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魔法のある異世界宇宙で、拾ったアンドロイドが規格外だった件 ~落ちこぼれ少女と無自覚最強の宇宙記録 ~  作者: 多々太


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3/10

それは、戦闘と呼べるものではなかった

 演習当日の朝、ツバサは憂鬱だった。


 哨戒訓練。学院から離れた宙域を、二人一組でシャトルに乗って巡回する。成績優秀な生徒ほど広い区画を担当して、ツバサのような落ちこぼれは端っこの何もない宙域を回らされる。


 毎年何も起きない。退屈なだけの訓練だ。


「コウセイ、演習って知ってる?」


「実戦を想定した訓練ですね。今日それがあるんですか」


 ツバサは少し足を止めた。


「……なに、今」


「何がですか」


「なんか、普通に返してきた」


「普通ではありませんか」


「昨日までは『概念は理解しています』みたいな感じだったじゃん」


 コウセイは少し考えた。


「……学習したのかもしれません」


 ツバサはしばらくコウセイを見ていた。なんとなく嬉しいような、少し不思議なような顔で、また歩き始めた。


 廊下を歩くと、同じように補助アンドロイドを連れた生徒が何人かいた。手荷物を持つもの、端末を操作するもの、ただ隣を歩くもの。学院ではそれほど珍しい光景ではない。


 ただコウセイは、そのどれとも少し違う気がした。うまく言えないけれど。


「補助として同乗していいって許可もらったから、一緒に来て」


「了解しました」



 担当区画は学院から東へ三十分の宙域だった。


 廃棄された人工衛星の残骸が漂う、静かな場所。コウセイは窓の外を眺めていた。


 漂う残骸の群れ。冷えた光。音のない暗闇。


 自分が眠っていた場所と、よく似ていた。


「静かですね」


「そうだね」ツバサは操縦桿を握りながら、同じ景色を見た。「飽きないけど、慣れない感じがする」


「慣れない?」


「ずっと見てるのに少し怖い。広すぎて、自分がどこにいるかわからなくなる気がして……」


 コウセイはまた宇宙を見た。


 広すぎて、どこにいるかわからない。


 自分には最初からそれしかなかった。怖いと思ったことが、一度もなかった。


◇◇◇


 レーダーに反応が出たのは、帰路につこうとした矢先だった。


「ツバサ」


 コウセイの声が、わずかに変わった。


「複数の熱源反応。進行方向、二時の方角。距離、約八キロ」


 ツバサはレーダーを見た。光点が三つ。


「演習の別チーム?」


「否定します。シグネチャーが学院所属の機体と一致しません」


 その直後、通信が入った。


『こちら第三班、宇宙海賊だ! 魔力砲をこっちに——』


 雑音。途切れる声。


 ツバサの手が、操縦桿を強く握った。


「……逃げる?」とコウセイが聞いた。


「それが正解なんだけど」


『誰か——誰か助けてくれ——』


 通信の向こうで、声が震えていた。一つ上の先輩の声だった。いつも廊下でツバサの存在を無視して通り過ぎていく、あの声だ。


「……助けに行く」


「了解しました」


 ――優先保護対象:ツバサ、継続中

 ――ツバサの判断を優先


 現場に着くと、第三班のシャトルはすでに動けない状態だった。


 魔力砲を受けて、魔力炉が沈黙している。漂流するシャトルの周囲を、三機の宇宙海賊機が取り囲んでいた。機体の各所に魔法陣が刻まれていて、そこから赤黒い光が漏れている。


 ツバサのシャトルが接近すると、一機がこちらを向いた。


『おい、もう一匹来たぞ』


『ちょうどいい。まとめて——』


 魔力砲の砲口が、こちらに向く。


 コウセイの演算核が、静かに切り替わった。


 ――脅威評価、開始

 ――対象:海賊機、三機

 ――使用武装:魔力収束砲

 ――処理方針:排除


「ツバサ、船外に出ます」


「待って!」


 ツバサが振り返った。


「撃たれたら、どうするの」


「……その時に考えます」


「それって答えになってない」ツバサの声が少し上ずった。「補助アンドロイドが戦闘できるわけないじゃん、普通。他の子たちのアンドロイドは荷物持ってるだけだし」


「ツバサ」


 コウセイが、静かに遮った。


「行ってきます」


 それだけ言って、ハッチを開けた。


「ちょっと——!」


---


 コウセイが出た瞬間、ツバサは操縦席でシャトルの制御盤に手を当てていた。


 少しでも戦力を上げるために魔力を流し込む。


 シャトルの魔力炉に接続された魔法陣が、わずかに光った。出力がほんの少しだけ上がった。


 焼け石に水だ。もともと旧式のシャトルで、自分の魔力は微量。意味があるかどうかも、わからない。


 それよりも。


「無事に戻ってきて」


 誰にも聞こえない声で、呟いた。


 海賊機の魔力砲の砲口が光を帯び、コウセイを狙っていることがわかった。


 撃たれる。


 そう思った。


 だが海賊機の砲口の魔法陣が、静かに消えた。エンジンの魔力炉が沈黙した。機体がゆっくりと傾いて、そのまま漂流し始める。爆発もなく、煙もなく。


 二機目も、同じだった。


 三機目は逃げた。全速力で。それでも百メートルも進まないうちに、魔力炉が止まった。


 十秒もかかっていない。


 コウセイがハッチから戻ってきた。


「処理、完了しました」


 その瞬間、ツバサは制御盤から手を離してコウセイに向き直った。


「……なんで勝手に出たの」


「脅威を排除する必要があったので」


「そうじゃなくて」ツバサは言葉を探した。「砲口、コウセイに向いてたじゃん」


「あの程度の戦力なら恐れる必要性がありませんでした」コウセイはすぐに答えた。「そもそも恐怖の定義は……」


「コウセイの話してない」


 ツバサが遮った。


 コウセイは止まった。


「……え」


「コウセイが怖くなかったのは、見てたからわかってる」ツバサの声が、少し震えていた。「私が怖かったって、言ってるの」


 沈黙。


 コウセイはツバサを見た。震えている。声だけじゃない。制御盤に当てていた、その手がまだ微かに震えている。


「それは……、ツバサが私のことを心配していたから?」


「そうだよ」


 コウセイはそれを、少しの間処理した。


 心配。自分のことを。命令でも、義務でもなく、ただ、心配した。


 それをどう受け取ればいいのか、どう返せばいいのか、わからなかった。


「……そうですか」


 それしか出てこなかった。でもその言葉には少しだけ、間があった。何かを受け取ろうとしているような、そんな間が。


 ツバサはコウセイの顔をしばらく見ていた。返事は「そうですか」だけだ。でもなんとなく、届いた気がした。理由はうまく言えないけれど。


 それで、十分な気がした。


 第三班の生徒たちを回収すると、後部座席で毛布にくるまった男子生徒が、震える声で言った。


 流した前髪、少し崩した制服。顔立ちは派手で、一目でわかる軽薄さがある。でも今はその顔が、ひどく青ざめていた。


「助かったよ。ありがとう」


「コウセイが助けたんだけどね」とツバサは言った。


「お礼は不要です」コウセイは言った。「ツバサが助けに行くと決めたので、私は同行しただけです」


「でも、あの魔力砲、どうやって止めたんだ。魔法陣ごと沈黙させるなんて、聞いたことない」


「妨害しようとしたら出来た。それだけです」


 カイは口を閉じた。それ以上聞けない何かが、コウセイの答えにはあった。


 しばらくして、カイはもう一度口を開いた。


「お前……凄いな」


「そうですか」


「自覚ないの?」


「何の自覚ですか」


 カイはツバサを見た。ツバサは静かに首を横に振った。


「ないんだよ」


◇◇◇


 学院に戻ると、教官たちが待ち構えていた。


 応接室に通されると、担任の他に見慣れない教官が二人いた。腕章に「技術研究科」の文字がある。


「座れ」


 担任が言った。ツバサとコウセイが椅子に座ると、技術研究科の教官の一人がログの記録端末を開いた。


「戦闘ログを確認した。三機の魔力炉と魔法陣が同時に完全停止している。損傷なし、残留魔力の乱れもなし」


 端末をテーブルに置くと隣の教官が尋ねた。


「普通、魔力系のシステムを外部から止めるには、相当量の魔力を叩き込むか、対応する魔法陣を上書きするかしかない。どちらでもない方法で止めた、ということになるな」


「はい」とコウセイは答えた。


「どうやった」


「具体的な方法は自分でも把握していません」


 教官たちが顔を見合わせた。


「把握していない、というのは」


「処理は実行されましたが、使用したプロセスのログが残っていません。自分でも、何をしたのかよくわかっていない状態です」


 技術研究科の教官が端末を閉じた。担任が深いため息をついた。


「始末書は三枚書け。それと次からコウセイは訓練に毎回参加すること」


「何か問題がありましたか」とコウセイが聞いた。


「ない」と担任は言った。「ただ……」視線がコウセイに向いた。「お前のログは、引き続き研究科が確認する。了解できるか」


「はい」


「よし。下がれ」


 廊下に出ると、ツバサはため息をついた。


「研究対象になっちゃたね」


「そのようです」


「嫌じゃないの?」


「……嫌の定義は」


「もういい」ツバサは苦笑した。「行こう」


◇◇◇


 夜、自室に戻ったツバサは、ベッドに倒れ込んだ。


 天井を見上げて、今日のことを順番に思い返す。震える通信の声。コウセイが消えたハッチ。光を帯びた砲口。止まった三機。制御盤に当てていた自分の手。


「コウセイ」


「はい」と押し入れから声がした。


「私がシャトルに魔力流してたの、気づいた?」


「はい」


「意味なかったよね、たぶん」


「判断できません」コウセイは言った。「ただ、見えていました」


 ツバサはしばらく黙っていた。


「もう一回聞くけど、なんで勝手に出たの」


「ツバサが、助けに行くと決めたから」


 それだけだった。命令でも、説明でもない。


 ただの事実として、言った。


 ツバサはしばらく天井を見ていた。


「おやすみ、コウセイ」


「おやすみなさい」


 電気が消えた。


---


 押し入れの中で、演算核が静かに処理を続ける。


 本日の戦闘記録。使用プロセス:不明。対象:魔力収束砲、魔力炉。停止方法:不明。


 一拍置いて。


 ――ツバサ、保護継続中


 通常ならそこで記録は閉じる。


 しかし今夜は、別のログが続いた。


 ――未処理ログ、再検出

 ――キーワード:「修正」


 検索開始。


 ……該当データなし。


 だが、演算核のより深部で、別の応答が浮かぶ。


 ――対象:ツバサ

 ――分類:再検討中


 沈黙。


 ――処理保留


 アンドロイドは目を閉じた。


 夢に似た何かが、また浮かぶ。


 今夜はいつもより、少しだけ——鮮明だった。

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