第百五十六話 Episode:光流【崩壊】
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Side:光流
七歳の時、親父が消えた。
ぶっちゃけ、
最初はそんなに気にならなかった。
元々仕事が忙しい人だったし。
何かしてくれた記憶もない。
だけど、母さんと姉ちゃんにとっては、
そうじゃなかったらしい。
「あいつ、女作って逃げたんだよ!!」
「ママ、違うよ。パパすごい仕事に追われてたじゃん。
多分そのせいだよ」
初めは、泣き喚く母さんを、姉ちゃんが慰めてた。
だから俺も、その真似をすることにした。
「母さんは悪くないよ」
「うっ、うう……!
あたしにはあんたたちだけだよ……」
――母さんを支えなきゃ。
子供なりに、そう信じていた。
なのに。
「……ひゅー……」
喉が、変な音を立てるようになった。
気にしないようにしてたけど、
「ゴホッ!ゴホッゴホッ!!」
ある日、限界が来た。
「光流!!」
夜中に病院に運ばれた。
「どうして、今まで気づかなかったんですか?」
病院で、母さんは先生に怒られてた。
――やめて。母さんを責めないで。
俺のせいなんだから。
この頃から、俺の中で
黒い感情が動き始めた。
それからしばらく、
母さんは俺のことを、過剰に気にかけるようになった。
「光流、しんどくない?大丈夫?」
「……大丈夫だよ」
心配してもらえるのは、嬉しかった。
だけど、これがきっかけで、
姉ちゃんは壊れた。
「光知瑠!中坊がタバコなんか吸うんじゃねぇ!」
「うっせぇな!てめぇもガキの頃から吸ってんだろ!」
家の中で、罵声が飛び交うようになった。
「光流の身体に悪いだろうが!!」
「あー!また光流かよ!うざい!!」
――また、俺のせいだ。
「俺、大丈夫だよ」
お願い。喧嘩しないで。
そう思っては、笑顔を見せた。
バチンッ!
リビングに、鈍い音が響いた。
頬が焼けるみたいに熱い。
「お前ウチのことバカにしてんの!?」
「光知瑠てめぇ何やってんだよ!!」
母さんが俺を庇った。
「……っ!」
姉ちゃんの顔に、怒りがはっきりと滲む。
「光流なんて生まれてこなきゃ良かったのに!!」
「……!」
呼吸が、できなくなった。
「……ひゅー……」
また、体の奥から嫌な音がする。
やめろよ。こんな時に出んなよ。
……止まれって思う時ほど、
出ちゃうんだよね。
「……ひゅー、ひゅー……」
「光流!大丈夫!?」
母さんが俺を抱きしめる。
母さん。今は俺じゃないよ。
姉ちゃんを心配してあげて。
そう言いたいのに、言葉が出ない。
「あー!マジでイライラする!!」
姉ちゃんが玄関に向かう。
「光知瑠!夜だぞ!どこ行くんだよ!」
「関係ねぇだろ!!」
家族が、壊れていく。
――全部、俺のせいで。
「……母さん。大丈夫だよ」
それでも。
笑顔でいることしか、できなかった。
――俺、生まれてきちゃいけなかった?
それから姉ちゃんは、
あんまり家に帰ってこなくなった。
母さんは、夜の仕事も始めた。
明け方帰ってきて、
少し寝て、また仕事に行く日々。
俺のご飯はいつも、
コンビニ弁当とかカップ麺だった。
湯気の消えた部屋で、テレビの音だけが流れていた。
薄い壁の向こうから、隣の家族の笑い声が聞こえる。
――サミシイ。
湧き上がる感情を誤魔化すみたいに、
テレビの音量を上げた。
迷惑かけちゃだめだ。
良い子でいなきゃ。
笑って、平気な振りしなくちゃ。
次第に――母さんも、崩れていった。
「金もねぇしよー、男には逃げられるし、
ガキは小さいしよー、あたしの人生まじで詰んでるー」
暗いリビングから、母さんの酔っ払った笑い声が聞こえる。
「光知瑠はもうでかいから良いけど〜。
光流は一人で生きてけないもんな〜」
明け方は静かすぎて、
容赦なく、俺に全てを伝えてきた。
「……光流がいなかったら、もう少し楽だったのかな」
布団を被って、寝たふりをした。
――俺って、いらない子なんだ。
明け方の、薄っすら明るい空は、
真夜中の暗闇よりも怖かった。
……登り始めた陽が、
全部、見せてしまうから。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:5月8日21時
第百五十七話 Episode:光流【仮面】




