第六話 守りたい人が、増えた【後編】
――記念公園墓地。
棚状に並ぶ墓石の間を、湿った風が吹き抜けていた。
「うわ〜、雰囲気ある〜!」
「まじで何か出そうじゃん!?」
奏さんの友人たちはスマホを掲げて、はしゃぎながら撮影を始める。
「皆さん、静かに……。墓地で騒ぐなんていけませんよ」
奏さんが眉をひそめて、明らかに場違いなテンションをたしなめた。
「確か、千手観音菩薩像の辺りに出るんだって!」
墓地の奥、千手観音菩薩像の周囲には、KEEP OUTと書かれた規制線テープが張り巡らされている。
――それでも友人たちは、ためらいもなくそのテープをくぐった。
「ダメですよ!そこは立ち入り禁止です!」
奏さんが声を上げたその時――
冷たい風が、ひゅうっと吹き抜けた。
ぞくり、と背中を撫でられるような悪寒が走る。
何か……“いる”?
「みなさん、もう帰りましょう!」
「え〜?まだ来たばっかじゃん」
奏さんも気づいたらしい。険しい顔で、友人たちを墓地の出口に向けて押し始める。その時だった。
「きゃああああああ!」
一人の女子が甲高い悲鳴を上げた。
「絵梨、どうした!?」
「足が……足が動かない!!」
「え!?金縛り!?」
いや、違う――!
地面から伸びた黒い手が、彼女の足首を掴んで逃がさない。
絵梨さんにはその手が見えていない!
「おい柊!あれって……!」
颯の声が強張る。
「人じゃない……!霊害だ!」
奏さんが素早くお札を取り出し、迷いなく投げつけた。
「……このッ!」
お札が青白く光り、黒い手にお札が触れた瞬間――
ジュゥ……ッ!
苦しむように手が動き、絵梨さんの足を離して地面に沈んでいく。
「か、奏……今、何したの……?」
「いいから!早く逃げて!」
奏さんが出口を指し示す。だが、手は逃してくれない。
「いやあああああ!」
別の女子の悲鳴。声の方向を向けば、あの手がまた、彼女たちの足を掴んで引きずり込もうとしていた。
奏さんは即座に次のお札を投げる。
「二人とも!捕まって!!」
お札が命中し、黒い手が怯んだ瞬間。
奏さんは二人の腕を掴み、一気に引き上げた。
そして――
「柊くん!!そこにいるんですよね!!」
「は、はい!!」
僕と颯がこっそりついて来ていたことを、奏さんは完全に把握していたらしい。
「お願いです!みんなを連れて、早くここから逃げてください!」
「う、うん!」
僕は頷き、走り出した。
「皆さん、こっちです!」
「か、彼氏くん!?」
「霊に捕まんぞ!早く逃げろてめぇら!」
颯の声は彼女たちには聞こえない。けれども、まるでその声に従うように、友人たちは出口へ向かって走り出した。
「奏!奏も早く!」
「私もすぐに行きます!」
絵梨さんの叫びに、奏さんは霊害と向き合いながら返事をする。
「彼氏くん……奏のことお願い……!」
友人の一人が、涙目で僕に託した。
「……はい!皆さんは急いで外に!!」
三人が墓地の外へ逃げ出したのを確認し、僕は奏さんの元へと振り返って走った。
「おかしい……数が多すぎます」
奏さんは息を荒げ、お札を構えていた。
「本体がどこかにあるはず……!
墓地の地面じゃない、もっと“中心”に……!」
「奏さん!大丈夫!?」
僕の声に、奏さんが驚いて振り返った。
「二人とも!なんで戻ってきてるんですか!?」
「こんな状況でお前置いて帰れっかよ!」
「僕たちにも、何かできることはない!?」
真っ直ぐにそう言うと、奏さんは観念したように小さく息を吐いて話し始めた。
「……手の数が多すぎるんです。本体を見つけて叩かない限り、祓えません!」
「本体が――どこかにあるんだね!」
ボコッ、ボコッ!!
次の瞬間、地面が脈を打つように膨れ上がり、無数の手が一斉に噴き出した。
「おい柊!あれ、やんぞ!」
颯がいう“あれ”が何なのか、すぐに分かった。
「だ、だめだよ!共霊は、危険だって!」
――『自我が侵食されます』
奏さんの言葉が、警告するみたいに、頭の中に蘇った。
「じゃあ、どうするんだよ!!」
颯が叫んだ、その瞬間。
「きゃっ!!」
泥に塗れた手が奏さんの足を掴んだ。強烈な力で、ずるずると地面に引きずり込んでいく。
「くっ……!」
奏さんがブレザーの内ポケットを探る――が。
「お札のストックが……もうありません……!」
声が、わずかに震えていた。
「弾切れかよ!?」
「颯!奏さんが引きずり込まれる!」
僕たちは急いで奏さんの腕を掴み、全力で引っ張った。しかし、足を掴む手は、さらに増えていく。
ズズズ……ッ!
「柊……くん……!」
「奏さん!!」
「柊!早くなんとかしろ!!」
「なんとかって言われても……!」
奏さんが胸まで地面に沈む。僕の身体すら、もう地面に飲み込まれ始めていた。
――どうすれば良い?どうすれば助けられる?
――僕は、また何もできないのか?
そんなの嫌だ。
「おい!柊ー!!」
僕を呼ぶ颯の声が、鼓膜を震わせた。
奏さんも。颯も。
僕が、守りたい。
――失うくらいなら、
僕は、壊れてもいい。
その瞬間、
白銀の光が、僕の胸に飛び込んできた。
……また、あの感覚。
僕は咄嗟に、胸に手を当てた。
光は容赦なく、僕の中へと入っていく。
怖い。
だけど、君の力が欲しい。
越えてはいけない線だとは、わかっていた。
僕の輪郭が、少しずつ崩れていく。
僕なのに、僕じゃない。
また、心臓が――二つ、脈動した。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:1月9日7時
第七話 クソボッチ【前編】




