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16話 頑張りすぎは禁物

「太刀筋がぶれてます! 真っ直ぐに振り下ろす意識を!」


「はい!」


「背筋が曲がってます! 伸ばして!」


「はい!」


 夕食後、私は訓練所にて、師匠の声に追われながら、ひたすら刀を振り続けていた。


「今の一振り、腰が逃げてます!」


「はい!」


 言われた通り修正する。


「また、太刀筋がぶれてます!」


「は、はい!」


 意識を一つに向けると、もう一方がおろそかになるという負のジレンマにより、師匠の指摘が滞りなく飛んでくる。


「今日はここまでにしておきましょう」


「は、はい……! はあ、はあ、はあ」


 師匠から終わりを告げられた私は、颯爽(さっそう)とジャージのファスナーを開け、(こも)っていた熱を外へ逃がす。


 それと引き換えに、流れ込んできた冷たい空気が火照った身体を静かに撫でていく。


 中の白い体操服は、大量の汗を吸い取り、水を浴びたあとのようにびしょびしょになっていた。


 それを認識した途端に、急激な喉の渇きがうずく。


 そのうずきに抗うこともできず、私はすぐそばに置いていた水筒へと手を伸ばし、思いのままに水をがぶ飲みし、身体の渇きを解消する。


「神崎さんは日曜日のパートナー選抜はやっぱり出場を?」


 凜ちゃん同様に師匠も私が出場するのか聞いてくる。

 それに対し、私は逡巡することなく首を縦に振る。


「はい、もちろんです」


「……そうですか。まあ、頑張ってください。では、戻りましょうか」


 師匠は簡単な激励(げきれい)を私に送り、寮に戻るよう促す。


「あ、私はもう少しだけ、鍛錬をするので先に寮に戻っていてください」


 疲労は蓄積して四肢(しし)は鉛のように重いが、パートナー選抜まで一週間もないので、少しでも技術を磨き、強さを引き延ばしたかった。


「これ以上は、身体に負担がかかります。明日も通常通り授業がありますし、ここで切り上げた方がいいです」


 師匠は私の身体を労わって、ここで鍛錬を切り上げるように促す。


 師匠の言い分があまりにも正論すぎて、ぐうの音も出ない。だけど、それでも雫さんとパートナーになれるかもしれないという微かな可能性に触れてしまった以上、私は全力でその可能性に手を伸ばしたかった。


「私はパートナー選抜まで少しでも強くなっておきたいんです。大丈夫です。そこまで遅く鍛錬をするつもりはありませんから」


 私の主張に師匠は呆れたようにため息を一つ。


「頑張ることは美点ですが、頑張りすぎは欠点に値します。いいですか」


 師匠は人差し指を立てながら、私を諭し始める。


「身体は資本です。故障すればそれは、そのまま強さを失うことに繋がります。身体を労わることもまた、強さの一つです。パートナー選抜で気持ちが昂るのも分かりますが、いくら気力があれど身体が応えてくれるとは限りません。身体は繊細です。だからこそ、ちゃんと真摯に向き合ってあげてください。分かりましたか?」


 嵐山さんの理路整然とした言葉に私の頭はすんなりと納得してしまう。


 納得してしまうけど、私の心の方はどうにも頷くことが出来ない。


「で、でも……」


「いいんですか? 頑張りすぎてパートナー選抜の時に身体の故障が原因で、全力を出すことが出来なくても。憧れの人とパートナーになれる可能性を、チャンスを、少しでもものにしたいんでしょ?」


「う、うう……」


 痛いところを付かれてしまった私はうねり声を上げる。

 

 確かに、頑張りすぎて身体が故障などしてパートナー選抜に挑めば、絶対的な敗北が確約される。可能性を掴むのであれば、万全の態勢に臨むのが絶対条件。


「わかり、ました。鍛錬は切り上げ、ます」

 

 気力があるだけに、鍛錬が出来ない矛盾に(さいな)まれながらも、最悪な未来を避けるため、私は奥歯をぎりっと噛みしめながら、苦渋の判断を下す。


「神崎さんのそういう素直なところ、好きですよ?」

 

 師匠は私の素直さを褒め称えながら満足げな笑みを浮かべる。それを見送った後、私は刀身を鞘に納めようと動かす――


「? どうしました、神崎さん。固まってないで、さっさと戻りますよ」


「あ、えっと、師匠……」


「なんです?」


「あ、あと、三十分だけ、鍛錬を……」


「ダメです」


「あ、じゃ、じゃあ、ニ十分でいいので……」


「ダメです」


「じゃあ、十分」


「ダメです」


「じゃ――」


「ダメです」


「まだ、何も言ってませんよ!?」


「今の流れで分かります」


「ど、どうしても、だめ、ですか?」


「そんな上目遣いで甘えた声を出してもダメなものは、ダメです……はあ、四季のあの誉め言葉を返してください」


 師匠は額に右手を当て、頭痛がしたときのような仕草を示す。


「……五分」


 師匠の落胆する様子も無視して、私は食い下がり続ける。

 

 たった一分でも、鍛錬が出来るなら御の字だと思い、何度も何度も交渉し、それこそ師匠の心が折れるまで粘ろうとする私。


「……四季は堪忍袋の緒が切れました」


 師匠は、酷く冷めた表情をしながら、こちらに近づくと私の左耳をぎゅっと引っ張る。


「い、痛い! 痛いです、師匠! わ、分かりました! もう粘ろうとしませんから、離してください! このままだと、耳がち、ちぎれちゃう……!」


「大丈夫です。人間の身体って意外と丈夫なんですよ。ちょっとやそっと、どうってことありません」


「師匠、さっき、身体は繊細って――ぎゃっ!?」


「何か言いました? 口を動かしてる暇があるなら足を動かしてください」


 揚げ足を取ろうとする前に、私の左耳に走る強烈な痛みにより、強制的に言葉を切り上げられてしまう。


「ふ、ふえ~ん。ごめんなさい師匠~」


 私は虚しい悲痛を訓練所内に垂れ流しながら、その場を後にしたのであった。

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