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[4万PV達成!感謝]長慶さんに転生してしまった!  作者: 天の樹
千熊丸の『徒然日記』

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『後奈良天皇』の『即位の儀』

 『後奈良天皇』の『即位の儀』までの経緯。


 大永6年(1526)4月29日、後柏原天皇の崩御にともない践祚した。しかし、室町幕府が葬儀と践祚のために用意した八万疋だけでは、到底即位式まで挙行するには不充分であった。

 それに加え、当時の征夷大将軍は16歳の足利義晴であり、義晴を支える細川高国家中も大永6年に家臣を粛清したことによる内紛状態となったために畿内周辺は動乱に巻き込まれ、即位式を行うような状況ではなかった。

 さらに、翌大永7年(1527)に桂川の戦いで義晴・高国勢が足利義維・細川六郎らに敗北し京都を没落、他方で勝利した義維・六郎も堺にとどまって上洛しようとはしななかった(堺公方)。

 義維は将軍任官に先立って必要な左馬頭任官を求め、後奈良天皇はこれを認めつつ上洛を促したが、結局義維は動かなかった。


 近江に下った将軍足利義晴と細川高国は京都奪還のため、越前国の守護大名朝倉孝景に軍勢の催促を行なった。これを受けた朝倉孝景は、朝倉宗滴・朝倉景紀らに兵1万を率いさせ出兵、細川高国、六角定頼らの軍勢を併せて2万の軍勢を率いた将軍足利義晴は、同年10月13日に上洛し、洛中から堺公方方の軍勢を駆逐した。


 これに対し、同10月19日堺公方の軍勢は西七条の川勝寺口(泉乗寺口)まで後退し幕府軍を迎え撃った。堺公方の畠山義堯は足利義晴の本陣であった東寺を襲撃したが、これを朝倉宗滴・朝倉景紀ら朝倉勢が撃退した。これに対して柳本賢治が丹波から、三好長家、三好政長が摂津から上洛し反撃した。一方の幕府軍にも11月29日には新たな援軍として越前から前波氏ら三千の兵が到着した。戦線は足利義維・細川六郎らが敗北し、義維は細川氏之と共に阿波へ、六郎と三好長家、三好政長は敗走した。その後、六郎と三好長家、三好政長は潜伏先の畿内にて捕縛され、詮議の後、一族郎党処刑された(1529)。

 阿波にもどった堺公方こと足利義維は三好海雲(元長)の招きにより、阿波の平島荘に滞在し、西光寺入った。

 尚、三好千熊丸(長慶)と三好海雲(元長)の足利義維と細川氏之への『助命嘆願』が受け入れられ、阿波三好の管理下に置かれることになった。足利義維は、阿波三好氏の庇護を受け、平島館に居住した。そのため、義維は平島公方と称された。


 これをもって『両細川の乱』は決着をした。


 足利義晴は近江から享禄への改元を進言してこれを実現する(1527)のみならず、享禄2年(1528)には従三位権大納言に推任された。しかし、幕府による即位式費用の全国への徴収は確認できず、朝廷からも幕府へ費用を求めた形跡がない。南禅寺を仮御所とした義晴はその周辺の山上に築城を行っており、加えて御所の再建に向けて幕府も金銭が必要な時期だったためとみられ、幕府は警固役や掃除役といった役目を朝廷から求められ、それを果たしていた。

 

 即位式が実現に向けて動き出したのは、阿波三好家が享禄4年(1531)に30万疋の献金を行ったことによる。また朝廷は各地に勅使を派遣して越前朝倉氏などの大名から献金をとりつけ、翌年、正月に無事即位式が行われた。同時に天文へ改元(1532)。



 と、まあ、これがこの世界線上での『後奈良天皇』の『即位の儀』までの経緯だ。

 まるで、阿波三好が自主的に『献金』したみたいな流れになってるけど… 本当は勅命だから、しかも金額まで指定されてたし、めちゃ大変だったよ。


 まあ、でもかなり豪勢に行われたそうなので良かった。お祝い事はちゃんとしないとね。


 元服まであと一年。お城もそれまでに建てなきゃ。湯水の如くお金が出ていくよ!(泣)


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