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運転手を辞めた男


トラックに乗って俺は小高い丘の上を見る。そこにあるのは赤い屋根のパン工場だ。煙突からは白い煙が出ているので、今日も美味しいパンを焼いているのだろう。

この村に戻って来たのは何となくだ。

旅に疲れたのもあるし、三度笠の男に会ったということもある。とにかく何となく帰ってきたくなった。

そう『帰ってきた』そういう言葉を使う程度には、やはりこの村は俺にとって思い入れのある所なのかもしれない。

そのときオレのものと同じトラックが向かってくる。運転席に座っているのは四角い顔の運転手だ。彼とすれ違ったとき心臓が早鐘のように鳴る。別に彼が悪いわけじゃないんだが、居場所を奪われてしまったような感覚はぬぐい難いのだ。

俺の乗るトラックと、彼の乗るトラックがすれ違う。同じ型のトラックを見て、四角い顔の彼はどう思うのだろう。自分の代わりに仕事をしている彼を見る。

村の道は狭いので俺は道の隅に停まり、彼が通り過ぎるのをゆっくりと待つ。


「助手席に……誰か?」


乗っている?

どういうことだ?

アイツは俺の代わりに仕事をしているんじゃないのか?

少なくとも俺の仕事は一人でパンを運ぶことだ。誰かと一緒に仕事なんかしたことはない。


「一体、誰が?」


すれ違っていく助手席に目を凝らす。すると見覚えのある人影が目についた。


「アイツは、たしか嫌われ者の?」


名前は思い出せないが、嫌われ者とよく一緒に行動していた女の子だ。赤い帽子を被った彼女は何だか緊張した顔で四角い顔の運転手と話をしている。

意味が解らない。

アイツの仕事はパン工場からパンを預かり、それを配達することのはずだ。その繰り返しの業務の中に、あの嫌われ者の相方と喋るなんてことは一切なかったはずだ。なのに何故、アイツにはそんなイベントが起こっているんだ。

困惑した俺はハンドルを切ると、あいつのトラックの後を追った。アイツが向かったのはパン工場だ。そこで俺は更なる驚きに襲われた。


「誰だ、アイツ?」


パン工場の従業員は、爺さん、助手の女の子、人気者、そして犬だ。それだけの筈なのに、知らないヤツが一人増えていた。緑色の服を着た丸い顔の女の子だ。

人気者の妹か何かだろうか?

いや、でもこの世界では人間は勝手に発生するのだ。だとしたら、あの女の子はどこから来た?

この世界にとって何か新しい仕事が必要になったのか?

呆然としていると、いつものように嫌われ者が現れ、空飛ぶ円盤で暴れ始める。すると人気者と一緒に緑の服の女の子も戦い始める。


「あの子も一緒に戦うのか……」


そういう仕事なのか?

考えている間に、空飛ぶ円盤がもう一台参戦する。青い円盤で、中には青い帽子を被った女の子が乗っている。


「何だこりゃ??」


どういうことだ??

俺はけっこう長い間、この村にいたつもりだった。だけどその間、一度だって村人が増えるなんてことはなかった。ひたすらに同じ人間と顔を合わし、意味のない仕事を延々と続けていたのだ。

それが何でだ!?

また新しい仕事が必要になったのか?

分からない。

結局、今日も嫌われ者は負けた。いつものように捨て台詞を吐き、吹っ飛ばされて飛んで行った。


トラックを放り出し、呆然自失と俺は歩く。

俺の放浪の旅は何だったんだろう。こんなに簡単に生活は変化するものなのか?

まるで出来の悪い自分探しの旅のようだ。

ブラック企業で働くのに嫌気がさしていた。

スローライフに憧れて、それが始まるとその退屈さに耐えきれなかった。

放浪の旅をしたつもりが、結局はありがちな自分探しの旅に過ぎなかった。


「もう、疲れた」


結局、疲れるのなら、どこにいても一緒だ。あの三度笠の男はどうやって自分の居場所や仕事を探したのだろう。

足が重い。

トラックを置いてきてしまった。

どうしよう。もう、取りに行くのも面倒だ。


「あら、運転手さん」


声がした。

そこにいるのは見覚えのあるメガネをかけたうさぎみたな雰囲気の女性。俺がパンを配達していた学校の先生だった。

最後に会ってかなりの時間が経っているのだが、久しぶりに見た彼女は変わらずに可愛らしいままだった。


「お久しぶりですね」

「あ、はい……そうですね」

「今までどうされていたのですか?」

「それは、その……旅に」

「まぁ、とっても素敵ですね。そういえば運転手さんの生まれ故郷の人はよく旅行をするって言っていましたものね」

「覚えていたんですね」

「ええ、運転手さんとお喋りするのはとっても楽しかったですから」

「そうですか……」


それを言われて少しだけ救われた気がした。無意味だと思っていた俺の仕事だが、少しは彼女の中に残るものがあったようだ。


「ところで運転手さん。しばらくはこちらにいらっしゃるんですか?」

「ええ、そのつもりです」

「良かった」

「え?」

「実は学校で用務員の方を探していまして、少しの間でもいいので手伝っていただけないかと」

「用務員の仕事ですか」

「はい、ご無理でしたらいいんですが」

「あ、いえ……そうですね」


考える。

結局、どこに逃げても、仕事をしてもしなくても、嫌なことからは逃げられないのだ。本当はあの三度笠の男のように好きなことを仕事にできれば最高だったんだが、どうやらそれは旅をしたくらいでは見つからないらしい。

あの男はその内に見つければいいと言ったが、俺にそんなものが見つかるのだろうか?

疑問はつきない。しかし俺は彼女に向かってこう言った。


「良いですよ。何か新しい仕事がしたいと思っていたんです」



<完>

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