第十四話 背後から来るもの【前編】
直後、暗い高架下から――
ズズズ……と、何かが這い出てきた。
「あ……ああ……」
呻き声を漏らしながら、姿を現した霊害は――人の形をしていた。
「人型……!?」
思わず、声を上げる。
それは、二メートルほどの大きさの、人型をした黒い影だった。
輪郭は歪んでいるのに、腕や脚の位置だけははっきりしている。顔のあたりに、不気味に光る目が二つ。
「あらァ、人型は、初めて?」
「霊害になったばかりなんでしょう」
斎賀先生の声。
車を河川敷に停め、遅れてこちらに歩み寄って来る。
「時間が経つほど、霊害は形を崩していきますからね……物や、人に取り憑いたりもします」
「人にも、取り憑くのかよ……」
颯が顔をしかめた。
「単体でこれだけ大きいってことは、
それだけこの世への未練や恨みが強かったんだろうね。
死んだ時の感情って、それくらい霊力に残るんだ」
光流くんは、その霊害を見つめたまま、そっと目を閉じた。そして、祈るように手を合わせる。
「この辺りで亡くなったホームレス……橋から飛び降りた自殺者……そんな可能性も、あるわねェ」
ゾッと悪寒が走り、僕の顔が青ざめた。
この霊は――
どんな思いを抱えて、この世を去ったのだろう。
「霊害になってしまえば、記憶も人格もない。残るのは苦しみだけだよ」
そう言う光流くんの横顔に、いつもの軽さはなかった。
「だから――楽にしてあげよう」
その瞬間。
「あ……ああ……!」
人型霊害が、呻き声を上げながら一気に距離を詰めてくる。黒い腕が勢いよく振り上げられ、巨大な拳が迫った。
「危ねぇ!!」
颯が叫ぶ。
だが――。
ドンッ!!
麗子さんが前に出ていた。
振り下ろされた拳を、がっちりと片手で受け止めている。
「アタシが相手よォ」
麗子さんが、ニヤリと口角を上げた。
「麗子、行くよ!!」
光流くんが両手をかざす。
指先から青白い光が放たれ、麗子さんへと注がれた。
すると――
麗子さんの筋肉が、さらに膨れ上がる。
それだけじゃない。
その身体全体が、キラキラと青白く輝き始めた。
「……筋肉が、光ってる!!」
思わず、叫んだ。
「すごい……」
奏さんも、じっと見入っている。
「よーく見ててよ〜」
光流くんが、にかっと笑う。
「共霊なしの戦い方〜!」
ドゴォォォン!
麗子さんの膝蹴りが、霊害の腹部に突き刺さった。
衝撃で、霊害の巨体が上空へと吹き飛ぶ。
――追う。
麗子さんは地面を蹴り、飛び上がった。
吹き飛んだ霊害に追いつくと、空中で連続して拳を叩き込む。
「つ、強い……!」
僕は息を呑んだ。
力だけじゃない。無駄のない動き、判断の速さ――すべてが桁違いだ。
「あ……ああ……」
霊害は反撃する間もなく、呻き声を上げるだけだった。
「オラァ!!」
最後に振り抜かれた拳が直撃し、霊害の身体は後方の川へと吹き飛ばされる。
バシャァァン!!
そのまま、霊害は川へ落下した。
水面が大きく跳ね、ぶくぶくと泡が立つ。
――次の瞬間。
ブワァ!!
川の中から、黒い影を纏った土砂が一気に噴き上がった。
「何だあれ!?」
叫ぶ颯に、奏さんが即座に答える。
「霊害が、川底の土砂を霊力で操っています!」
黒い土砂が、雨のように麗子さんへ降り注ぐ。
「危ない!!」
僕は思わず、叫んだ。
――だが。
麗子さんは、軽く地面を蹴った。
瞬間、そこにいたはずの姿が消える。
あまりにも速すぎて、動きが追えなかった。
ズシャァァ!!
土砂は麗子さんを外れ、そのまま後方で支援していた――光流くんへ。
「おい光流!避けろ!!」
颯の叫びより早く、
「おっと〜」
光流くんが、その場で身体を沈めた。
バシッ!バシバシッ!!
地面に片手を付き、ぐるんと回転しながら足を振り抜く。
ブレイクダンスのスワイプス――床に手をついて、回転しながら蹴る動きだ。
彼の足に纏った青白い霊力が、残像を残す。
土砂は光流くんの霊力に触れた瞬間、黒い気配を失い、ばらばらと地面に落ちる。
――だが。
弾かれた小石が一つ、
勢いそのままに飛び――
「へぶぅ!!」
斎賀先生の額に、見事直撃した。
「ごめーん!」
光流くんは立ち上がり、ぺろっと舌を出してウィンクする。そして、肩をすくめて笑った。
「俺、戦闘要員じゃないんだけど〜、ま、ちょっとはできるから!」
「……“ちょっと”じゃないような……」
「アイツ戦い方までチャラいな」
「あんな感じなのに強いの、ちょっとムカつきますね」
僕たち三人は、そんなことを口にしていた。
川の水面が、再びぶくぶくと泡を立てる。
「光流ゥ!霊力ちょうだい!!」
川の上空――水面すれすれで、麗子さんが叫んだ。
水中から上がってくる霊害を、迎え撃つ気だ。
「わかってる〜!」
光流くんの両手から、青白い霊力が一直線に放たれる。
それが麗子さんに届いた、その時。
ザバァァァ!!
水面が割れ、霊害が空中へと飛び上がった。
現れたのは――麗子さんの、背後。
「あ……ああ……!」
霊害の拳が、麗子さんの後頭部へと振り下ろされる、直前。
「背後とは、卑怯ねェ〜!!」
ゴッ!!
鈍い衝撃音が響いた。
麗子さんの肘が、霊害の顔面部分に叩き込まれたのだ。
動きが止まった霊害に間髪入れず、
「オラァ!!」
麗子さんは両手を組み高く掲げると、そのまま一気に振り下ろした。
ドガァン!!
霊害の身体が上から叩き落とされ、地面に激突する。
「あ……あ……」
体勢を崩した霊害の腰を、麗子さんが背後からがっちり掴んだ。
「終わりよォ」
霊害の身体が、反転するように宙を舞い――
ドォォン!!
背中から地面へと叩きつけられた。
「出た〜!ジャーマンスープレックス〜!」
光流くんが楽しそうに技名を叫び、片手を突き上げた。
「お前もしっかり背後とってんじゃねーか、麗子」
颯がツッコんだ。
「……プロレスの試合みたいだった……」
僕の言葉に、奏さんがうんうんと頷く。
「豪快ですね」
「あの戦い方は、アイツらしかできねぇだろ」
霊害は、麗子さんの攻撃で霊力を使い果たしたのだろう。輪郭が崩れ、キラキラと光の粒になり、静かに消えていく。
――川辺に、静かさが戻った。
「またやりましょ……来世でね」
けれど、その静けさが、いつまで続くのか。
それは誰にも、わからなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:1月17日21時
第十四話 背後からくるもの【後編】




