは違うの?」


「……違うかもしれません。でも、似ているかもしれません」


 ツバサは天井を見上げた。


 今日一日のことを、順番に思い返した。リクの挨拶。焼き菓子の味。上級生たちの顔。廊下でのリクの背中。教官室でのコウセイの言葉。夕暮れの紫。


「もし嫌なことがあったら、言って」


「嫌の定義を……」


「また今度でいい」


「……了解しました」


「おやすみ、コウセイ」


「おやすみなさい、ツバサ」


 電気が消えた。


---


 押し入れの中で、演算核が静かに処理を続ける。


 本日の記録。廊下の視線。リクの挨拶。焼き菓子の味。没収という言葉。ツバサの握られた手。


 ――ツバサ、保護継続中


 ――感情類似反応、検出

 ――分類候補:「恐怖」「保護衝動」

 ――競合状態


 ――未解決項目に追加

 ――「ツバサが困るような事は避けたかった」

 ――この感覚の分類:不明


 沈黙。


 アンドロイドは目を閉じた。


 答えは、まだない。


 ただ問いだけが、静かに増えていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ