鉄血女帝アナスタシア 第五十一話
クーデター成功の直後からドイツやアメリカに対して旋盤やフライス盤の大量発注をかけていた。フランスにはボーキサイトと航空機、オランダには天然ゴムを大量注文よ。早期に納品してくれるんだったら市価の1.5倍を出すって言ったら喜んで契約してくれたわ。発注から一ヶ月半が経過して、これらの物資がどんどん入荷し始めた。この手の工作機械や戦略物資はいくらあっても困らない。すぐに使える技術者がいなくても集中的に半年くらい職業訓練すれば十分に使えるようになるらしいし、物資は備蓄が出来る。工作機械と物資さえあれば新しい工作機械を複製することもできるのよ。そして工作機械の数が揃ってきたら工業生産にブーストがかかるわ。農業機械や建設機械の製造も作業を分化させて流れ作業で出来るようになるのよ。ぜんぶ蒼龍から教えてもらったんだけど。
さらに蒼龍の設計によって100ccクラスの小型バイクの製造準備も始まってる。試作車を見せてもらったけど、私の前世で見たことのあるバイクだわ。確か世界で一番製造されたバイクのはず。ほとんど形の変わらないまま、20世紀中盤からは電動バイクになってた。スーパーなんとかって言うのよね。
製鉄所の拡充も始まった。今現在もいくつかの製鉄所が稼働中なんだけど、設備も古く生産量も十分とは言えないわ。ここは国費を投入したビッグプロジェクトよ。2年で生産量を今の二倍にする計画なの。これらの投資にかかる費用の半分くらいはシベリア鉄道株の上場益で賄った。残りの半分は建設国債の発行よ。財務大臣が財政規律ガーとか言って反対したけど無視したわ。クビになりたくなかったら私の言うことを聞くことね。もちろん物理的な意味よ。
この建設国債は国内の大貴族や資本家が大量に購入してくれた。金利もそれほど高くならなかったのは良かったわ。通常は国債の利息収入には税金がかかるんだけど、この建設国債だけは利息収入を非課税にしたの。名称は“マル優建設国債”。税金を少しでも払いたくない貴族や資本家が引き受けたのよね。あさましい限りだけどありがたいわ。でもね、経済発展と共にマネタリーベースも増加させて徐々にインフレ誘導していくから、国債は実質目減りするのよね。発行元の国にとってはとってもお得なのよ。国債を買った大金持ちにとっては損なんだけど。
1913年10月5日 ウクライナ ハリコフ蒸気機関車工場
本格的な冬を前に工場の増築が進められている。ドイツやアメリカに発注した工作機械も届き始めているわ。ここでディーゼル機関車および建設機械用の新型エンジン開発チームの結成式が行われるの。
「シトニコフ技師長。これが新型エンジンの設計図になります。部品の製造方法や合金の作り方も詳細に記述しているので、このエンジンを半年以内に完成させて量産行程も確立してください。あなたの能力なら必ず成功すると私は確信しています」
私から直接設計図の束を受け取る技師長の顔はプレッシャーで引き攣ったようになってるわ。設計図があるとは言え新型エンジンを半年で完成なんて無茶ぶりもいいとこよね。
「何の心配もありませんよ。人材や資材は必要なだけ、いえ、必要以上に用意しますわ。半年で完成できるんでしたら無駄が出ても問題ありません。これは国家存亡をかけたプロジェクトだと思って下さい。完成を最優先でお願いします」
シトニコフ技師長に作ってもらうのはV型10気筒空冷2ストローク・スーパーチャージド・ディーゼルエンジンだ。それと同時に別チームで35トンクラスの無限軌道ブルドーザーの車体も開発してもらう。トーション何とかサスペンションを装備して不整地でも時速50キロで走行出来る高性能ブルドーザーよ。表向きはだけど。蒼龍の前世で“ナナヨン”って呼ばれてたんだって。設計図はもちろん蒼龍が準備してくれたわ。構造を簡略化したから今現在のロシアの技術でも出来るだろうって言ってた。ターボは難しいからそこをリジョル?なんとかチャージャーに置き換えてるんですよとか本当は“ちょうしんちせんかい”も実現したかったんですけどねとか得意げに説明してくれたんだけど、私にはチンプンカンプンだわ。相手が理解していない話を得意げに続けるのは止めた方がいいわよ。こういうのをオタク気質って言うのよね。でも隣のルスランは尊敬の眼差しで見ていたわ。恋は盲目ってよく言ったものね。
◇
サンクトペテルブルク 国営ロシア=バルト工場飛行機設計部
「皇帝陛下、よくぞお越し頂けました」
私は航空機開発を依頼するためにシコールスキイ技師の下を訪れた。この人はロシア革命の後アメリカに亡命して飛行機の開発をする優秀な人なのよね。
「シコールスキイ技師のご高名は伺っておりますわ。今は世界初の4発機の開発をされているとか。我がロシア帝国の誇りです」
「光栄にございます。11月中の初飛行を目指して最終組み立て中です」
私たちはシコールスキイ技師に案内されて工場の中へ入っていく。そこには全幅34メートルもある巨大な複葉機の骨組みが鎮座していた。この時代にこんなに大きな飛行機があったなんて知らなかったわ。ロシアの技術って本当はすごいのかも。
「シコールスキイ技師、実は国家プロジェクトとして作ってもらいたい飛行機があるんです。詳細な設計図は私の国際戦略研究所で用意しています。まずは見て頂けますでしょうか?」
自分で設計した4発大型機の初飛行目の前なのに申し訳ないなぁとか思いながら設計図の束を手渡した。ここは個人のプライドより国家の存亡を優先してもらおう。
「これが・・・航空機の設計図・・・・・・・」
シコールスキイ技師は設計図をめくっていくに従って手がプルプルと震え始めちゃった。やっぱり自分がやってるプロジェクトを完成目の前で中断させられたら怒るわよね。
「皇帝陛下!!」
「あ、そのシコールスキイ技師、あなたの気持ちはよくわかるわ。あなたが心血を注いだ飛行機の方を優先したいのよね。で、でもね・・・」
「皇帝陛下!すごい!すごい飛行機だ!これを私にやらせてくれるんですね!これを設計したのはどんな天才ですか!本当にこれが実現できるんだったらロシアが世界の航空業界を牛耳れますよ!!」
シコールスキイ技師が好意的に受け取ってくれたのは良かったわ。でも興奮して激しくツバを飛ばすのは止めて欲しい。なんかシコールスキイ技師のツバが私の口の中に入ってきたわ。ちょっと私の純潔が汚されたような気がするんですけど。
蒼龍が提供した設計図は“レイシキ”“キュウナナシキカンコウ”と“イチシキリッコウ”って飛行機らしい。日本語の発音ってどうにも違和感があるんだけど、どんな意味だろう?
エンジンやアルミのプレス装置にリベットや油圧装置の開発も平行して行うから、総勢7000名の体制よ。工学系の大学生や優秀な技師達をかき集めてきたわ。
パイロットはとりあえず今ある飛行機で養成ね。来年の夏までに2000人のパイロットを揃えることが目標よ。
次回更新は月曜日です。




