鉄血女帝アナスタシア 第三十四話
チャフチンスキー鉱区の労働者達は、早速作業を再開するためにボイラーに火を入れた。石炭を燃やすからものすごい黒煙がでるのね。肺の中まで真っ黒になりそう。この時期は土が凍っているので、お湯で溶かしながら作業をするらしい。労働者達はずぶ濡れになって作業をして、就業の後は濡れた体のまま寒空を歩いて宿舎まで帰るそうだ。これじゃ体を壊すのも当然ね。この辺りの業務改善もしていきたいわ。
◇
「これがチャフチンスキー鉱区労働組合の要求書よ。労働者を募集したときの約束と法律を守ってくれる限り作業は続けるわ」
私は会社への要求書を蒼龍に作ってもらって組合の決議にかけた。そしてチャフチンスキー鉱区全員の同意を受けて管理事務所に持ち込んでいる。
「大公女殿下が組合の委員長?」
「そうよ。文句があって?」
組合が要求した項目は概ね以下の通りだ。
・労働時間 10時間の二交代制(夜勤有)
・夜勤の給与は3割増
・管理者による暴力や粗暴な言動の禁止
・罰金の禁止
・ルーブルでの現金支払い(社内通貨の禁止)
・食料の改善
・壊血病予防の為のキャベツやライムの提供
・日曜日と主要な祝日は休める(無給)
・勤務によってケガをした場合、医療費は会社負担とする。
・その他ロシアの法律の遵守
蒼龍に要求をまとめてもらったけど、これって今現在のロシアの法律に書かれている事がほとんどなのよね。ヤンコフスキー家から来た私兵の隊長さんにロシアの法律書を持参してもらってて正解だったわ。しかしこの程度のことも守れてないって事を肌で実感できて良かった。前世では何不自由の無い宮廷暮らしだったからこんな状況だったなんて知らなかった。革命後の人々の非道い生活は知ってたけど、革命前も十分に非道い。多くの国民を不当に虐げて搾取したお金でのほほんと生活してたんだから、革命は天罰だったのかも。でも、私や皇帝一家がその責任を取らされて殺されてしまうのは百歩譲って仕方が無いとしても、その結果何千万もの国民を殺されることを黙ってみているわけにはいかない。どんなことをしてもそれだけは防いでみせるわ。
鉱山事務所の責任者はこの条件を本社と掛け合ってくれるって約束してくれた。ただし、ルーブルでの現金払いは早くても一ヶ月以上先になるらしい。そもそもこの鉱山に現金はほとんど無く、用意するには時間がかかるそうだ。信じられないほどのブラック企業ね。
◇
「「「あ~た~らしい朝が来た、希望のあ~さ~だ、よろこ~びに胸をひ~ろげ~♪♪」」」
「みんな、おはよう!」
「「「おはようございます!皇帝陛下!」」」
毎朝鉱山に響き渡るのはみんなの歌声だ。これを歌った後に体操をして体を暖めるのね。最初はみんな戸惑ってたけど、今では体操で汗ばむくらい全力で取り組むようになったわ。
私は再稼働した鉱山に毎朝と毎夕行くようにしている。それ以外にも時間が許す限り鉱山に赴いて労働者のみんなに声をかけるようにしているわ。あれから一週間ほど経過したけど、大きな事故は無くみんな元気に作業をしている。安全第一で仕事をするように指導したからね。そうしたら現場監督がイライラして“作業を止めるな!もっと動け!”って怒鳴ってきたの。そりゃ安全を確認しながら仕事をするから、傍目には手順ばかり多くなって仕事のペースが落ちているように見えるわよね。でもね、蒼龍も言ってたけど事故で作業が止まったり怪我で熟練工が脱落する方がよっぽど損失が大きいのよ。安心安全に働ける職場こそ最終的には最も効率が良くなるの。その為にいろいろなルールを決めたわ。
「そこの足場!1メートル以上の所にはちゃんと手すりを作って!1メートルは一命取る(イチメイトル)のよ!油断しちゃダメよ!」
「それ、一人で持っちゃダメ!30キロ以上の物は必ず二人で持つようにね!重たい物を持ち上げるときにはもっと腰を落としなさい!前屈みになったら腰を痛めるわよ!腰は男の命でしょ!奥さん悲しむわよ!」
「ちゃんと帽子とマスクをして!あご紐もちゃんと締める!イワン!ちょっとこっちに来なさい!通路にこんな物を放置させないで!引っかかって転んだらどうするの!もっとKY(危険予知)活動を徹底させて!不安全行為を徹底的に潰していくのよ!」
こんな感じで蒼龍に教えてもらった安全確認を徹底させてる。あと指さし声出し確認もね。「右ヨシ!左ヨシ!安全帽ヨシ!マスクヨシ!ご安全に!」って全員で唱和をさせるのって気持ちが良いわ。始業前の体操ももちろん蒼龍の発案よ。
そしてチャフチンスキー鉱区の再稼働を知った他の鉱区のいくつかが同じように再稼働を果たした。この一週間で全鉱山の三割以上が私たちの方針に賛同してくれてる。主流派の切り崩しも順調だわ。さすが蒼龍。あいつってガチガチの反共主義者のくせに共産主義のやり方や労働争議・労働安全にやたらと詳しいのよね。“共産趣味者“だって言ってたけどどこでそんな情報を仕入れてたのかしら?
日が暮れて日勤の作業が終わり夜勤の人たちが坑道に集まり始める。設備の関係もあって夜勤の人数は日勤の半分ほどなんだけど、三割増の夜勤手当が出るから勤務希望者が多いのよね。みんな頑張るのは良いけど無理はしないでね!
「小さい皇帝陛下!今日も激励ご苦労さんです!」
「怪我も無く働けましたよ!皇帝陛下のおかげでさぁ!」
「良かったわ!明日も頑張って安全にね!」
「へいっ!皇帝陛下に応援されたらビンビンですぜ!」
「皇帝陛下がもうちょっと大きくなったらオレっちが喜ばしてさしあげますぜ!」
「それは楽しみね。どれくらいのモノか期待してるわ!私をがっかりさせないでね!」
私が言い間違えたせいで“皇帝陛下”って呼ばれるようになっちゃった。こういうノリって肉体労働現場特有よね。あと下ネタも。あのとき下ネタ全開で啖呵を切っちゃったから、私が幼女でも下ネタOKって思ってる節があるのよね。でもついつい釣られて下ネタで返しちゃうんだけど。
そんな下ネタの掛け合いをやってると時々ルスランが「姫様、今のはどういう意味でしょうか?」なんて真顔で聞いてくるから返答に困るわ。そういうときには蒼龍に説明してもらってるけど。あ、ダメよ!蒼龍!もうちょっとオブラートに包んで説明して!そんな卑猥な指の仕草しない!ルスランはまだ本当に乙女なのよ!
そんな感じで10日が過ぎたころ、ストライキ実行委員会の執行部が私たちを訪ねてきた。




