鉄血女帝アナスタシア 第五十三話
1913年11月3日
延び延びになっていた私の戴冠式がモスクワのウスペンスキー大聖堂で行われた。私にとって二度目の戴冠式ね。一度目は戴冠式の後、勝巳との結婚を発表したんだっけ。もう80年以上前の記憶だわ。レナ事件の後も何回か勝巳と文通をしたんだけど、クーデターを起こして以来勝巳から手紙が来ていないの。私も立場があるから出してないんだけど、勝巳も遠慮してるんだろうなぁ。私がお父様達を追放したことをどう思ってるんだろう。軽蔑されちゃったかな。ああ、勝巳に逢いたい。
このウスペンスキー大聖堂はクレムリン宮殿の中にある聖堂で、代々の皇帝がここで戴冠式を執り行っている。私の記憶だと蒼龍が飛行艇で爆撃したときに破損して、その後のクレムリン攻防戦でほとんど崩れちゃったのよね。戦後に一応修復したけど。今世では出来るだけ文化的な遺産は残したいものだわ。人類の叡智と愚かさの記憶よ。
お父様の戴冠式では雑踏事故が起きて何千人も死んじゃったけど、今回は警備を厳重にして問題なく執り行われた。赤の広場で私はロシア国民の所得を2年で2倍、4年で4倍にする事を神に誓ったわ。所得倍増計画よ。後で大司教様に小言を言われたけど。神聖な戴冠式でお金のことを一番に訴えるのは前例が無いって。国民の生活向上を願うことのどこがダメなのよ!小一時間こんこんと問い詰めてやろうかと思ったわ。
舞踏会
パレードの後、英国大使の主催で舞踏会が催された。主賓はもちろん私なんだけど、パートナーが居ないのよね。普通戴冠式をする皇帝には配偶者が居るものなんだけど、残念ながら私はまだ12才なの。家族や大公たちもみんな追放しちゃったし。ということで、今日はシャール・アズナヴール(蒼龍)をパートナーにしているわ。仮面に赤い軍服が似合っててちょっとかっこいい。男の人って仮面で顔の一部を隠すだけで何故かかっこよく見えるのよね。当社比で30%アップくらい。それにかなり底の厚いブーツを履いてるから身長170センチ以上あってスラッとしてる。うーん、やっぱりかっこいいわね。シャールは「ルスランをパートナーにすれば良いんじゃないですか?」って言うけど、ルスランは周りを警戒したいから従者として参加しますだって。クソ真面目な女ね。そんなところも大好きよ、ルスラン。でも、蒼龍に見とれてちゃダメだからね。
「お目にかかることをお許し頂き光栄にございます皇帝陛下。ウェールズ公爵エドワード・デイヴィッドです」
駐露英国大使が一人の青年を連れてきた。二十歳くらいのその青年はウェールズ公爵の称号を名乗って完璧な貴族の礼をとる。英国の皇太子、エドワード・デイヴィッド・ウェールズ公爵ね。5年ほど前に一度イギリスで会ったことがある。ほとんど記憶に無いけど。後に英国国王エドワード8世になる人だわ。この人の戴冠式には私が直接赴いたのよね。
「ウェールズ公、お久しぶりです。今日はこのような素敵な舞踏会を催して頂き感謝に堪えませんわ」
公女の身分だったらカーテシーで礼をとるんだけど、皇帝になってからは誰かに頭を下げるようなことは無いので言葉だけでの返答になる。12才の少女が偉そうな態度を取るのはとっても悪役令嬢っぽいんだけど、一億ロシア国民の代表なんだから堂々としないとね。
私が挨拶をする傍ら、隣に居たシャールは一歩下がって頭を下げた。貴族の礼儀も完璧ね。
「皇帝陛下、今まで通りデイヴィッドとお呼び下さい。それと、そちらの方は?今日はマスカレード(仮面舞踏会)では無いはずですが」
デイヴィッドが顔をこっちに向けたまま、ちょっとだけ視線をシャールにずらした。なんだかシャールに敵意を持ってるような雰囲気があるわね。私の隣に立っているシャールが気に入らないのかしら。
「これは失礼しましたわ。こちらは今日の私のパートナー、シャール・アズナヴール男爵子息です。サンクトペテルブルクで私を庇って顔に火傷をしてしまいましたの。お目汚しにならないようマスクをする事、お許しいただけますかしら?」
「そうでしたか。アズナヴール男爵ということはグルジア(現ジョージア)かアルメニアの方ですか?」
さすが英国の皇太子ね。こういう民族的な家名にもちゃんと精通しているのね。それとも、事前に調べさせたのかしら?
「ええ、アルメニア出身ですのよ。さすが七つの海を支配する大帝国を継ぐ方でいらっしゃるわ。珍しい家名もご存じなのですね」
「ははは、世界中に植民地を抱えているといろいろな名前に出くわすことがあるので。アジア系のお顔立ちだったのでてっきり従者か護衛だと思っていました。今日のパートナーでしたか。大変失礼しました。しかし皇帝陛下は多趣味でいらっしゃいますね」
あー、そういえばこの男、オーストラリアでアボリジニに会ったとき“最も醜悪で猿に近い生き物”って吐き捨てるヤツだ。急に思い出しちゃった。ヒトラーとも仲良しだったはず。生粋のレイシストだわ。シャールが黒髪で白人に比べて鼻が低いからアジア系って思ってバカにしてたのね。それに多趣味って、アジア人をダンスパートナーにしてることを趣味が悪いって言われてるのよね。これくらいのイヤミなら私でもわかるわよ。ムカつくわね。宣戦布告してやろうかしら。
「ええ、私のダンスパートナーには本当に優秀な人間しかなれませんの。ですから、このシャールは今モスクワにいる誰よりも全てにおいて圧倒的に優秀ですのよ。それこそ、私の隣に立つことが許されるくらいに」
私は目をちょっと細めてデイヴィッドを見た。そして少しだけ口角を上げて微笑みを送る。この笑顔の意味はわかるわよね。あなただって社交界で何年も活躍されていたのですから。そう、嘲笑の笑みよ。
「圧倒的に優秀?あなたの目の前に居るこの私よりもそのアジア人の方が優秀だと?」
眉根を寄せて私を睨んできたわ。感情をコントロールできない未熟者ね。私もだけど。しかし何を勘違いしてるのかしら?まさか自分にちょっとでも秀でたところがあるとでも思ってるの?
「あら、たてがみの飾りを被っただけの家猫や、紙の角を付けただけのロバとこのシャールを比較するようなことはいたしませんわよ。時間の無駄ですしなによりシャールに失礼だわ。ねぇ、シャール」
※イギリス王家の紋章はライオンとユニコーン。デイヴィッドの事をそのまがい物だとバカにした
両手の拳を思いっきり握ってプルプル震えてるわ。顔もまっ赤だし。怒りを何とか抑えようとしているのね。場をわきまえることくらいはかろうじて知ってたみたい。
「ふふ、あーはははは、さすが鉄血女帝と呼ばれるだけのことはありますね。あのルイス(バッテンベルク)を何度も殴り倒しているマリア嬢の妹君だけのことはある。そうやって前皇帝や家族を追放してあなたは何を求めるのですか?」
「不思議なことをおっしゃるのね。人類の有史以来、帝国の皇帝が求める物はたった一つしかありませんよ。それは民の安寧だけです。それを理解できない愚か者は“例え太陽の沈まない帝国であっても”玉座を追われて当然では無くて?国に帰ったらお姉様や弟によろしくお伝え下さい。アナスタシアは必ず国民を幸せにして見せますと」
◇
「ふう、嫌な思いをしたわ。そ・・シャール、ウォッカを持ってきてくれないかしら?」
「皇帝陛下、こんな事でいちいち怒ってたら気が休まりませんよ。愚か者には理屈じゃ無く力で解らせてやれば良いんです。今はそんな世界でしょ?それとウォッカはダメですよ。成長期の脳に悪影響です。フルーツジュースを持ってきますね」
弟のアルバート(ジョージ6世)はいいヤツだったのに兄はクソだわ。蒼龍をバカにしたことはぜったいに許せない。私の力で大英帝国を解体して吠え面かかせてやる。楽しみが一つ増えたわね。




