第22話 スタンディングオベーション
「あんたの制限時間は10分。
最初に言ってあったでしょ? 時間も守れないの?」
むかつく
逢坂は牧方さんを、あんた、呼ばわり。
「我々は忙しんだよ。タイムマシンとかオタクにつきあっている暇はないの。
さっさと、結論を出しましょう。
海洋生物研究所は削除。
よろしいですか?」
「異議なし!」「賛成!」「削除や~!」
アホ議員どもが絶叫する。
もう結論かよ
海生研の研究内容を聞こうともしない。
最初から削除のありきだ。
「どうぞ、ご自由に」
牧方さんのよく通る低い声が響いた。
「私たちは日本を出てゆくだけです。
トキオ丸でね」
「トキオ丸で?」
畑が反応した。
「はい。有安君も連れていきます。
トキオ丸は衛星リモートができます。喜んでついてきてくれるでしょう。
山上君は、どうしようかな」
山上さんは一緒に行くかな?
マミクトイのライブに参加できない。
「ちょっと待ちなさいよ。日本を出てゆくなんて、できるわけないでしょ。
あなたの研究所の船は国有財産ですよ。
あなたたちの勝手にできない」
蓮沼や逢坂は削除を勝手に決めていいの?
「違いますな。トキオ丸は海洋生物研究所の持ち物です」
牧方さんは落ち着いた声で答えた。
「国は財政難です。
トキオ丸は国からの交付金ではなく、海生研が大井に持っていたグランドを処分して作りました。
船の運営資金は民間の皆さんや企業様からの寄付金や研究成果、生きた魚を、売ったお金で賄われています。
国から頂いているのは、職員の人件費と建物の維持管理費くらいです」
ペットボトルを口に含む。
「海生研は惑星研や深宇宙研と同じく国立研究開発法人です。
国立研究開発法人は独立行政法人です。
総務省が定めている会計基準によりますと、不要になった独立行政法人の資産を処分する場合は、国からの支出による場合は国庫に戻すことになっていますが、民間から出資を受けた場合は、出資して頂いた方に払戻すことになっています」
難しい。
会場も静まり返っている。
「海生研の大井の土地や建物は国のものです。
どうぞ、ご自由に処分なさってください。
しかし、トキオ丸は国の財産ではありません。
海生研の活動を支援して頂いている方々、企業様の財産です」
よくわからないが素晴らしい。
牧方さんの弁舌は気概にあふれている。
「違うよ、大井のグラウンドは国の土地だったんだ」
逢坂が割り込んだ。
「それを売った金で作ったんだから、あんたのところの船は国のものだよ」
「失礼しました。
逢坂先生は、事情は、よくご存じですね。
海生研の大井の土地を買い取って大儲けした会社の弁護士さんでした」
牧方さんは逢坂に軽く会釈をした。
「今回のジャーナルをプロデュースしている文鳥社の顧問弁護士もされています。
文鳥社は戸山地区に塩漬けの土地を持っていて、再開発されることを、強く期待しています。
私、知っているんですけど」
牧方さんが口角を上げた。
「民活ジャーナルの会場設営の費用、運営は文鳥社が全て負担しています。
逢坂先生には文鳥社から多額の報酬が支払われるようですね」
逢坂の顔が真っ赤になった。
気持ちいい~!
バラエティ番組では王様の逢坂が形無し。
僕、知っているんだよねえ
定番を返された。
ざま~みろ。
「弁護士の方ならおわかりかと思いますが、このような先例のない事象には様々な解釈が生まれます。
結論が出るまでにはかなりの時間が掛かります。
あなたがたがどんな判断をしようと勝手ですが、その間は私たちにトキオ丸の所有権、運営する権利があります」
牧方さんは蓮沼に視線を向けた。
「蓮沼代表にお聞きします。
民活ジャーナルの法的根拠は何なのですか?
蓮沼代表は単なる国会議員です。
何の権限もありません」
「何だと!」
逢坂が大きな声を上げた。
「単なる国会議員とは何事だ!
蓮沼さんは首相になるんだぞ!」
「逢坂さん、こんな奴、不敬罪でしょっぴいてやりましょう」
落語家の笑敬が続いた。
「笑敬師匠、不敬罪は皇室だよ」
畑が指摘すると笑敬は扇子で頭を叩いた。
「そうか、やるだけ不経済か。お後がよろしいようで」
し~ん
観覧エリアの前方から笑い声が起きない。
不敬罪
不経済
アホ議員どもは、駄洒落の意味が解らない。
漢字、読めるのかな?
「事実を申し上げているだけです」
牧方さんが静かに答えた。
「蓮沼代表は18日に開かれる特別国会で総理大臣に指名されると聞いております。
それまでは協和党の代表にすぎません。
ここは協和党のパフォーマンスの場にすぎない」
にや
牧方さんが微笑んだ。
「大喜利ですかな。しかし、落語家の方もいらっしゃるにしては洒落も頓智もない」
笑敬がむっとした顔になった。
牧方さんに座布団3枚!
「民活ジャーナルは生中継されています。
準備する時間すら与えず、反論しようとすれば大声で威圧する。
それが国民の目にどう移り映りますかな」
牧方さんはラップトップのコードをゆっくりと外した。
しぐさが様になっている。
「私はこれで失礼します。
ご忠告致します。
信念を持っている者は、おとなしく削除されませんよ」
ラップトップを抱えて立ち上がった牧方さんは蓮沼を見つめた。
「あなたがたが削除されないよう、くれぐれもご自愛なさることですね」
「逃げるのか!」
逢坂が鋭い声をあげた。
「逃げます」
牧方さんが微笑んだ。
「私たちの前には、大きな海が広がっています。
日本は、この先、縮小するだけです。
土地なんてちゃちなもの、要りません。
私たちは未来に向かって、日本を逃げ出します。
それでは失礼致します」
かっこいい~!
「待て、こら! 税金泥棒!」
一礼して中央の通路を歩き出した牧方さんに、逢坂が罵声を浴びせた。
牧方さんは動じない。
通路をゆっくりと歩いて来る。
パッ!
牧方さんの姿が浮かび上がった。
何だ?
「誰だ! なんで、スポットライトを使っているんだ!」
甲高い声で逢坂が叫んだ。
バルコニーの四方からスポットライトの光が牧方さんを捉えている。
操作をしているのは戸山団地に住んでいる独り暮らしのお爺さんたち。
ヘッドマイクを口に当てた神崎さんが両手で指示を出している。
牧方さんは笑みを浮かべながら歩いている。
涙が出てきた。
孤立無援だった一年前の埼玉一女の討論会を、思い出した。
梨奈は立ち上がった。
牧方さんは一人で協和党に立ち向かった。
しかも完璧に打ち破った。
スタンディングオベーションで讃えよう。
パチパチパチ
拍手を始めた梨奈に、牧方さんが視線を向けた。
少し照れた表情。カッコいい。
パチパチパチ
亜十夢ちゃんが立ち上がった。拍手をしてくれている。
黒須君と絵里も立ち上がった。
「マキさま~、素敵~!」
恵理子さんが叫んだ。
「ピース、くださ~い!」
牧方さんは苦笑い。
会場から笑い声が上がった。
パチパチパチ
一般エリアの人たちも次々立ち上がる。
パチパチパチ
パチパチパチ
協和党の議員を除くジャーナル会場の人たちが立ち上がって、拍手をしている。
体育館の出口でスポットライトが合わさった。
光の輪の中、牧方さんは聴衆に向かって一礼をすると体育館を出て行った。




