鉄血女帝アナスタシア 第五十四話
1914年3月
ロシア国際戦略研究所
「蒼龍、こんな遅い時間に何をやってるんだい?」
「ああ、ルスランか、キミもやってみる?“平安京エイリアン”だよ」
私は蒼龍のデスクに紅茶のカップをそっと置いた。蒼龍が内線で侍女に紅茶を持ってくるように依頼を出したのを聞いて私が持ってきた。今では研究所や王宮には内線電話が敷設されて、なにかあればすぐに連絡が出来るようになっている。交換手も無しにダイヤルを回すだけで相手に繋がる電話なんて本当にすごい技術だ。
「すごくおいしい。これはルスランが入れてくれたの?」
蒼龍に教えてもらって紅茶の入れ方もかなりうまくなったと思う。最近では“すごくおいしい”って良く褒めてもらえるようになった。
皇帝陛下と蒼龍が東京で出会ってから、蒼龍が一番力を入れたのが真空管の開発だった。既にアメリカやイギリスでは実用化されていたらしいけど、その品質を徹底的に向上させることを要求された。それと小型化。蒼龍からの設計図や仕様書で、父の工場で生産が始まって大量生産のラインも完成している。蒼龍がクーデターの後工場を見学したときに工場長の兄のことをものすごく褒めてくれたらしい。私は入院していて同行できなかったのが残念だったけど。本人はコミュ障って謙遜するし皇帝陛下はいつも“あのクソ野郎”って罵倒するけど私には全然そんな風に思えない。見た目こそまだ幼さを残してはいるけど、中身は立派な大人だ。それに、私の命を救ってくれた大恩人でもある。
「そこの右の十字路に穴を掘るんだよ。そうそう、いいね、エイリアンの動きが読めてる」
蒼龍も皇帝陛下には意地悪なことを言うけど、私にはいつも優しく教えてくれて良く褒めてくれる。今日も蒼龍の開発したコンピューターでゲームを教えてもらいながら、このゲームに通じるチェスプロブレム(詰将棋)や戦略的な考え方を私に説明してくれた。皇帝陛下は「自分の知識を自慢したいだけのクソ野郎よ。本当に器が小さいわ」なんて悪態をつくんだけどそんな事は無いと思う。
「すごいね、こんな短期間でこんな機械まで作り上げるなんて」
蒼龍が使っているコンピューターも、本当なら50年後の技術らしい。ただし“半導体”という物が開発できてないので真空管で代用している。コンピューターの本体は隣の部屋にあって、そこには外から冷たい空気が常に送り込まれていて送風機の音がうるさいくらいだ。
「ルスランのお兄さん達のおかげだよ。オレの仕様書を良く理解してくれて、高品質な真空管やキャパシタやブラウン管を作ってくれたから実現できたのさ。オレは知識があるだけのただの男だよ」
コンピューターを実現する為の技術はこの時代にも存在していて、あとは工夫と組み合わせだけで何とかなるって蒼龍は笑う。でもそれを何とかする蒼龍は本当にすごいと思うけど、彼はいつも謙遜する。皇帝陛下に対しては「そんな事も知らないんですか?」とか「年齢だけ重ねても中身は成長してないんですね」なんて意地悪を言うんだけど、でも、それって仲がとっても良いって事なのかな?そんな事を思うとちょっと胸が苦しくなる。
「家族のことを褒めてくれてありがとう。私にとってはそれが一番嬉しいよ。このコンピューターで弾道計算をするんだよね。これで戦争が起こってもロシアが負けるようなことは無くなるね」
皇帝陛下と蒼龍は世界を平和に導くための計画をいつも相談している。私には解らないことが多いのでちょっと悔しい。でも、私が質問すると蒼龍は丁寧に説明してくれる。本当に優しい人だ。
「戦争に勝つことだけが目的じゃ無いよ。電子技術は人間を安全で豊かにしてくれるんだ。それが本当の目的さ」
誰もが瞬時に世界中の誰とでも通話が出来て情報を共有できる世界が来るらしい。戦争や餓えや差別も無く、ほとんどの病気が征圧されて人間は死の恐怖から解き放たれる。そして夜空に輝く星に人間は移住するようにもなるって。皇帝陛下もそうおっしゃるけど私にはまだそこまでの想像が出来ない。でも、皇帝陛下と蒼龍と一緒にそんな世界を目指せることを私は誇りに思っている。
「全ての子供たちが自分の未来を何の心配も無く自由に選べる世界にしたいんだよ。オレが生きていた時代じゃ、先進国の多くがもうすぐ手が届くって状態だったんだ。でもアナスタシアの世界ではそれがほぼ完全に実現できてたんだよ。夢があるじゃないか。オレ達で頑張って、そんな世界をすぐにでも実現しよう。必ず出来る」
蒼龍は夢を私によく語ってくれる。それは子供たちが笑顔で未来を掴むことの出来る世界の夢ばかりで話し始めるとなかなか終わらないんだけど、私は蒼龍の夢を聞くのが大好きだ。いつも子供のような笑顔で語ってくれる。実際12才の姿なんだけど。蒼龍と一緒に居ると、そんな未来がすぐそこまで来ているような気になってしまう。
「ん?どうしたんだい?ルスラン」
「いや、何でもないよ、蒼龍。あんまり遅くまで無理をしないでくれ。明日からハリコフへ視察だよ」
私は微笑みを返して部屋を出る。
願わくば・・と思わないことも無い。世界の子供たちの明るい未来。その子供たちに私たちの子供が含まれていたらどんなに素敵なことだろう。私だってもう20才になったのだ。でも、それは叶わない夢。普通に走ることも出来るくらい回復したけれど、私の両足には手術の跡が大きく残っている。こんな醜い姿を蒼龍に、治療じゃ無い特別な事で見せることは出来ない。




