52話 勇気を胸に
「今週の日曜日、楽しみね。あんたを三回叩きつぶせば、白雪先輩とパートナーになれるなんて、はは! 今だけは、あんたが白雪先輩のパートナーでいてくれたことに感謝しなきゃね」
訓練開始前、立花さんは勝ち誇った笑みを浮かべながら、皮肉交じりに私にそう言い放った。
先ほど、雫さんから、『今週の日曜日、午前十時に一回目の模擬戦を行う』と、端末に連絡が届いていた。
「ずいぶんと余裕なんですね。立花さん」
静かな声音でそう告げる師匠。
鋭い視線を立花さんへ向けるもしかし、その視線を真正面から受けてもなお、立花さんは眉一つ動かさず、不敵な笑みを崩さなかった。
「そりゃあね。こんな雑魚に『天才』であるあたしが負けるはずないもの。あ~あ。早くこの茶番終わらないかな~」
どこまでも自信に満ちた、傲慢な態度。けれど、師匠はそんな立花さんを前にしても表情を変えなかった。
ただ静かに、そして、断言するかのように立花さんに告げる。
「立花さん。あなた絶対、神崎さんに足元をすくわれますよ」
立花さんは私の両隣に立つ凜ちゃんと師匠を交互に見やり、露骨に眉をひそめてため息をつく。
「ほんっと、『凡人』って天才様にやたらと噛み付いてくるのよね。あたしからすれば、負け犬の遠吠えにしか聞こえないんだけど」
肩をすくめて嘲笑すると、立花さんは私へ視線を向けた。
「それじゃあね、神崎光。日曜日に会いましょう」
立花さんはひらひらと手を振りながら、踵を返す。
その場にいた生徒たちは無言のまま左右へと身を寄せ、まるで道を譲るように立花さんの進路を開けていく。立花さんはそれを当然のことのように悠然と歩き去り、やがてその背中は人混みの向こうへと消えていった。
「神崎さん。絶対に立花さんの鼻をあかしてやりましょう」
師匠の口調は穏やかだったが、その声には立花さんの傲慢さを打ち砕こうとする揺るぎない意志が込められていた。
――日曜日、最初の模擬戦が始まる。
胸の奥で緊張がじわりと広がる。三回の内、一度でも勝たなければ、雫さんのパートナーは立花さんになってしまう。
正直、勝てる可能性は限りなく低い。それこそ『奇跡』でも起こらない限り、立花さんに勝つことなんてできないと思う。
それでも、雫さんは私が『奇跡』を起こせると信じてくれている。私なら勝てると、迷いなく信じてくれている。
なら、私はその雫さんの想いを信じるだけだ。
それに、もう賽は投げられた。今さら逃げるなんて出来ない。そんな選択肢はない。
私に残された道は、前へ進むことだけ。
――やるしかない!
私はぎゅっと拳を握り締め、来たる決戦へ向けて静かに覚悟を決めた。
*
「「キズナリンク!」」
二人の少女は、胸元へ手を当てるようにして、その言葉を同時に口にした瞬間――。二人の右手に嵌められたブレスレットから、眩い黄金の光が溢れ出す。光を放ったブレスレットは、まるで無数のリボンへと姿を変えるように長く伸び、二人の手首から全身へと絡みついていく。
そして、画面は一人目の銀色の髪をなびかせる少女へ。
全身を包むのは、白を基調としたフリルたっぷりのお姫様を思わせる衣装。動きやすさを考慮した手袋を両手に嵌め、足元には白いパンプス。
胸元には大きなリボンが結ばれ、その中央では赤いハート型のクリスタルがきらめいていた。
きつねのキャラクターが少女の目の前に来た途端、光に輝き、その姿を一本の白い魔法の杖へと変えた。
少女はその杖を手に取ると、まっすぐ前へ掲げる。
「希望の光で未来を照らす! キズナホワイト!」
決め台詞とともに、光が少女の背後で大きく弾けた。
続いて、画面はもう一人の少女へ。
衣装は先程の少女と同じで、違うのはカラーリングだけ。
衣装のすべてを漆黒で統一し、胸元のリボンに輝くクリスタルも、深い色合いを帯びている。
傍らにいたおおかみのキャラクターが光に包まれると、こちらも一本の魔法の杖へと姿を変えた。少女は黒い魔法の杖を手に取ると、
「闇を越えて未来を守る! キズナブラック!」
決め台詞と共に、先程の少女と同じように光が弾けた。
変身が終わり、二人の少女が並び立つ。二人はそれぞれの魔法の杖を前方へ突き出し、声を揃えた。
「「魔法少女キズナ!」」
爆発のようなエフェクトが二人の後ろにバーンと弾けた。
「「おおっ!」」
私と凜ちゃんは二人揃って、テレビの前で感嘆を漏らしていた。
今日は立花さんとの一回目の模擬戦。
私は朝、目を覚ましてからというもの、ずっとそわそわしており、「勝てるのかな……」と弱音を吐き続けていた。
そんな私を見かねた凜ちゃんは、少しでも気分を紛らわせようと、毎週日曜日に放送されている『魔法少女キズナ』を一緒に見ようと提案してきた。
私はその気遣いにありがたく甘んじ、私たちは二人並んで魔法少女キズナを見ることにした。
最初こそ、模擬戦のことや弱気な考えばかりが、頭の中をぐるぐると巡っていた。 けれど、アニメが後半へ差しかかるにつれて、そんなことも次第に頭から離れていき、気づけば、私はアニメに夢中になっていた。
今の場面は、怒りや苛立ちといった負の感情を持った一人のサラリーマンが悪の組織――ネガティアによって、その感情を肥大化させられ、醜悪な怪物へと変貌させられていた。
怪物と化したサラリーマンは、怒りに任せて街を破壊しながら暴れ回っていたところを二人の魔法少女が登場。
二人は息の合った動きで怪物の攻撃をかわし、魔法と格闘術を織り交ぜながら、怪物を追い詰めていく。
「いくよ! ブラックちゃん!」
「うん! ホワイトちゃん!」
二人は背中合わせになると、それぞれの魔法のステッキを怪物へ向けて掲げ――。
「「心を一つに!」」
その掛け声と共に、二人の杖から別々の魔法陣が浮かびがる。そして、その二つの魔法陣が重なって、一つの大きな魔法陣へと成り変わる。
「「キズナ・ハーモニー!!」」
二人は息ぴったりに必殺技を叫ぶと同時に、巨大な魔法陣から、眩い光の奔流が放たれた。
「ぐわあああああああ!!!」
光に飲み込まれた怪物が断末魔の叫び声を上げると、激しい爆発が巻き起こり、辺り一面を白い煙が包み込む。
「「心と心をつなぐ力――それが、本当の魔法」」
二人が決めポーズを取った、その直後。ゆっくりと煙が晴れていく。
そこに倒れていたのは、先ほどまでの怪物ではなかった。
そこにいたのは、何事もなかったかのように元のスーツ姿へと戻った、一人のサラリーマンだった。
怪物を生み出したネガティアの怪人は、その姿を確認すると、悔しそうに歯噛みしながら、その場から逃げ去っていった。やがて、地面に倒れていたサラリーマンがゆっくりと目を覚ます。その表情はとても晴れやかで、清々しさがあった。
こうして、魔法少女たちは一人の心を救い、そこからエピローグに入って、魔法少女キズナはエンディングを迎えた。
「ご、ご主人様! こ、今週も凄かったですね!」
「うん! 心を一つに!」
「「キズナ・ハーモニー!!」」
私と凜ちゃんは、先ほどの必殺技の決め台詞を息ぴったりに口にすると、顔を見合わせて笑い合った。
魔法少女キズナを見る前までは、弱音ばかり吐いていた私だったけど、今はそんなことはなかった。
魔法少女たちの怪物と戦う勇姿を見て、私は勇気をもらっていた。
少女たちは小学六年生。例えアニメの中の存在だとしてもだけど、そんな幼い子が恐怖や苦しさに弱音を吐くことなく怪物に立ち向かう姿を見て、弱音を吐く自分が情けなく思えた。
「凜ちゃん。ありがとう」
私はそんな気持ちを胸に抱えながら、隣にいた凜ちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「ふぇ!? ご、ご主人様!」
突然抱きつかれた凜ちゃんは、何が何だか分からないといった様子で、慌てふためく。
「凜ちゃんが、一緒に魔法少女キズナを見ようって言ってくれなかったら……たぶん私、模擬戦までずっと緊張して、弱音ばかり吐いてたと思う。だから、ありがとう」
私は腕に少しだけ力を込めて、感謝の想いを込めて優しく凜ちゃんの頭をなでなでする。
「ご、ご主人様。えへへ~」
私のなでなでに凜ちゃんは脱力し、ご執心になっていた。部屋から出る少しの時間まで、私は凜ちゃんを撫でまわしたのであった。




