第9話 婚約破棄
「エリシア・フォン・ヴァレンティス、君との婚約を解消しようと思う」
卒業生代表としての挨拶の後、アルディスはエリシアに歩みより、はっきりとそう告げた。
卒業記念パーティー ―― 文字通り、その年の卒業生の門出を祝うパーティーには、在校生をはじめ、卒業生の親族である貴族たちが大勢出席している。また今年はアルディスの卒業年ということもあり、王家関係者の姿も多い。
そんな中告げられたアルディスの一言に、会場が一斉にざわつく。
ただ、それも"青天の霹靂"というわけではない。
そもそもパーティーのスタート時点から、会場の空気は最悪だった。今日の主役であるアルディスは噂の男爵令嬢をエスコートして現れ、本来そこにいるはずの婚約者・エリシアは代理を連れ別々に入場したのだから。
冷たい表情のアルディスの横で、涙で頬を濡らしたリアが不安そうにその腕を掴んでいる。
脇に控えるウィルソンは眉間にしわを寄せ、レオンハイトは憤怒し、ノエルは残念そうに肩を落とす。反応こそ三者三様だが、皆同じ結論に至ったのだろう。
―― 悪女・エリシアを断罪すべきだ。
唯一、王家の執事だけが、アルディスの愚行を止められなかった自分を恥じて、顔を真っ青にして頭を抱えていた。
アルディスの言葉にエリシアが驚く様子は無い。いつものように背筋を真っすぐに伸ばし、深く息を吐きながら、一度ゆっくりと瞬きをした。
「理由をお聞かせ願えますか?アルディス様」
「……君は、ここにいるリア・オルタシアを執拗にいじめただろう」
アルディスは僅かに顔をしかめ、淡々と続ける。
「中傷や器物損壊、果ては人を雇い犯罪行為を仕向けるまで…。責任ある立場として、見なかったフリはできないよ」
「……何一つ、心当たりがございません」
静かにそう答えたエリシアの態度が癇に障ったのか、割って入るようにレオンハイトが嚙みついた。
「しらばっくれるな!!!か弱いリアを虐めておいて…!!」
舞台装置として見事な立ち回りだ。恐ろしいことに、レオンハイトにとっては信念からの行動で、本人にそんなつもりは無いだろうが…。
ウィルソンがレオンハイトの肩を引き、なだめる。
それから咳払いをして、小脇に抱えていた書類入れを徐に開いた。
「貴女の加害行為については、こちらにまとめております」
ウィルソンの口上を聞こうと、会場のざわめきが収まる。エリシアも静かにその続きを待っていた。
――『一つ、リア・オルタシア嬢に対し『恥を知れ』等の誹謗中傷を行ったこと』
「記憶にございません」
罪を読み上げられたところで、エリシアの態度は変わらない。
それが彼女なりの、"侯爵令嬢としてあるべき姿"なのだろう。
「言った言わないは水掛け論ですが……生徒会へ、そのような文言の置手紙が定期的に届いています」
「私ではございません。どうぞ筆跡をお調べください」
「どうせ手下にやらせたんだろう?」
舌打ち交じりにレオンハイトが野次を飛ばすが、誰もそこに言及はしない。
――『一つ、私物の窃盗、及び創立記念式典でのドレスの損壊』
「行っておりません」
「ドレスのあった部屋に貴女が出入りしたと、目撃証言が上がっています」
「事実ではございません。創立記念の際は前夜から常に人とおりました……信頼に足る証言なのか、今一度ご精査を」
誰かが息をのむ音、ウィルソンが書類をめくる音だけが、時折会場に響く。
――『一つ、直接の暴力行為。彼女を噴水に落とし、また先日は階段から突き落とそうとして口論になったと』
「どちらも些細な勘違いと、不幸な事故です」
「のらりくらりと……だいたい、貴様の権力を使えば手下にやらせるのも造作もないだろう!!アリバイなんて有って無いようなものだ!」
何一つ罪を認めようとしないエリシアに、レオンハイトが痺れを切らす。
いつも不敬な発言を咎めることのないエリシアだが、この時ばかりは顔を歪め、静かに切り返した。
「……アリバイに全て意味が無いとおっしゃるなら、これは『悪魔の証明』です。せめて私に指示を受け実行したと、そうおっしゃる方を連れてきてください」
「ぐっ……」
「……エリシア」
ここまで静かにウィルソンの口上を聞いていたアルディスが、エリシアの名を呼び、二人を制止する。
エリシアの一歩後ろに控えていた僕の方を、一瞬だけ確認したのが分かった。
「まだ公にはしていないけど……王家の調査中に、誘拐事件の犯人が、君の依頼だったと証言している」
衝撃的な事実に、会場が一気に騒然とする。
裏表の激しい貴族社会において、多少の嫌がらせは日常茶飯事だ。それでも、こんな公な場で犯罪行為を突き付けられることなど、そうは無い。
ざわめきに乗じて「侯爵家はもうお仕舞いだわ」「なんて卑劣な女だ」なんて、好き勝手に噂する声が混じる。
エリシアの噂が広がる過程でもそうだったが、この世界は本当に"顔の見えない声"の態度がデカくて不愉快だ。
嫌悪のため息を嚙み潰す。
「アルディス殿下、発言をよろしいでしょうか?」
声を張ってそう言い、エリシアの横に歩み出る。
会場の視線が一身に集まり、ざわめきの質が変わった。誰かがつぶやいた「あいつ誰だ?」なんてまっとうな指摘に、思わず笑いそうになる。
「……ロイスはエリシアの友人だろう?庇っても、何の説得力もないよ」
「承知しています。それに僕は"エリシア嬢の無実たる証拠"を持ち合わせていませんので」
「だったら一体何を……」
横を見やると、表情を硬くしたエリシアと目が合う。こういうとき、下唇をかみしめるのはどうやら彼女の癖らしい。
いつもの営業スマイルをアルディスに向ける。その意味を知っているアルディスが、ほんの少し身構えたのが分かった。
「以前から魔法管理局に依頼していた調査の回答が来ましたので、そのご報告を。と」
「……………は?」
なんだか久しぶりに感じる、彼らしい間の抜けた声。当然のようにレオンハイトから罵声が飛んでくる。
「今は無関係なお前の世間話を聞いてる暇は無い!!!」
「それが、あながち無関係ではなさそうでしたので」
懐から封筒をひとつ取り出す。中の書類を開き、必要な個所を探す。
「こちらが管理局からの調査報告です。データ部分は割愛して結論だけ……」
周囲はポカンとしているが、無視して文面をそのまま読み上げた。
――『今回調査依頼を受けた製菓からは、明確な量の"魅了のまじない"が検出された』
意味不明な文面に、アルディスの表情が崩れていく。状況が理解できない彼の横で、リアだけが何かを察したように固まっている。
「ちょっと待てくれ、クッキーって…?一体何の話をしているんだ??」
「そちらのリア嬢が、アルディス殿下に定期的に差し入れされていたクッキーです」
「ちょ…!何いってるの!?ロイスさまにはあげてないじゃない!」
「以前毒見の際に頂いたものを、半分食べずにとっておいたんです。それに、最近のものもウィルソンに(強引に)お願いしたら頂けましたよ?」
ウィルソンが気まずそうにさっと顔を背けた。
別にリアの攻略対象であれば、誰からクッキーを取り上げたって良かったが、一番言いくるめやすかったのがウィルソンだっただけだ。
「それで、えっと……魅了のまじない、だっけ?」
「それは…!」
アルディスが話を進めようとするので、リアが慌てて割り込んだ。
「リ、リア…アルディスさまと仲良くなりたくて……"恋のおまじない"って書いてあったシロップをちょっぴり入れたから…それかも……?」
さっきまで涙で濡れていたリアの頬は、今は脂汗でじっとりと濡れている。
「ご自身で入れたとお認めになるんですね?」
「ロイス…いい加減にしてください。エリシア嬢の件から話を逸らしても、何の意味もありませんよ」
咄嗟にウィルソンが助けに入る。
このまま話を引っ張ってリアを焦らせても良いが、それも少々悪趣味なのでさっさと話を進める。
「意味はあります。報告書の続きですが…」
――『"魅了のまじない"は少量であれば問題ないが、継続的に摂取を続けた場合、判断力の低下を招き、対象を服従させることのできる危険な魔術である』
リアの顔から見る見る血の気が引いていく。
目を丸めたウィルソンから「は…?」と小さな声が漏れた。
さすがに誰からも茶々は入らない。
――『調査対象の製菓からは、想定使用量を大幅に超えた魔力量が検出されており、悪意ある混入である可能性が高い』
報告書には「摂取後、対象と数分間会話をする必要がある」など、細かな条件の解説も記載されていたが、今は関係ないので割愛する。
「いいがかりです!!リア、そんなのしらない…!」
リアが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「そうでしたか。でもご心配には及びませんよ。管理局から"解呪"のスクロールを預かっていますので」
報告書の最後の一枚は、魔術が込められたスクロールだ。
何が書いてあるのか無学な僕にはさっぱりだが、これを手に記された呪文さえ読み上げれば、誰でも魔法が使える便利アイテム……らしい。
「会場にいる皆様の"まじない"を無効化するものだそうです。……腰痛なんかで、痛み止めのまじないを受けている方がいらっしゃれば、今のうちに避難していただいて」
渾身のジョークには誰も笑わなかった。まぁ、会場の隅にいた小太りの男が慌てて外に出るのが見えたので、一応意味はあっただろう。
「え……ちょっと待っ…」
「それでは」
リアの制止を無視して、スクロールの呪文を読み上げる。
――『ヴァル・ディケル……スタフィクス』
その声に反応するように、スクロールからはパチパチと火花が散り始め、次第に光で焼かれ塵になっていく。最後にパンッと小さな破裂音がした。
呆然と成り行きを見つめていたアルディスの目に、すっと光が戻る。
ただそれは本当に一瞬のことで、彼の表情はみるみる曇っていく。
「……アルディス殿下。今でもまだ、エリシア嬢が許されない罪を犯したとお考えですか?」
返事は無い。
アルディスは口元を手で覆い、その顔を青ざめさせている。
このタイミングで正気を取り戻したのは、何も彼だけではない。ウィルソンやレオンハイト、ノエル……それから、この断罪を見守っていた生徒の内の幾人かも、明らかに様子がおかしい。
中でもリアの友人であるベルーナは、目を白黒させて、肩を震わせている。
生徒会室に忍び込んでいたあの日と同じように ―― 顔を上げた彼女と目が合った。
そう、エリシアの無実たる証拠を持っているのは僕ではない。
「……あ、あの…!!!」
ベルーナの震えた声が会場に響く。周囲の人間がざっと退き、彼女のための道が開いた。
「わ……わたし…」
「ベルーナ?!急になにしてるの?下級貴族が割りこんだりしたら怒られちゃうのよ!?」
慌てた様子でリアが叫ぶ。
本来であればもっともな指摘だが、いつも割り込んでいるリアには言われたくない。
「……構わないよ。発言を許そう」
「あ……わたし……リア様が大好きで…」
アルディスに促され、ベルーナが話しはじめる。
息が整わず、過呼吸にでもなりそうだが、意を決して続きを紡いでいく。
「……生徒会室に、悪口の置手紙をしたのは、わたしです……リア様に頼まれて…。創立記念のときにエリシア様が部屋に入るのを見たって言ったのも…作り話です…」
会場がざわめきと非難の声で包まれた。
ベルーナはボロボロと泣き出し、リアは顔を真っ赤にしている。
「ウソよ!!!リアそんなことお願いしてない…!!」
「ごめんなさい、わたし……!いけないって分かってたけど…どうしても、どうしてもリア様に…嫌われたくなくて……」
「私からも良いでしょうか」
人込みの中から、一人の男子生徒が声を上げる。短く切り揃えた栗毛の、利発そうな青年だ。
彼は神妙な面持ちでエリシアの方に歩みを進めると、重々しく頭を下げた。
「先日は…エリシア様の問いに、きちんとお答えすることができず申し訳ございません」
それだけ言うと、彼は改めてアルディスとリアの方に向き直る。
「春先に、リア嬢が噴水に落ちるのを…見ていました。エリシア様が通りかかるタイミングを見計らって、自分から飛び込むところ……」
反撃の言葉が見つからず、リアが赤い顔のまま口をぱくぱくさせている。
――私、城下町の路地裏でリア様があやしい人たちと話し込んでいるのを見かけたわ
――パーティーのときのドレスだって、"エリシア様のせい"って言い張っていたけど、全然似てなかったし…
ざわめきの中の噂声が、次々にリアを攻撃し始める。
この世界はいつだって"ヒロイン"の味方で、"悪役令嬢"には容赦がない。気色は悪いが、今はそれを止めてやる義理もないだろう。
事態が紛糾する中、だれより顔を青くしている王家の執事と目が合う。そろそろ頃合いだろう。
「"うっかり"で、相手に魅了のまじないをかけてしまうことも、場合によってはあるのかも知れません。ですが、今回はその裏で殿下の婚約者であるエリシア嬢を陥れるような行為の数々……陰謀を疑われても文句は言えないかと」
「~~っ…!!衛兵!リア・オルタシアを拘束せよ!!このことは審議にかける、手荒にするなよ…!」
執事の号令で、行く末を見守っていた衛兵たちがリアをアルディスから引き剝がしにかかる。
「いや!待って…!!リアそんなことしてない!!いまの報告書だって、ロイスがいいようにイジっただけよ!!!」
「そうおっしゃると思いました。魔法管理局には、調査結果は王家にも直接提出するようお願いしています。この時間帯であれば、ちょうど届いた頃でしょう」
「ウソよ!いや!!アルディスたすけてっ!!!」
「こら!大人しくしなさい…!!」
リアが咄嗟にアルディスの腕にしがみつく。
アルディスはリアを責めなかったが、魅了のまじないが解けたその瞬間から、ずっと険しい顔のままだ。
「……リア、後で話そう。退席してくれ」
リアの抗議を無視して、衛兵が彼女を会場の外に連れ出す。
「なんで?!リア悪くないもん!!悪いのはぜんぶエリシアなんだから…!!!」
バタンッ!
会場の扉が閉まっても、リアの怒号が続いているのが微かに聞こえていた。
◇
リアの声が聞こえなくなると、会場は耳が痛いほど、しんと静まり返る。
一瞬、男子生徒の一人が"悪女の断罪"を囃し立てようとしたようが、アルディスが普段見せない暗い顔で睨みを利かせると、何も言えなくなってしまった。
アルディスはそのままゆっくりとエリシアの元に歩みより、跪く。
「エリシア」
声が震えていた。彼女の手を取る訳でもなく、ただ自分を恥じて下を向いている。
「……僕はとても君に顔向けができない…。"まじない"なんて関係なく、僕は一番にエリシアを信じなくちゃいけなかったのに。……ごめん、エリシア」
王族がこんな風に頭を下げるのは、決して褒められたことではない。
エリシアは身をかがめ、ゆっくりとアルディスの手を取った。
「……お顔をお上げください、アルディス様。謝る必要なんてありません。"些細な勘違いと、不幸な事故"ですもの」
エリシアが小さく微笑んでそういうと、アルディスは彼女に導かれるまま、おずおずと顔を上げ立ち上がった。
その顔は涙でぐっしょりで、くしゃくしゃで。イケメン王子からは程遠く、迷子になった大型犬みたいで少し笑ってしまう。
「あ…アルディス殿下…?その……先ほどおっしゃっていた"婚約破棄"なんていうのは…」
二人のやり取りを見守っていた王家の執事が、目を泳がせながら口をはさむ。「無効ですよね…?」なんて心の声が駄々洩れだ。
「もちろん、エリシアが許してくれるなら……僕は一生かけてこの罪を償うよ」
アルディスの言葉を受けて、会場中の視線がエリシアに注がれる。
彼の言葉に、嘘は無いだろう。
調査が進めば、リアの行動が全て故意であったこと、誘拐犯を手配したのも彼女自身であったことも、はっきりする。リアが返り咲く未来は無い。
これから誰も二人の仲を切り裂くことは無いし、アルディスがそうさせないだろう。
エリシアは握っていたアルディスの手を放すと、両の手で彼の頬を包み、その涙を拭った。
愛おしいものを見る、母親のような顔で笑う。
「アルディス様……大好きです。十年間ずっと…あなたは私の太陽です。アルディス様がまた笑ってくださることが、エリシアの何よりの喜びです」
エリシアの頬に水滴が伝っていく。
優しい顔で笑ったまま涙を流し、小さく下唇を噛むのが見えた。
「……どうか、このエリシアとの婚約を、無かったことにしてください」
エリシアが頬を包んでいた手を解くと、咄嗟にアルディスがそれを捕まえる。
エリシアがその手を振りほどくことはない。
「アルディス様がどれほど誠実なお方か、存じております。この先ずっと…十年後も二十年後も、あなたは今日の日のことをお悔やみになるでしょう…。そうして自分の存在がアルディス様の笑顔を曇らせてしまうことを……私は耐えられそうにありません」
エリシアは少しだけ僕の方に視線を向けると、唇の動きだけで「ごめんなさい」と詫びた。
アルディスはまた顔をくしゃくしゃにして、ボロボロと涙をこぼしている。それでも、その不細工な顔のまま背筋を伸ばす。
「……分かった。すごくすごくすごく嫌だけど…!僕だって、エリシアの幸せを一番に考えたい…」
「で、殿下…??」
エリシアを引き留めていたアルディスの手が解かれる。
後ろで戦慄く執事を無視して、アルディスは良く通る声で宣言した。
「エリシア・フォン・ヴァレンティス。君との婚約を破棄する。
理由は愛しているからだ!」
周囲からどよめきと、悲鳴、それから拍手が沸き上がる。
一人取り残された執事は顔を青くして、今にもアルディスの頭を引っ叩きそうな勢いで詰め寄った。
「アルディス殿下お待ちください!!!ヴァレンティス家との婚約をそんなに簡単にキャンセルされては困ります!!国内外へ影響力を持つ侯爵家を敵に回すなど!!国王陛下もお認めになりませんぞ!」
そりゃそうだ。
アルディスとエリシアの婚約関係は、そもそも本人たちの意思というより、政治的な利害関係で結ばれているはずだ。国で指折りの外交力を持つヴァレンティス侯爵を怒らせるなんて、考えただけで鳥肌ものだ。
「……父とはもう話しております。この婚約が無くなったとしても、ヴァレンティス家の王家への忠誠が変わることはありません」
そう切り返すのはエリシアだ。
侯爵は親バカで有名だし、娘のエリシアと約束したのなら、そうなんだろう。
「え、いや…!そ、それに!!!いくらエリシア嬢に非が無くても、王家との婚約が破断となれば、ご令嬢の今後の縁談だって難しく…!!」
執事の方も何とか二人を丸め込もうと必死だ。
アルディスもエリシアも良い返しが浮かばないようだけれど、"エリシアの次の縁談"なんて引く手数多に決まっている。
「それでは」
仕方がないので口を挟んだ。執事がいぶかしむような顔をこちらに向ける。
表舞台に出たくないなんて思っても、今さら手遅れだし、好きなようにやらせてもらおう。
「もしご令嬢の次のお相手が決まらなければ、その時は我が辺境伯家にお迎えしましょう」
「は?」
「へ…?」
「はぁぁ??!!な、何を…」
ぽかんと口をあけたアルディスと、1ミリも状況を理解できていないエリシア。そんな二人を差し置いて、一番のリアクションを返してくれたのは執事の彼だ。
王家の人間って基本ワガママだし、胃に穴が開きそうな仕事だな、と未来のウィルソンを心の中で労わっておく。
「国境の守護を担うエッケンベルク家と、外交に明るいヴァレンティス家に繋がりができることは、国営の観点で見ても意味のある縁談になるかと」
「な…な……だ、だいたい…!君はどんな立場でモノを言っているんだ!!そもそもエッケンベルク家の跡取りは既婚者だろう!まさか側室になんて言うんじゃないだろうな!!」
「まさか。確かに兄は妻帯です。ただ、お恥ずかしながら国を守る立場で少々体が弱く…。卒業後――来月には、正式に次男の僕が嫡子となります。その辺りはご心配には及びませんよ」
執事は言葉を失い、それでもまだ納得いかないと言わんばかりに悶えている。
アルディスの後ろで控えていたウィルソンが頭を抱えているのが見えた。レオンハイトはなぜか激昂していて、ノエルはここぞとばかりに爆笑している。
少し離れた位置で事態を見守っていたヴァレンティス侯爵は呆れたように肩をすくめ、夫人はなぜか嬉しそうだ。
「あとは王家と、ご令嬢のお気持ち次第です」
この話の結末は、別にどっちでも良いのだ。
アルディスとエリシアが笑っていてくれるのなら、それで。




