鉄血女帝アナスタシア 第四十六話
1913年8月16日12時30分
王宮庭園
「・・・・・・・・全ての国民に神のご加護があらんことを!」
「「「ウラァァァァァーーーーー」」」
「「「鉄血女帝万歳!!!」」」
「「「聖女レーニナ万歳!!!」」」
◇
「ふぅ、さすがに疲れたわね。ルスランは大丈夫?昨日から一睡もしてないんじゃないの?」
王宮庭園の演説で、私は国民を豊かにすると神に誓った。そして人頭税の完全廃止と農業共同体の改革、貴族特権の廃止、20才以上の男女全てに参政権を与えると発表してサンクトペテルブルク市民からは好感を得たと思う。地方政庁の掌握にはまだ時間がかかると思うけど、まずは首都とその周辺を固めないとね。陸軍の大部分はサンクトペテルブルクや西部の都市に集中してるし。
「皇帝陛下の“人民を愛する皇帝による人民の為の政治を誓う”の所は特に感動しました。市民の反応も良かったと思います」
演説の草稿は数ヶ月前に蒼龍に作ってもらってたのよね。こういう文章を作らせたら本当に天才的だと思う。本人は“いろんな人からのパクりですよ”って謙遜してたけど。そういえば“歴史的瞬間に立ち会いたいので決起の前には教えて下さいね”って言ってたけど、正確な事は何も連絡してないわね。暗号文とは言っても、万が一情報が漏れたら大変だし。本当は連絡するのを忘れてただけなんだけど。後で謝っておこう。
「ミフネヴィッチ参謀総長からは恭順の意思表明がありました。15時から王宮で会談の予定を入れています。各軍管区で、現状明確に反乱の意志を示している所はありません」
私の前世のロシア革命はかなりの混乱をもたらして内戦になっちゃったけど、今回は周到に準備をしていたから今のところ大きな混乱は無さそうで良かったわ。王朝の名前は変わるけど、お父様から私に皇帝が代替わりしただけとも言えるからね。
王宮の中は侍女達が慌ただしく動き回っている。王宮にある備品や調度品の目録を作ってもらっているの。今現在は目録として管理していないから何かが無くなっても気付かない。どさくさに紛れて持ちだすヤツがいないとも限らないからね。全部国有財産なんだからきっちり管理しなきゃ。不要な物は全部オークションにかけて売却益は国庫に入れよう。でも、お姉様達が大切にしていた物だけは、あとでイギリスに送ってあげるからね。
「お前!何を!?」
パンパン!!
「えっ?何?」
荷物の片付けをしていた侍女にルスランが突然体をぶつけた。そしてその直後、やけに軽い銃の発砲音が廊下に響き渡る。
40才くらいの侍女は抱えていた荷物を床にばらまいて仰向けに倒れた。そしてルスランが馬乗りになって侍女の腕を押さえつけている。
銃声を聞いた衛兵が駆けよってきた。そして状況を見てルスランと一緒に侍女を押さえつけ、その手から拳銃を奪い取る。
「皇帝陛下!大丈夫ですか!?お怪我は?」
襲ってきた侍女は衛兵に任せてルスランが私に近づいてきた。ルスランは私の体を両手で触って何処にもケガの無いことを確認してくれた。
「よかった。どこ・・にも・・ケガは・・・・」
「えっ?ルスラン!ルスラン!」
ルスランが膝を落として両手を床についた。その下の床には赤い液体が広がっている。
「嘘でしょ!ルスラン!ルスラン!」
「大丈夫ですよ、皇帝陛下・・・」
「すぐに医者を!お医者様を!」
“どんな犠牲を払っても、例え何万人殺したとしてもロシアの実権を手に入れる”
確かに私はそう誓ったわ。どんな荊の道だったとしても、どんな犠牲を払ったとしてもロシアを救うって。だから民衆に犠牲が出ることを厭わずクーデターを起こした。そして家族の生活を台無しにして追放したわ。これはその罰?何百人もの市民を犠牲にしてしまった罰だというの?でも、でも、どんな犠牲を覚悟していたとしてもルスランだけは嫌!絶対に嫌!ルスランだけは犠牲にしたくない!
私はルスランを横にして傷口を確認する。どうやら左足の付け根あたりから出血をしているようだ。そこのズボンが裂けていて、さっきの銃弾が当たったことを伺わせた。私は傷口を押さえて出来るだけ血が噴き出さないようにするので精一杯だ。
「皇帝陛下・・・申し訳ありません・・・最後の最後で失敗をしてしまいました・・・・どうかロシアを・・国民を救って下さい・・・・」
「嫌よ・・ルスラン・・・・嫌だ・・・おねがい・・・・」
ルスランの唇は紫色になっていて顔にはもう血の気が無い。ルスランの傷口を押さえている私の小さな手の隙間から血がこぼれだしている。
「皇帝陛下、ここは私たちにお任せ下さい」
「触るな!!お前達はルスランを治すことができるのか!?医者はまだか!」
心配した文官達が声をかけてきたが、医学知識の無い人間に代わったとしてもどうしようも無いのだ。医者が来るまでは私はここを動かない。絶対にルスランを助ける!
「ルスラン!目を開けて!これは命令よ!私の命令が聞けないの!」
お願い!神様お願いします!ルスランを助けて下さい!まだ私の命を差し出すことは出来ません。でも、ロシアを救った後は私の魂をどのようにして下さっても結構です!何でもします!だからお願い!
「コロトフ先生!こちらです!」
侍女が40才くらいの男を連れてきた。王宮の典医だったボトキン先生は今回のクーデターでアレクセイと一緒にイギリスに行ってしまったから、その代わりに来てもらっていた先生だろう。
「これは・・・圧迫止血をします」
先生は私をどかせて傷口ではなくて足の付け根を強く押さえた。すると血の吹き出し方が少なくなった。でも、意識を失っているルスランには何の変化も起こらない。
「これだけ押さえても止まらないのか・・・・」
「先生!どういうことですか?先生ならルスランを助けることが出来るんですよね!?」
「申し訳ありません。大腿回旋動脈の分岐の前で圧迫していますが血が止まりません。私も露日戦争に従軍しましたが、この傷で助かった兵士は残念ながらおりませんでした」
そんな・・・・
「嘘をつくな!ルスランが死ぬはずが無い!死ぬはずは無いんだ!!ルスランを死なせたら・・・・」




