第七話 クソボッチ【後編】
僕たちは、奏さんが示した“本体”へ駆け出した。
本体から、黒い影が滲み出ている。
像そのものが、霊の器になっていた。
『奏!行けるか!?』
「ええ!もちろん!」
墓石の間を、飛ぶようにして進む。
――ザザザッ!
「っ……!」
背後で、奏さんが黒い手に足を掴まれ、地面に倒れ込んだ。
「奏さん!?」
「かまわないで!本体を倒せば……手は消えます!」
振り返った僕に、倒れ込んだまま奏さんが叫ぶ。
黒い手が容赦なく、奏さんをまた地面に引きずり込もうとしていた。
『行くぞ、柊!!』
「……うん!!」
僕たちは前を向いた。
千手観音菩薩像に向かって――跳ぶ。
拳に力を込めた、その時。
伏せた菩薩像の目が、ぎろりと開き――悪意に満ちた視線で、僕らを捉えた。
――ブワァァァァッ!!
菩薩像の背後の無数の手が絡まり合い、一本の巨大な黒い手を形成する。それが、僕らを掴もうと襲いかかってきた。
「……っ!?」
しまった……!避けきれない!!
だが――
バチィッ!!!
咄嗟に手に取った石を、奏さんが投げた。
青白い光を帯びたそれが、巨大な黒い手を撃ち抜く。その攻撃に手が怯み、軌道が逸れる。
「さすが……墓地の石ですね。そこらの石より、ずっと霊力があります……」
奏さんの身体は、すでに半分以上が地面に飲み込まれていた。
「二人とも……今です!!」
僕と颯は、拳にありったけの力を込める。
『おらあぁぁ!!』
「安らかに、眠って下さい!!」
――バァァァアン!!
拳が、菩薩像の中心を撃ち抜いた。
やった……!
像はガラガラと音を立てて崩れ落ち、黒い手が飛び散って光の粒へと変わっていく。
すとんと地面に着地する。
その美しい光の粒を前に、僕と颯は手を合わせた。
「ご冥福を……お祈りします」
空を覆っていた雲は晴れ、茜色の空が顔を出す。
キラキラと光の粒が、夕焼けに溶けるように消えていった。
「二人とも、やりましたね」
奏さんが、こちらに駆け寄る。
「奏さん!無事で良かった!」
『お前の援護がなきゃ、危なかったわ……ありがとな』
奏さんはじっと僕らを見つめた。
『あんだよ?』
「……共霊は、ずっと悪いものだと思っていました」
一呼吸置いて、奏さんは少し、首を傾げた。
「ですが……そう言い切ってしまうのも、違うのかもしれません」
「……」
僕は、何も返せなかった。
みんなを守れてよかった。
だけど、指先の感覚は、自分のものではない。
「……さあ、帰りましょう」
奏さんがふっと柔らかく微笑んだ。
初めて見た、彼女の笑顔。
「……え」
僕の顔も、空と同じ色に染まってしまった。
――その時。
「うぇーい!!助けに来たぞー!!」
大声が鼓膜を揺らした。
僕と奏さんは同時に、びくっと肩を振るわせる。
ズザーッ!!
スケボーが地面を削る音が、墓地に響いた。
現れたのは、金髪に黒いヘアバンドをした男子。
僕たちと同じ制服だ。開きすぎた胸元にアクセサリーがじゃらじゃらと光る。
そしてその背後に――
でかい。
190センチ近くある大柄の女性……いや、男性?
いや違う、霊だ。
鍛え抜かれた身体にピンクのタンクトップ、黒いジョガーパンツ。彫りが深すぎる顔には、煌びやかなメイク。金色の髪を高い位置でポニーテールにしている。
圧倒的な存在――だが、生者の気配は、一切ない。
「アンタ、墓地でスケボーはやめなさいよォ!」
その巨体の霊がオネェ言葉で男子を叱った。
……つまり、この人はそういうことなんだろう。
「ごっめーん!」
男子はぴょんっとスケボーから飛び降り、ケロッとした顔でこちらへ近付いてくる。
「ってか、もうやっつけちゃってんじゃん!俺ら用無し!?」
ズカズカと距離を詰められ、僕は思わず一歩後ろに下がった。
「君その銀メッシュいかす〜!……ん?なんか君、魂が二つあるんだけど?どういうこと〜!?」
そう言って、彼はケラケラ笑いながらゲッツのポーズをする。
共霊のことには、気づいていない……?
「だ、誰……?」
『おい柊!俺コイツ知ってるぞ!
隣のクラスの……朝倉 光流!
SNSフォロワー数一万超えの、男子高生インフルエンサー!』
「い、いんふる……??」
僕は首を傾げた。
『チャラい!うるさい!やかましい!!
別名、“歩くクラブミュージック”!!』
「うぇーい!それ褒めてる?ディスってる??」
「……同義語ですよね」
奏さんが小声で突っ込みを入れる。
「あなた……“助けに来た”って言いましたよね?もしかして、斎賀先生が……?」
奏さんは何か思い当たることがあるようだ。
「そーそー!俺、さっきまで体育倉庫で遊んでたの!斎賀先生に呼ばれてたのすっかり忘れてて!
んで、跳び箱ぶっ壊しちゃって、指導室に連れていかれたのね!」
……軽い。軽すぎる。色々と。
「斎賀先生も呼び出されて、一緒に説教されてた!ちなみに、俺の担任、斎賀先生!」
「……そのことだったんだ」
僕の脳裏に、斎賀先生が校内放送で呼び出されていた場面が甦る。
『跳び箱ぶっ壊すってどんな状況だよ……』
「なるほど。私が先ほど……霊害が現れた時に、斎賀先生に連絡を入れたんです。
代わりに……あなたが来た、ということですね」
先生に連絡を……!さすが奏さん。抜かりない。
「多分それ〜!斎賀先生、今、俺の後処理中!」
「アンタほんっと、ロクなことしないわねェ……」
巨体の霊が、心底呆れた様子でため息をついた。
斎賀先生、お気の毒すぎる……。
「つまり……、斎賀先生が言っていた“協力者”というのは、あなた方二人のことなんですね?」
その言葉に、僕はハッとした。
変わり者の協力者……この人たちのことだ。
霊と一緒に行動しているということは――。
「あ、あの……!」
“あなた達も、守護契約を――?”
そう僕が尋ねようとした瞬間、
「――あ!ごめん、電話!」
彼のズボンのポケットから、爆音が鳴り響いた。
「もしもーし!!え、ボーリング?今から?オッケ、行くわー!!」
『めちゃくちゃ陽キャだなアイツ……』
「斎賀先生のところには戻らないんだ……」
ツッコミどころが色々ありすぎる。
「つーわけで俺もう行くわ!詳しい話は明日、斎賀先生がするってよ!」
「アタシはもう帰るわよォ……光流」
「んじゃ、また!!」
金髪男子……光流くんはスケボーに飛び乗り、嵐のように去って行った。女性の霊もその後を追う。
去り際に、女性の霊がふっと振り返った。
そして、僕と目が合う。
「久しぶりね、坊や。……また明日」
そう言い残して、二人の姿は夕焼けの向こうへ消えていった。
茜色の空に、二色の蝶が舞っていたことには、誰も気づいていなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:1月10日7時
第八話 朝倉光流という騒音【前編】




