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61話 パートナー対抗いちゃいちゃすごろく

「はーい! ではスタート!」


 西園寺先輩の掛け声とともに私はサイコロを振るった。


 出た目は六。


「お~。初っ端から高い数字だね~」


 反町先輩が出た目の大きさに感心を漏らしている間に、私は可愛い狼がデザインされた小さな消しゴムを動かす。


「えっと、何々……『お互いに見つめ合いながら愛してるって言う』って、えええ!!?」


「これは、また……」


 私が内容に驚く傍ら、雫さんは頭が痛そうに額に手を添えて首を振る。


「はい、じゃあ。二人共、見つめ合ってね~」


 西園寺先輩は既にスマホを構えており、準備万端な様子。雫さんは覚悟が決まったのか、私の方へと身体ごと向ける。

 雫さんはいつも通りの表情に見えるが、心なしか頬が少し紅潮していた。


「ひ、光ちゃん。早く、恥ずかしいから」


「は、はい……」


 あまりお待たせするのは、雫さんにも申し訳ないのと、早くこの地獄から脱したいと言う想いが強くあったため、無理やりにでも覚悟を決めて、雫さんに向き直る。


 正面切って雫さんと目を合わせるのが気恥ずかしくて、思わず、私は目をそらしてしまう。


「神崎さん。ちゃんと目を合わせてね」


「……は、い」


 私は一生懸命に視線を雫さんの双眸に合わせる。雫さんはこの恥ずかしい雰囲気に、少しずつ心が侵食していってるのか、顔はどんどんと赤みが増えて、瞳はうるうると潤んでいた。


「はい、じゃあ。雫ちゃんから言ってみようか」


 西園寺先輩はこの妖艶な雰囲気に似つかわしくない程の楽し気な声色で割って入る。

 

 雫さんは一度大きく深呼吸をして心の準備をすると、きりっとした視線で私を見つめると、口をゆっくりと開いていく。


「光ちゃん――愛してる」


「きゅんっ!」


 憧れの人からの愛してるの破壊力に私は胸を撃ち抜かれたような衝撃が走り、思わず、自分でもおっかなびっくりの声を上げてしまっていた。

 けれど、そんな声を上げたことなんてどうでもいいくらいに、私の心臓がドクドクと早く脈打っていた。


「はい、じゃあ。次、神崎さん。言ってみようか!」


 まだまだドキドキが収まらない中で、雫さんに愛してると言うのはハードルが高すぎる。正直、心臓が破裂するのでは? と思うほどに心臓がばくばくと高鳴っていた。


 私は心臓に手を当てて、目を閉じて大きく深呼吸をしてからに、雫さんと視線を合わせる。


「し、雫さん――あ、あ……」


 私は覚悟を決めて、


「あ、愛してましゅ! あ……っ~」


 覚悟を決めすぎた余り勢いまかせて言った結果、最後の最後で噛んでしまい、恥ずかしさの極みへと達してしまった。


「くすっ」


 恥ずかしさで悶えていると、不意に笑い声が聞こえた。声の方へと向けると、雫さんが口元に手を当ててにこやかに笑っていた。

 

「ああ、光ちゃんごめんね。別に噛んだから笑ったわけじゃなくて、一生懸命で健気な姿が可愛くって」


 雫さんは私が視線を向けた瞬間に、両手を横に振り、今の理由を私に伝えた。


「そ、そうですか。え、えへへ」


 あれだけ恥ずかしかったのに雫さんから可愛いって言われて、私を纏う恥ずかしい熱は、嬉しさの熱へと変わっていた。


 愛してるもそうだけど、憧れの人から直接面と向かって可愛いなどと言われるのは、やっぱり嬉しい。


「お、その照れ笑い可愛いよ」


「!?」


 完全に雫さんだけに意識が集中していたから、他三人のことがいることをすっかり忘れていた。しかも、西園寺先輩にこのやり取りも動画に収められているため、せっかく嬉しい熱に変わったのが、再び恥ずかしさの熱に変わり、私はそれを誤魔化すために、皿にあるバタークッキーをぱくぱくと食べ、甘味に溺(おぼ)れる。


「よしよし、じゃあ、次。渚ちゃんたちの番、行ってみよー!」


 西園寺先輩はいい映像が撮れた満足感に溢れるように、快活の良い明るい声で反町先輩たちにサイコロを促す。


「はーい! いくよ~、それ!」


 反町先輩は楽し気にサイコロを振ると、出た目は三。反町先輩は、ひつじの消しゴムを手に持ち、「一、ニ、三」と数を数えながらマスを移動させた。


「えっと、何々~『パートナーと一緒に飲み物を飲もう』だって」


「はい、というわけで、ちょっと準備してくるから待っててね」


 西園寺先輩はキッチンへと赴き、冷蔵庫から二リットルのオレンジジュースとガラスのコップを持ってくると、そのままカバンの中身を漁り、一本のストローを取り出した。


 そのストローは特殊な形をしており、真ん中にハート形を作り、そこから枝分かれして、二つの吸い口がある。

 それぞれの吸い口に口を付けたら、キスをする寸前のような、顔と顔が至近距離で対面することが容易く想像させる。


 オレンジジュースをガラスのコップに注ぎ、そのストローを入れた西園寺先輩は、楽しそうに一つ手を叩く。


「じゃあ、二人共、ストローに口付けて」


「はーい!」


 反町先輩は明るく弾んだ声で返事すると、躊躇することなく一つのストローに口を付けた。しかし、対照的に臼井先輩は、苦虫を噛みつぶすような表情を晒したまま、動こうとしない。


「もう~はーちゃん固まってないで、ストローに口を付けて」


「……ん。嫌。絶対に嫌! だってストローに口を付けたら、渚の顔が、その……」


 臼井先輩はストローを口を付けたときの想像をして、いつもの無表情の臼井先輩の頬は赤くなりながら、正座する股の間に両手を差し込み擦り合う。

 

「私の顔がいくら可愛いからって、そんな照れなくても~」


 反町先輩は後頭部に手をやり、照れ照れとする。自信過剰ともいえる言葉をあたかも、臼井先輩が言ったように付け加えて。


「ん。渚のキモイ顔を至近距離で眺めるなんて苦行、私にはとても……」


「ひど!? はーちゃん、それはいくらなんでも女の子に言っていい言葉じゃないよ! 私、泣いちゃうよ!」


「ん。泣かれるのは困る。もっと気持ち悪い顔を拝まないといけないから。それなら、今のままで我慢する」


「はーちゃん! ちょっとはオブラートに包もうよ! いや、オブラートに包まれても、悲しいものは悲しいけど。それでも直接言われるよりかは、まだ、ちょっと、ううん、ほ~んの少しだけでも、マシだよ!」


 反町先輩は人差し指と親指で視覚的にほんの少しを推量して、訴える。その態度に、臼井先輩はやれやれと言ったような呆れつつも、ストローに口を付けた。


「ん。ほら、早く渚。ちゃっちゃと終わらせよう」


「さっさとしてみたいな言い方だけど、はーちゃんが躊躇したせいだからね!」


「ん。もう言い訳はいいから、早くして」


「むう~わかったよ」


 反町先輩はふてくされながらも、ストローに口を付けた。二人の顔は至近距離にあり、こちらまで恥ずかしくなってきて、私は「あわわわ……!」と両手で目を隠した。

 しかし、気になるから、指の隙間を空けてのぞき見をする。


 反町先輩は臆することなくにこにことして、臼井先輩の表情を見ているが、臼井先輩はというと、頬は紅潮して、若干の鼻息が荒く、目を固く閉じていた。

 

「あ、ちなみに、ちゃんと目を開けて飲まないと、オレンジジュースを継ぎ足していくから」


「ん!?」

 

 西園寺先輩の新たな追加条件に、臼井先輩は驚くように目を開けて、何故か西園寺先輩ではなく反町先輩の方に向かって怨念の籠った瞳で恨めしそうに、いや、殺意すらも籠った瞳で射抜く。


 反町先輩はそんな瞳にも臆することなく、ずっとにこにこしたままだ。


 二人は互いに見つめ合ったまま一生懸命にオレンジジュースを飲んでいく。臼井先輩はドキドキから時間が経つにつれ、目がガンギマリになり、鼻息も凄く、反町先輩の前髪が激しく靡いていた。


 反町先輩はこの時間が長く続けるためか、臼井先輩の表情をもっと見ていたいのか、真意は分からないけども、途中からオレンジジュースを飲むのを放棄して、臼井先輩の表情を楽し気に観察。


 臼井先輩はそんなことも知らずに、というか、自分のことで精いっぱいで反町先輩を冷静に観察することも出来ずに、一生懸命にオレンジジュースを飲み干していった。


「っぷは! はあ、はあ、はあ」


 臼井先輩はオレンジジュースを飲み切ると、一目散に口からストローを離す。まるで、長い事水の中にいたように、額や服が汗ばんでいて、荒い呼吸を繰り返す。


「もう~。はーちゃんったら、ちょっとばかり顔を至近距離で眺め合うだけなのに、大げさだよ~」


「ん。お前がおかしいんだよ。どうして、そんな平然としていられる?」


「うん? どうしてって言われも平気なものは平気だから」


「ん。お前に訊いた私がバカだった」


 臼井先輩は落胆したように肩を落とす。


「さてさて、続き入ってみよう!」


 息つく間もなく、西園寺先輩は楽しそうに声を弾ませ、すごろくの続きを促した。


 それからも、私たちのいちゃいちゃすごろくは続いた。


 一回、また一回と盤上のコマを進めるたび、次々と待ち受けるお題をこなしていく。


 そうして、あれこれと騒ぎ続けること二時間。ようやくすごろくに決着がついた頃には、私たち(反町先輩以外)はすっかり疲れ果てていたのだった。

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