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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
交錯する心音

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第百五十四話 羅針盤


 ***


 同時刻――清祓医療院。

 雨音が響く病室で、紫苑はスマホを見下ろしていた。


「凡才くん、大分やられてるっぽいな⭐︎

 祓い師って、メンタル削られやすいよね〜」


 ――ちゃんと、気づけよ。

 期待値ない人間に、僕は助言なんてしない。


 紫苑は静かに、ベッド脇にスマホを置いた。

 

 その瞬間。


 ……ゾクッ。


 悪寒で、誰が来たかすぐにわかった。

 紫苑が震える相手は彼女だけなのだから。


「ノックいらないよ!どーぞー!」


 ゆっくりと病室の扉が開く。


「……紫苑」


「そろそろ来ると思ったよ〜。ばあちゃん⭐︎」


 傘を杖代わりにしながら、紫乃は紫苑へ歩み寄った。


 老人らしく丸まった背中。

 ――なのに、隙がなかった。


「“わしの許可なく壊れるな”。

 ……そう言うたじゃろ」


「あ〜⭐︎」


 紫苑は人差し指を頬に当て、目線を斜め上に向けた。


「ごめん⭐︎またやっちゃった⭐︎」


「禁式の呪いを甘く見過ぎじゃ」


 紫乃の言葉で、紫苑の顔つきが変わる。


「僕、壊れてないけど?」


 ――甘く見てもない。


 病室が、不穏な空気に包まれた。


「……退院は、八月五日とな?」


「らしいね〜⭐︎もう元気だけどね⭐︎」


「紫苑」


 紫乃の顔つきが変わる。


「三流派が、動く。

 御影と霧島は、久世を潰す気じゃ」


「……逆でしょ?

 ()()が潰そうとしてんじゃん⭐︎」


 紫苑はにこりと笑顔を見せた。


「で?篝の件、ばあちゃんも一枚噛んでんの?」


「いや。紺士(こんじ)が勝手にやったことじゃ」


「……ああ」


 久世家現当主、久世紺士。

 紫乃の息子で、蒼嶺の父。


 篝の屋敷の場所を漏らし、

 久世の祓い師を向かわせないようにしたのは、

 現当主派の独断か。


「ばあちゃん怒ってないね?」

 

「……こちらとしても、悪くない話じゃからな」


「なるほど〜⭐︎

 結局、どっちも御影と霧島が邪魔なんだ⭐︎」


「……」


 紫乃は何も言わなかった。

 それが答えだと、紫苑は悟った。


「僕は関係ないよね?破門されてるし⭐︎」


「ああ。こちらに加担しろとは言わぬ。

 ただ……」


 紫乃の目つきが鋭くなる。


「御影と霧島に付くことだけは許さぬぞ」


「……僕の自由でしょ?」


「また、わしの言うことが聞けぬのか?」


 紫乃は紫苑の喉元に、傘先を当てた。

 紫苑は微動だにしなかった。


「あのさ、ばあちゃん。

 ばあちゃんには感謝してるよ。


 どんな理由であれ、

 あの家で僕を愛してくれたの、ばあちゃんだけだったし。


 僕が今生きてるのも、ばあちゃんの禁式のおかげだしさ」


「ならば――」


「でもさ」

 

 紫乃の言葉を遮った。


「もうさ――

 僕の羅針盤は、ばあちゃんじゃないんだよね」


 紫苑が喉元の傘を握り締める。


「……東雲の小僧か」


「そ。狛が付く方に僕も行く⭐︎」


「ならば、小僧を消すまでじゃ」


「は?」


 バキンッ!


 紫苑が傘を握り潰した。


「本気で言ってんの?」


「それはわしのセリフじゃ」


「ばあちゃん。長生きしたくないの?」


 紫乃は、傘を投げ捨てた。

 紫乃の背筋がぴんと伸びる。


「舐めた口を聞くな。

 お主がわしに、一度でも勝ったことがあるか?」


「……っ」


 空気が沈む。

 紫苑の額に、冷たい汗が伝った。


「お前は確かに天才じゃ。

 だが忘れるな。

 お前を作ったのは――わしじゃ」


 また、紫乃は背中を丸めた。


「お前は一生、わしには勝てん」


 ――それでも。

 

「……ばあちゃんが狛を消すって言うなら、僕は戦うよ」


 紫苑は自嘲気味に笑った。


「どうせあの時死んだ命だし。

 狛が死ぬなら、僕が生きてる意味なんてない」


「お主はわしのものじゃ!!」


 雨音を、全てかき消す叫びだった。

 

「三流派は統合する。久世も取り戻す。

 全て、わしの思い通りじゃ」


「……」


 ――欲に塗れた亡者め。


 コンコン!


「面会の方がお見えです〜!」


 ドアの向こうから、看護師の声が聞こえた。


 紫乃が咳払いをする。


「良いか。紫苑。わしの言いつけを守れよ。

 東雲の小僧を守りたくばな」


 そう言って、紫乃は病室の扉へ向かった。


 扉の向こうから、

 ふわりと甘い香りがした。

 

読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:5月6日21時

第百五十五話 鍵は二つ

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