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30話 先輩たちのコンビネーション

 学院を出発してから約一時間半。


 時刻は二十一時を周ろうとしていた。


 私達は鹿児島県にある、とある高層ビルの屋上にいた。

 

 眼下に広がる街には、ぽつぽつと灯る明かりが散らばり、まるで地上に広がる星空のように美しい。だが、その静かな夜景を切り裂くように――。


「きしゃあああああああッ!!」


 夜の海の底から、背筋を凍らせるような、おどろおどろしい叫び声が響き渡る。


「へりの音を嗅ぎつけて、やってきたみたいだね」


「ん。急いで対処すべき。神崎さん準備はいい?」


「は、はい!」


 私たちはビルの縁に並んで立つ。


 眼下までの高さは、およそ六十メートル。


 普通の人間なら、飛び降りるなど自殺行為に等しい高さだ。けれど、三つ葉女学院のローファーには特殊な衝撃吸収素材が使われている。


 例え、何百、何千メートルから飛び降りようとも、着地時のかかる負荷を限りなくゼロに近づけてくれる代物(しろもの)だ。


 もっとも、安全なのは“足から着地した場合のみ”。体勢を崩せば、その瞬間にお陀仏(だぶつ)だ。


 入学してすぐに校舎から飛び降りる訓練を受けた。


 常軌を逸した内容に、誰もが恐怖で足をすくませたが、朝倉先生から『ここから飛び終わるまで帰らせないから』という鬼畜発言により、生徒たちはなくなく飛び降りる羽目に。


 因みに、飛ばなかったら飛ばなかったで、一定時間で鞭でしばかれるという鬼の所業。


 皆、朝倉先生の鬼さに耐えかねて、意を決して次々と飛び降りていった。

 

 私は「どうか生き残れますように」と、必死に神へ祈りを捧げながら飛び降りるも、何事もなく着地。


 しかも全くと言っていいほど衝撃が足に伝わることがなかったため、思いの外、あっけなかった。


 その事実と直面した瞬間、私の中の恐怖心が薄れていった。


 そこから、何度も、何度も、飛び降りている間に、飛び降りることへの恐怖感や抵抗感は皆無に。


 この訓練のお陰で一年生全員が、平然と飛び降りられるようになり、中には授業後に命綱なしの“バンジーごっこ”を楽しむ者もいた。

 

 百メートル以上ある校舎の高さから飛び降りる訓練をしていたので、それに比べたらたった数十メートルのビルから飛び降りることなんて、造作もない。


「せーの!」


 反町先輩の合図とともに私たちは夜の海へと身を躍らせた。





                 *






 私たちが高層ビルから着地すると、少し離れた曲がり角の向こうから、耳を割くような奇声が響いた。


「きしゃああああああ!!」


 現れたのは、白いウサギの着ぐるみ。


 丸みを帯びた輪郭に、無垢(むく)を装うような愛らしい顔。

 どこかの遊園地のマスコットキャラクターを彷彿とさせる外見――しかし両手に握られた二本のナイフによって、完全に異質なものへと変貌を遂げていた。


「きしゃしゃしゃしゃ!」


 ウサギは狂気じみた嗤い声を漏らしながら、ナイフを目の前でクロスさせる。


 鋭い刃先からは、隠そうともしない殺意が滲み出ていた。


 その光景を目にした瞬間、心臓を鷲掴みにされたような感覚が走る。


 私は恐怖から喉が張りつき、思わず立ち(すく)んでしまう。

 

「安心して神崎さん。私たちが指一本触れさせないから」


 反町先輩は勝ち機に溢れるような覇気ある口調でそう言いながら、右肩にそっと手を置く。


「ん。神崎さんは、私たちの勇姿を見てればいい」


 臼井先輩も反町先輩同様、芯のある口調で言いながら私の左肩に手を重ねた。


 二人の手には微かな震えすらない。


 堂々として、頼もしく、揺るがない強さがそこにあった。


 その温もりに触れた瞬間、胸を侵食していた恐怖が、ゆっくりとほどけていく感覚に陥る。


 先輩たちは私を守るように一歩前へ出て、鏡写しのように腰から刀を抜く。


 二振りの刀もまた、地上に広がる星屑(ほしくず)に加わったように夜闇に浮かび上がる。


「きしゃ!」


 先輩たちが構えを取るや否や、ゴーストは地を蹴った。


「行くよ。はーちゃん!」


「ん!」


 そして、反町先輩と臼井先輩もゴーストに向かって駆けだした。


 瞬く間に間合いが消えていき――


「しゃっ!」


 ゴーストはクロスさせていた二本のナイフを左右に薙ぐ。


 凶刃(きょうじん)が空気を裂き、不気味なうねりを上げた。


 先輩たちはその攻撃に対し、二者二様に対処する。


 反町先輩は火花を散らしながらナイフを受け止め、臼井先輩はゴーストが薙ぐよりも早く跳躍(ちょうやく)し、ウサギの着ぐるみを越えて、背後へと着地。


 ゴーストは二人に挟まれる形になり、戦況は先輩たちに傾く。


 ゴーストは背後を取った臼井先輩に気を取られ、前方に反町先輩が居るのを無視して、腰? を捻る。


 二本のナイフを重ねるようにして、渾身(こんしん)の一撃を臼井先輩に(たた)みかける。


「きしゃ!」


 臼井先輩は冷静に軌道を見極め、綺麗に受け流した。


 受け流されたゴーストは体勢を崩し、反町先輩はその隙を逃すことなく刀を振り下ろす。


 振り下ろされた刃は、ゴーストの命の源――コアを両断した。


「き、きしゃ……あ、あ……」


 コアを壊されたゴーストは小さな断末魔を上げ――やがて、ウサギの着ぐるみはその場に崩れ落ちた。


 くしゃくしゃに折れ曲がった胴体の上に、ウサギの顔だけがぽつりと乗っている。


 先ほどまで狂気を振りまいていたその姿は、もはやただの抜け殻でしかなかった。


 ゴーストと遭遇してたった一分も経たないうちに、ゴーストは二人にあっけなく敗北した。


 二人は予め作戦でも立てていたかのように、阿吽(あうん)の呼吸でゴーストを対処し、見事なコンビネーションでゴーストを打ち破った。


 まるで、芸術を見ているかのような美しさだった。

 

「ねえねえ、どうだった、どうだった? 私達かっこよかった?」


 ゴーストを討伐した反町先輩は、弾むような足取りでこちらへ駆け寄り、戦いの感想を求めてきた。


「はい! 凄くかっこよかったです!」


 それはお世辞でも気遣いでもない。


 ほんの一分にも満たない戦いだったはずなのに、二人の連携は見惚れてしまうほど鮮やかだった。


 まるで長年磨き上げてきた演目を披露する舞台役者のように、互いの動きを理解し合い、一切の無駄なく敵を追い詰めていく。


 その姿は戦いというより、一つの芸術を見ているようだった。


「……そっかそっか、カッコよかったか~」


 反町先輩は満足そうに頬を緩める。けれど、その表情が一瞬だけ強張(こわば)ったような気がしたが、次の瞬間にはいつもの笑顔に戻っていたため、気のせいだったのだろうと考えることにした。


「ん。神崎さん、けがはない?」


 少し遅れて歩いてきた臼井先輩が、真っ先に私の無事を確かめる。


 つい先ほどまでゴーストと刃を交えていたとは思えないほど、その声音は落ち着いていた。


「あ、はい! 先輩たちのお陰で大丈夫でした!」


「ん。それはよかった」


 臼井先輩は小さく頷き、わずかに表情を和らげた。


「さてさて~もうひと踏ん張りと行きますか! 神崎さんにもっと私たちのかっこよさを目に焼き付けてもらわないと!」


 反町先輩はそう言って頬をぱんぱんと叩き、自らを鼓舞する。


「ん。私もがんばる」


 臼井先輩は反町先輩の気合の入れように感化されたのか、ぐっと小さく握り拳を作って静かに気合を入れる。


 先ほどの戦いだけでも十分すぎるほど格好よかったのだ。


 あれ以上の活躍を見せられたら、きっと私はますます二人に目を奪われてしまうだろうと思いながら、私たちは次なるゴーストへの出現地へと向かった。

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