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[31万PV達成!感謝]長慶さんに転生してしまった!  作者: 天の樹
孫次郎の『徒然日記』②天文二年の詔

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その時〇〇は!:阿波へ下向中の四州近衛家御一行


 主上(後奈良天皇)の『詔』の日本各地の反応など知る由もない四州近衛家御一行は、都を後にし、阿波へ下向中だった。


 『近衛家』を後にした一行を乗せた牛車は、ゆっくりと京の町を離れていった。

 御簾の隙間から見える都は、まだ朝の淡い靄に包まれている。

 『はるちゃん』――永寿内親王は、その景色をじっと見つめていた。


「……京、遠くなっていきますね」


 ぽつりと零す。

 その声には、少しだけ寂しさが混じっていた。

 私(長慶)は隣で、小さく頷く。


「うん」


 しばらく、二人とも黙っていた。

 牛車の揺れと、車輪の軋む音だけが静かに響く。

 やがて『はるちゃん』が、そっと口を開いた。


「よし様」

「ん?」

「私、最初は少し怖かったのです」

「阿波?」

「はい」


 彼女は膝の上の蒔絵の櫛を撫でる。


「京の外へ出るのも初めてですし……」

「そりゃそうだよね」


 戦国時代の皇女である。

 普通なら、生涯ほとんど京から出ない。

 まして海を渡るなど、想像の外だ。

 私(長慶)自身もそうだ。実は今回、初めて『阿波』から外に出た。


「でも」


 『はるちゃん』は、少し笑った。


「今は楽しみの方が大きいです」


 その横顔は、本当に晴れやかだった。


「海も見たいですし」

「うん」

「お船も楽しみですし」

「うん」

「あと“あいす”」

「やっぱりそこ入るんだ……」


 私(長慶)が額を押さえると、『はるちゃん』がくすくす笑う。


「大事です」


 真顔だった。

 完全に主上の教育である。

 その時、御簾の外から、ぱかぱかと馬の足音が近づいた。


「千熊丸」


 海雲――実父、三好元長だった。


「もうすぐ、山崎を越える」

「早いね」

「道を整えておったからの」


 さらっと言ったが…

 この時代、“道を整える”というのはかなり大事だ。

 物流。軍事。治安。全部に関わる。


 『はるちゃん』が、興味津々で身を乗り出す。


「阿波までの道も、四州近衛家が?」

「全部ではないけどね」

「でもかなり触っておりますな」


 海雲が補足する。


「港も、街道も、橋も。阿波は今、大きく変わっております」


 『はるちゃん』は目を丸くした。


「橋まで?」

「ないと不便だから」

「なるほど……」


 完全に素直な感想だった。

 私(長慶)は少し笑う。


「京って、案外“古い都”なんだよ」

「え?」

「もちろん凄いんだけど、“変えにくい”」


 千年の都。

 積み重ねられた伝統。

 それは強みであると同時に、重さでもある。


「でも阿波は違う」

「……新しい?」

「うん。まだ作れる」


 港も。

 町も。

 制度も。

 全部、まだ変えられる。


 『はるちゃん』は静かに聞いていた。


「だからよし様、“未来”を阿波で始めようとしてるんですね」


 その言葉に、私(長慶)は少し驚く。


「……よく分かったね」

「だって」


 彼女は、ふわりと笑った。


「よし様、京を変えようとしている時より、阿波の話をしている時の方が楽しそうです」


 図星だった。

 海雲が馬上で吹き出す。


「それは確かにそうじゃ」

「父上まで!?」

「千熊丸、おぬし昔から港と船の話を始めると止まらぬからの」


 否定できない。空路がないこの時代、海路は外界と繋がる。とっても重要! 私(長慶)は咳払いした。


「……まあ、海は大事だから」

「船も?」

「めちゃくちゃ大事」

「“空飛ぶ鉄の箱”より?」

「それはまだ先」


 楽しそうに『はるちゃん』が笑った。


「未来のお話、もっと聞きたいです」

「いいけど、びっくりするよ?」

「大丈夫です!」


 その目は、好奇心でいっぱいだった。

 私(長慶)は少し考えてから言った。


「じゃあ一つだけ」

「はい」


 こくんと頷く『はるちゃん』。


「はい」


 真っ直ぐな目だった。けれど、その“理解”は、単に未来の珍しい話を聞きたいというだけではなかった。


「よし様が見ているもの」


 静かな声。


「国だけではないのでしょう?」


 私(長慶)は少し黙る。

 牛車は揺れる。京から離れ、少しずつ景色が変わっていく。

 続ける『はるちゃん』。


「おもう様(主上)も、方仁兄上様も、“皇家を残す”ことを考えておられる」

「うん。そうだね」

「でも、よし様は違う」


 その言葉に、海雲も静かに耳を傾けていた。


「よし様は、“皇家だけ残っても駄目”だと思っている」


 私(長慶)は息を吐いた。


「……まあね」


 それは、未来を知っているからこその感覚だった。

 王だけ生き残っても意味がない。

 民が飢えれば国は壊れる。

 流通が死ねば都も死ぬ。

 知識が途絶えれば、文明そのものが後退する。


「だから港を作る」

「うん」

「道を整える」

「うん」

「塩も、鉄も、船も大事にする」

「……うん」


 『はるちゃん』は、小さく笑った。


「“未来”って、空を飛ぶ話ではなくて」


 その声は穏やかだった。


「皆が普通に暮らし続けられるようにすること、なのですね」


 私(長慶)は、一瞬言葉を失った。

 海雲が、静かに目を細める。


「永寿様……」


 少し照れたように『はるちゃん』は笑う。


「だって、昨日分かったのです」

「おもう様(主上)も、公卿様方も、“未来の制度”のお話をしておられたのに」


 そこで彼女は、悪戯っぽく私を見る。


「よし様、途中からずっと“冷凍庫どう作ろう……”って顔してました」

「いやだって重要だから!」

「ほら」


 くすくす笑う。


「結局、よし様は“暮らし”を考えてるんです」


 ……参った。

 主上や公卿たちは、“稀人”としての私(長慶)を見ている。

 未来を知る者。

 制度を変える者。

 時代を動かす者。

 でも『はるちゃん』は違った。

 この人は、“生活している私(長慶)”を見ている。


 無茶をして。

 寝不足で。

 甘味作って。

 港を気にして。

 子供に囲まれて困っている。

 そういう部分を。

 そっと『はるちゃん』は言った。


「だから大丈夫です」

「……何が?」

「よし様、ちゃんと人のいる未来を作ろうとしてますから」


 牛車の中が静かになる。

 遠くで鳥の声がした。

 朝日が少しずつ高くなる。

 海雲が、ふっと笑う。


「なるほどの」

「帝が永寿様を結ばれた理由、分かる気がするわ」

「父上?」

「千熊丸、おぬし一人だと、たぶん国づくりに没頭して飯を忘れる」

「否定できない……」

「永寿様がおれば、“ちゃんと人として暮らせ”と言うてくれる」


 真顔で頷く『はるちゃん』。


「重要です」

「そこまで真顔で言う!?」

「あと甘味」

「やっぱり入るんだ……」


 海雲がとうとう声を上げて笑った。

 牛車は、西へ進む。

 京を離れ。

 海へ向かい。

 そして阿波へ。

 未来を知る稀人と、その隣で、未来を“暮らし”へ引き戻してくれる少女を乗せて。




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