鉄血女帝アナスタシア 第六十八話
1914年
11月16日
セルビア 首都 ベオグラード
この当時、ベオグラードの北側を流れるドナウ川がオーストリアとの国境になっていた。そして、ドナウ川北岸に集結したオーストリア軍はベオグラードを占領するべく305mm迫撃砲を用いてベオグラード市街を砲撃していたが、ほとんど効果を上げることが出来ていなかった。しかも305mm迫撃砲弾は非常に特殊な砲弾で数も少なく、すぐに撃ち尽くしてしまう。砲撃の支援も無くドナウ川を敵前渡河するのはあまりにも危険であったため、オーストリア軍はベオグラードの西方を迂回して進軍する事にした。そしてボスニア・ヘルチェゴビナ総督兼オーストリア・バルカン軍団司令官オスカー・ポティオレクの指揮によって総攻撃が始まった。
この頃になると隊列を為しての進軍は不効率で危険という認識が浸透し始めていたのだが、機関銃を配備しているフランスやロシアと違い装備が整っていないセルビアに対して散兵戦術は不要と判断してしまう。
そしてそこにセルビア支援の為にロシア軍のキュウナナシキ攻撃機隊合計120機が襲来する。
40機の大隊が三個編成で、一気に襲いかかったのだ。キュウナナシキの翼下には250キロ爆弾が三発装備されている。そして投下された爆弾は地上40メートル付近で爆発し大量の鉛玉をばらまいた。ベオグラード西方の平原を進む40万のオーストリア軍は空からの攻撃に対して大混乱を極め、見るも無惨に壊走してしまったのだ。さらにロシア軍キュウナナシキはオーストリア軍の補給線を断つべく鉄道網の爆撃を開始した。鉄道の寸断箇所は150カ所にも及び、オーストリア・バルカン軍団は補給も撤退も出来ないまま約2万人が死亡、9万人が捕虜になるという大敗を喫してしまう。そして現地司令部も爆撃されポティオレク司令を含むほとんどの高官が死亡した。
◇
1914年12月20日 サンクトペテルブルク 軍需省
「是非ともロシアの高性能な航空機を我がフランスに売却して頂きたい」
バルト海会戦以降フランスやイギリス・日本から航空機を購入したいとの交渉団が毎日の様に訪れていた。
「西部戦線でもロシアの爆撃機があれば戦況をもっと有利に出来ます。フランスの若者を助けると思って爆撃機を売却もしくは部隊を派遣してもらえないでしょうか」
ロシア軍は配備の進んだキュウナナシキとイチシキによって、ベルリン以東の鉄道網の寸断に成功していた。その為、ドイツ軍は東部戦線において満足な活動が出来なくなっている。ロシアが潜入させている協力者からの情報では、ドイツ兵は防寒装備も食糧も無く凍死者が出始めているということだった。それに比べて西部戦線では補給線も健在で激しい塹壕戦が繰り広げられていた。8月から始まったこの戦争はまだ五ヶ月足らずしか経過していないにもかかわらず、フランス軍・イギリス軍併せて60万もの死傷者を出していたのだ。
「申し訳ありません、オドラン特使。全力を挙げて増産しておりますが我が軍でも行き渡っていないのが現状です。現時点で部隊を派遣することは出来ません」
「で、では一機だけでもお願いしたい。ライセンス生産を許可して頂ければ生産は我がフランスでも出来ます」
ロシア軍でもまだ十分に足りていないことは理解できる。それならばライセンス生産を許可して貰えないかと交渉するのだが返事はいつも同じだった。
「フランスの植民地を数年以内に独立させるという確約をいただければすぐにでもご提供できます。ライセンス生産も許可すると皇帝陛下から下知されております。しかし貴国は植民地の独立を確約できないのでしょう?そうであれば残念ですが返事は同じですよ」
ロシアの航空機を希望する協商国に対してロシアは植民地の独立を要求していた。武力によって他民族を支配するのは看過できない。植民地を独立させれば供与するという内容だ。日本に対しては露日永久平和条約の締結と満州・朝鮮からの撤退を提示した。これらの提示は極秘で行われ公にはなっていない。
「そこを何とかお願いできないでしょうか?私からも政府に働きかけます。何とぞ聖女レーニナ様のお慈悲を」
「皇帝陛下は“武力によって他民族を支配しているような国はドイツの武力によって支配されれば良いんじゃないの?私、別に困らないし”とおっしゃられています。皇帝陛下の全人類への博愛は本物なのですよ」
◇
サンクトペテルブルク 王宮
「どうして植民地を独立させるって約束が出来ないのかしらね。そうすれば自国の若者がこれ以上死ななくてもすむというのに。自国の若者の命より植民地支配の方が重要なのかしら?どうにも理解できないわ」
フランスとイギリスはこの五ヶ月足らずで60万もの若者が死傷してるのよ。どうしてこんな馬鹿げた事を続けられるのか不思議で仕方ないわね。と言っても前世のロシアも同じように若者の命をすりつぶしていたのだけど。本当に愚かで悲しいことだわ。
「植民地には国や大企業が相当額を投資してますからね。その資金や植民地から収奪できる富を手放したくないと言うことですよ。政治家や資本家にとっては、自国の若者の命より自分の財布の方が重要なんです」
「ねぇ蒼龍。戦争が終わったら若者の命を犠牲にした資本家や為政者をみんな吊しちゃってもいいかしら?」
「過激ですね。それって“パンと平和と土地を”って叫んだレーニンと同じですよ」
「そうね。1917年のレーニンの本音は解らないけど、今ならレーニンのやったことが少し理解できるわ。お父様は無謀な戦争をやり続け内政はラスプーチンとお母様に丸投げ。あげく食糧不足で餓死者が溢れるようになったら私でも革命しちゃうわね。若者や弱い人たちに犠牲を強いてきた皇族や貴族を処刑したくなるのも解るわよ」
ちなみにレーニンは今スイスに潜伏しているので放置している。ロシアの国内が安定してるのでボリシェヴィキの活動は下火のままなのよね。スターリンのほうは暗殺も考えたけど、悪魔が別の人物に乗り換えると把握が困難になるから監視をしつつ泳がせてる。もちろん蒼龍に接近させないように細心の注意を払ってるわ。
「資本家はお金を儲けて雇用を増やすことも仕事の一つですよ。違法なことをしていたのなら別ですが、富を独占しただけで死刑にすると社会の混乱を招きます。税制によって富の再分配を図るようにしましょう。有能な人間は利用した方が得ですよ」
私の前世で一次大戦にアメリカが参戦した理由の一つが、もしフランスやイギリスが負けたら貸付金の回収が出来なくなるからだったのよね。貸付金の回収のために自国の若者を30万人も死傷させたのよ。私だったらそんな理由で自国の若者を死地に送るなんて絶対にしないけどね。
「冬期攻勢へ向けての準備はどう?参謀本部は今すぐにでも大丈夫って言ってるわよ」
ドイツ侵攻の中核となる機甲部隊の訓練はウラル山脈の近くでしてるのよね。冬期攻勢を見越して雪の中での訓練よ。春になると雪が溶けて泥濘湿地になっちゃうから戦車が動けないのよね。この時代、アスファルトで舗装された道なんて皆無に近いし。だから地面の凍ってる1月下旬に大攻勢をかけるのよ。少しでも早くドイツを降伏させたらそれだけ犠牲が少なくてすむわ。私も出来るだけ早く実行に移したいんだけど、拙速にして犠牲が増えると本末転倒だからね。
「練度は十分だと思いますよ。輜重部隊の六輪駆動車や半軌道トラックも揃いましたしね。ところでベルリンを占領したらアナスタシアも乗り込むんでしたっけ?本当に行くんですか?」
「当たり前よ。ベルリンになだれ込んだロシア兵が不埒なことをしないように監督するのよ。蒼龍の前世であったようなベルリンでの大量レイプ事件なんか絶対許さないんだからね」
次回更新は水曜日の予定です




