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鉄血女帝アナスタシア 第七十話

 1915年2月3日 午前8時

 ドイツ ベルリン 


「どうなっているか正確な報告をしろ!」


 ファルケンハイン参謀総長は東部戦線から入ってくるでたらめな報告に、いらだちを隠すことが出来なかった。


 ロシア軍の大攻勢が開始されて既に5日が経過していた。しかし、ドイツ国内に侵攻したはずのロシア軍が何処にいるのか全く解らなかったのだ。侵攻初日に主要都市間の電信網は爆撃によって遮断されてしまっている。無線は役所や駐屯地に設置しているのだがそれも爆撃や工作員の破壊工作で使えなくなってしまった。無線機を搭載した偵察機や車両を向かわせたが、ロシア軍機から攻撃を受けたという通信を最後に全て帰ってこないのだ。それなのに東部戦線に張り付いている部隊からはロシア軍の猛攻を受けているとか撃退に成功したといった無線が入ってくる。しかも暗号電でだ。あまりにも矛盾する報告が乱発されていたため再確認すると、そんな無線は打っていないことが判明する。


「暗号で欺瞞通信をしてくるということは、我が軍の暗号が解読されていたと言うことだ」


 ファルケンハイン参謀総長はその事実に青ざめていた。ずっと前から暗号が解読されていたのであれば、東部戦線での敗北も頷ける。あれだけ長い戦線にもかかわらず、ロシア軍は我がドイツ軍の攻勢ポイントを正確に防衛していたのだ。


「くそっ!正面攻勢を受けた第九軍の最後の通信によれば正体不明の陸上戦艦数百が進軍してきているはずだ。そんな大部隊の居所がわからないなんてどういうことなんだ!」


 鉄道網は東部地域だけで無く西部地域も破壊されてしまった。電信も爆撃によって遮断されている。東部戦線とはなんとか無線で連絡は取れている為、一部の軍団をベルリン防衛に戻すように通達したが鉄道が使えないためまだ到着していない。ベルリン近郊で訓練をしていた17才から22才くらいまでの新兵6万人をベルリン防衛に配置しているが、そのほとんどが小銃を何とか撃てる程度なのだ。


「参謀総長!ロシア政府からの電信です!本日午前8時半に電話局を爆撃するとの事です。民間人を直ちに退避させろと言っています」


「電話局を爆撃だと!?ふざけるな!電話局周辺に機関銃を配置しろ!」


「し、しかし参謀総長。あと30分では配置できません。それに小口径の機関銃ではロシアの航空機には無力です・・」


「だからどうした!電話交換手がいなくなったら市内の電話が使えなくなるんだぞ!やれるだけのことをやれ!絶対に電話局を守るんだ!」


 “どういうことだ?なぜ電話局だけ?”


 ロシア軍は高性能な爆撃機を持っていることは間違いない。それなのに何故かベルリンには一度も爆撃をしていなかったのだ。爆撃が確認されたのは艦船や戦闘部隊にだけ。ロシア皇帝のアナスタシアは民間人の犠牲を極端に嫌うという噂は聞いている。それなのに、ベルリンには参謀本部や軍事拠点があるにもかかわらず民間人の勤務する電話局を最初に爆撃するというのがどうにも腑に落ちないのだ。たしかに市内の電話網は麻痺するのだろうがそれが戦局に影響するとは思えない。


 8時30分


「ロシア軍の航空機です!およそ50!いえ、後続にも同規模の編隊!」


 東の空から現れたロシア軍機は艦隊で言えば単縦陣のような編成で侵入してきた。そして数珠つなぎのような状態で、電話局にだけ急降下爆撃を始める。


 爆撃予告から30分では市内の部隊の配置転換もままならなかった。すぐに電話局に退避命令を出せば職員の命は助かったのだろうが、電話交換が出来なくなることを恐れたファルケンハイン参謀総長は退避命令を出さなかった。全く無防備な電話局はロシア軍の爆撃によって跡形も無く消え去ってしまったのだ。中に居た300人の職員と共に。


 11時30分


 電話局が爆撃されて以降市内の電話は完全に麻痺してしまい、各政府機関や消防警察との連絡も取れなくなってしまっている。無線機の配備された部隊とは連絡が取れているが、その無線機の数もそれほど多くは無く馬に乗った伝令兵が行き交うような有様になっていた。


「何だ!また爆撃か!?」


 参謀本部にいたファルケンハインは北東方向から聞こえてくる音に驚き立ち上がった。数時間前、電話局が爆撃されたときと同じような音が北東方向から聞こえてきたのだ。だが、電話局の爆撃よりもかなり音が小さい。距離は少々あるようだった。


 そして、参謀本部に信じられない電信が届く。


「はぁ?ヴァイセンゼー病院付近でロシア軍と交戦に入ったぁ?」


 ヴァイセンゼー病院と言えばベルリン市街の北東の端にある大きな病院だ。ベルリン中心から直線で6キロほどしか離れていない。そんな場所にロシア軍が現れたなど俄には信じられなかった。


 しかし、確かに爆発音は聞こえてくる。よく聞くと機関銃の発砲音もする。何者かと交戦していることは間違いなさそうだ。


「ロシア軍のはずはないだろう!友軍の同士討ちじゃないのか!?確認させろ!」


 士官を再確認に走らせたが次に入ってきた連絡にファルケンハインは自分の耳を疑った。


「グライフスヴァルダー通りをロシア軍の陸上戦艦が進軍しているだと?」


 グライフスヴァルダー通りと言えばベルリンで最も広い通りの一つだ。中心市街から放射線状に伸びる街道の一つでここから3キロほどしか離れていない。


「バカな・・・陸上戦艦・・・・だと?」


 電話は全く使えない。無線も混乱していてまともな報告は何一つ入ってこなくなっていた。しかし、ファルケンハインは状況が急激に悪化していることを肌で感じ取っていたのだ。


 参謀本部の窓から外を見ると、通りは北東方向から逃げてきたと思われる市民であふれかえっていた。みんな必死で南西方向に走っている。そして大砲の爆発音がどんどん近くなっていた。


 電話が生きていれば郊外に現れたドイツ軍の一報がもっと早く届いたかも知れない。少なくともあと数十分は早く対応が出来たはずだ。ロシア軍はその数十分を稼ぎ出すために電話局を爆撃したのだ。


「王宮を守れ!出来るだけ兵を集めて皇帝陛下をお守りするんだ!くそっ!電話局を爆撃したのは市街戦に向けて通信を妨害するためだったのか・・・」


 しかし、ファルケンハインの命令はあまりにも遅すぎた。いや、ロシア軍の侵攻があまりにも速すぎたと言うべきだろうか。もはやその命令はどの部隊にも伝わること無く主要政府機関や王宮が制圧されてしまった。


 ◇


「世はドイツ皇帝ヴィルヘルム二世である。昨年夏より始まったこの不幸な戦争によって、我がライヒ(帝国)の若者が多く死んでしまった。さらに食糧事情の悪化により銃後の国民にも厳しい生活を強いてしまっている。世はこの状況を鑑み、協商国と講和することを決意した。前線にいる兵士諸君よ。君たちは祖国のためによく戦ってくれた。しかしその戦いは今この時点で終わったのだ。銃を置き、ハイマート(故郷)へ戻れ。これはドイツ帝国皇帝ヴィルヘルム二世の勅命である」


 それは突然のラジオ放送であった。それほど多くの家庭に普及しているわけでは無いが、それでもドイツ全域で10万世帯以上がラジオ受信機を持っていた。また、前線の軍用無線機でもラジオ放送を受信できる。そして、そのラジオによってドイツ国民は初めて皇帝の声を聞いたのだ。


「皇帝陛下。なかなか良いスピーチでしたぞ。これでドイツの若者が愚かな皇帝の為に死ななくてすみますな」


 ドイツ帝国王宮に設置されたラジオ放送設備の前でヴィルヘルム二世は首をうなだれていた。その周りには皇后のアウグステと何人かの皇族が集められていて、濃い緑色の軍服を着たロシア軍人達に銃を突きつけられている。


「くっ、卑怯者め。家族とベルリン市民を人質に取って何を偉そうに」


 王宮を制圧した部隊を指揮しているのはアナスタシア親衛隊のアガペーエフだ。ナナヨンシキ戦車によってベルリン中心街を制圧し、後続のトラックによって歩兵3万が投入された。新開発のサブマシンガンで武装したロシア兵に対峙したドイツ軍は小銃の使い方にも慣れていない新兵ばかり。しかも指揮命令系統は混乱を極めていてドイツ軍は組織的な防衛を一切出来ずに壊滅してしまったのだ。


 ◇


 1915年2月8日

 ベルリン中心部から南に4キロほどの場所にあるドイツ軍練兵場


 直径3キロほどの円形をした練兵場に、ロシアの国章を着けたイチシキが着陸してくる。そのイチシキはゆっくりとタキシングをして練兵場本部ビルの前で停止した。


 ロシア軍人がタラップを押してイチシキに取りつけた。そしてドアが開き、ロシア陸軍元帥服を纏った一人の可憐な少女が今ドイツの地に降り立った。


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― 新着の感想 ―
477話初登場のウラジミール・アガペーエフ。おそロシアらしくない甘い顔立ちの将軍ですね。 帝政ドイツ版玉音放送。厚木マッカーサーみたいな聖女様。 昭和帝のような潔い振る舞いをカイザーは(以下略)
鮮やか過ぎて、英仏がロシア脅威と見なしそうだ。
更新お疲れ様です。 遂にドイツが降伏しました! なんだかロシア帝国軍は、史実のドイツの電撃戦の勢いですね(笑) アナスタシア皇帝陛下がドイツの地に降り立って、まずは一歩前進という感じかな? さて残…
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