孫次郎の婚姻④:『四州近衛の家紋』
一際豪奢な唐庇の青い糸毛車が門より少し手前で止まる。
そこで後ろに控えていた『輿』に乗り換えることになる。もちろん姿は周囲から隠されるように白地に金の菊の御紋が大きく描かれた布で覆われる。一見陣幕みたいに見えた。『皇女』様が無事輿へと移動が完了すると、今度は糸毛車は少し道を開けるように移動し、最初糸毛車があった位置に『輿』が移動する。
『輿』は白をベースに金で縁取られ、『菊の御紋』と『四州近衛の家紋』が金色に描かれている。
え? 『近衛家』の紋じゃないの? 三度見した。
数日前に主上直々『四州近衛』の話聞いたばかりだったんだけど。
あれって、もしや『勅使』がきた時点ですでに決まってたってこと?
『近衛家』の猶子になるってことと、皇女様の『降嫁』が決まったことで『阿州近衛家』の話は聞いてたけど。
『近衛家の家紋』は『近衛牡丹』だ。先端に蕾をもつ五枚の左右から抱くように描き、星形の蘂がある大輪の花を中心に据えて描く。複数の葉と花弁に細かく筋を描くのが特徴とされている。
猶子ということでてっきり分家になるのかと思っていたのだけれど、『錦の御旗』と共に『四州近衛家』の家紋も下賜された。
ベースは『近衛牡丹』ただし先端部の丁度蕾が描かれているところに菊の御紋。
菊の御紋を下から近衛牡丹が支えるような図柄になっている。
それから、恐れ多いことに主上自ら諱も頂いた。(令和のおばちゃん的には)絶対使えない。意味的にはそのまんまだ。
元服名の後につける形になる。
つまり正式には『近衛孫次郎長慶稀仁』。長い。これに冠位や役職つくともっと長くなる。
『稀仁』と『稀人』とかけてるよね。
なんかがっつり身動きできないようになってる気がする。気のせいかな。
とまあ、長い説明になっちゃったけど、たかが『輿』されど『輿』だ。こうやって目に見える形で『四州近衛家』が皇家と大きく結びついた存在であるということが対外的にも示される形となった。
『輿』がゆっくりと『近衛邸』の門火の間を通り過ぎて中に入って行くのを見届ける。
その後続くように門の中に入る。
門の中で、『皇女様』の乗られた輿はそのまま待機。次々と婚礼道具が運ばれる。
「請取渡し」の儀(貝桶渡しの儀も含む)が行われた。
花嫁側の貝桶渡役人が二人貝桶一対を持ち、口上(この時、渡す方は小指と薬指を底に掛け、低い声で「千秋万歳御貝桶渡し申し候」。受け取る方は「千秋万歳御貝桶請け取り候」)と共に、婿側の請取役に渡した。
ついで「輿寄」の儀式があり、輿ごと仮住まいとなる新居内の然るべき部屋へ通される。ここで花嫁は化粧を直し,つかの間の休憩を取る。ここで白無垢に着替えるみたいだ。それがすむと花嫁は祝言の間(仮住まいの新居)に進む。婿側も白い衣装に着替える。
いよいよ祝言の席となる。令和と違って両家が居並んだりしない。花婿、花嫁、媒酌の三人の待上﨟(近衛家)が居るだけだ。「式三献」と呼ぶ酒式から始められる。いわゆる三三九度の盃が交わされ、初献、雑煮といった「饗の膳」が出る。これも新夫婦だけの祝宴で、父母、兄弟、親族は立ち会わない。そのあとは『床入り』となる。(これも形だけ。控えている三人の待上﨟(近衛家)も事情を知っている)
二日目も同じように二人『水入らず』で過ごす。
ただし、花嫁は『赤』や『青』といったお色直しを身につける。これは婿側が用意したものだ。令和でいう『お色直し』だ。そのまま『床入り』の後、三日目に家族と初顔合わせということになる。この場合は『近衛家』からは義祖父、義父。義母。『阿波三好』からは実父。
本来は公的な披露宴が催されるらしいのだけれど、何せ『皇女』様。いくら『降嫁』されたとはいえ、どんな公家よりも格上なのだ。御簾ごしだ。花婿は姿を見せて、花嫁はそうじゃないというのもどうなんだろう。ということで挨拶兼ねて身内(近衛家と阿波三好の家族)だけの宴を開いた。




