『産婆育成制度』
――1533年、師走。
徳島城下。
整えられた排水路を、水がさらさらと流れていく。
まだ新しい石畳。白壁。木組みの美しい長屋。
そして、湯気。
『はるちゃん』――永寿内親王は、城下を歩きながら、その“匂い”の違いに気付いていた。
「……あまり、臭わないのですね」
ぽつりと言った。
隣を歩く私―四州近衛孫次郎長慶稀仁は、少し苦笑する。
「そこ気付く?」
「はい」
京の都。
しかも戦国の町。
人が多い場所ほど、“臭い”は避けられない。
汚水。糞尿。腐敗。病。
都だけではない。この時代の人々にとって、それは“当たり前”だった。
だが、阿波は違った。いや、本当は阿波もそうだったはずだった。
「……水が、流れております」
視線を向ける『はるちゃん』。
町の端を、細い水路が規則的に走っている。
「うん。汚水用」
「分けているのですか?」
「飲み水とは別にね」
さらっと言った、私の言葉に『はるちゃん』は絶句する。
「別……?」
この時代、それは異常だった。
普通は同じ川を使う。
飲む。洗う。流す。全部一緒のはず。
けれど中身は『令和のおばちゃん』だった私(長慶)は、“混ぜると病が広がる”ことを知っている。
『はるちゃん』は『阿波にお国入り』した時の港についてもよく似たことが話題に上ったことを思い出したみたいだった。
「完全には無理だけど、出来るだけ分けてる」
「……それだけで、違うのですか?」
「かなり」
静かに私は話を続ける。
「腹を壊す人が減る」
「え」
「子供が死ににくくなる」
『はるちゃん』が息を呑む。
戦国の子供は、よく死ぬ。
風邪、熱、下痢。
出産、飢え。あまりにも簡単に、あっけなく。
そして、それが“普通”だった。
けれども、令和の日本を知る私(長慶)にとって、それは普通ではない。
「清潔な水」「手洗い」「湯」「栄養」整えるだけ。皆が意識するだけ、「それだけで、生き残る子供は増える」ことを知っている。
静かに私(長慶)を見た『はるちゃん』。
「……だから温泉を整えたのですか」
少し前、一緒に案内を兼ねて阿波各地の湯治場整備を見たばかりだった。
湯屋。洗い場。脱衣所。木桶。湯。
この時代にしては、そこもまた異様に“清潔”だった。
「うん」
「病を減らすため?」
「それもある」
私(長慶)は頷く。
「あと、身体を洗う習慣」
「……」
少し考える『はるちゃん』。
「皆、毎日ではありませぬよね」
「普通はね」
戦国時代の今、風呂は贅沢。まして庶民は難しい。
だが阿波では違った。
共同浴場。湯治。薪供給。湯番制度。
“身体を洗う”を、生活へ組み込み始めている。
「病が減る」
「働ける」
「子供が育つ」
私(長慶)は淡々と言った。
「国力になる」
そこなのだ! と『はるちゃん』は、小さく目を見開いた。
この人(長慶)は、いつも“暮らし”を国へ繋げる。
ちょうど、その頃。
徳島城・政所
評定の間では、若い次世代を担う阿波国人たちが静かに話していた。
小一郎こと篠原小一郎。
太郎こと佐々木太郎。
次郎こと一宮次郎九郎。
小太郎こと大西小太郎。
彦太郎こと森彦太郎。
そして海雲――三好元長。
政所へ運ばれてきた帳面を見ながら太郎が呻く。
「……本当に減っております」
小一郎が頷く。
「去年比で、子供の死が減っております」
空気が静まる。これは、戦より重い話だった。
阿波では今“産婆制度”が整備され始めていた。
これもまた出産経験のあった『令和のおばちゃん』から見たら、妊婦にとってあまりにも悲惨な状況だったからだった。
手洗い。煮沸。清潔な布。出産時の湯。
最低限当たり前の環境すら整っていなかった。
この時代、月のものも出産も”血”が流れるもの、それは『穢れ』を意味し、隔離された環境に置かれた。
実際、自分の母親がそういった状態に置かれたのを見て、中身『令和のおばちゃん』の私(長慶)は激怒した。
なので着心地のいい布ができ始めた時、女性用の下着も作った。この時代、そういうのはなかったんだよね。なのですごく喜ばれた。
『生理用品』も。使い捨てと洗い替えと。実は既に、不織布ぽいものも開発されていたので、それを採用して作った。もちろんマスクも作った。
今現在綿花は試験栽培中だ。なので、あくまで使用したのは太布と同じ樹皮の繊維を使ったものだ。使用される樹皮もすぐ再生可能な竹の繊維を使ったものだ。
『令和』の時代にも自分のことじゃなくって、娘のことだったけど。確か、災害の時の備蓄をどうするかって話の時に話題に出たのを思い出したのだ。『下着』でそれを固定するだけでも違うのだ。
もちろん、この時代の母親の『春』も、父である『海雲』もびっくりした。そんな知識まであるのかと。
最初は恐る恐る。でもすぐに女性には受け入れられた。使い捨てタイプは事後は衛生上の問題があるから焼却するようにした。『胸当て』(ワイヤーなしだけど)も喜ばれた。今では種類もカラーも豊富になった。女性の意識も男性の意識も大きく変わった。
そういった中で『出産』に関わる知識も浸透していった。
ただし、産婦人科医というのはこの時代まだ存在していなくて、出産経験のある『産婆さん』を育てていくことにした。
この時代は『衛生環境』を整えるだけで随分違うから随分と『環境』も『考え方』も変化した。それと『オギノ式』や『ラマーズ式』も一応伝えたよ。『令和のおばちゃん』の経験からね。
つまり、千熊丸の“絵巻物”には、こういったことを含めていろんなことが、何故かやたら細かく描かれていた。
『手を洗え』
『湯を沸かせ』
『刃を火で炙れ』
『汚れた水を飲むな』
最初、この時代の大人たちは意味が分からなかった。
だが、言われるままやってみた。
すると、
「母子の助かる率が違う」
四郎が低く言った。
戦場ではない。けれど、死は常に日常でも隣り合わせだった。
けれど確実に“命が減らなくなっている”。
海雲は静かに息を吐く。
「千熊丸は、昔からそこばかり見ておった」
芝生城時代。まだ幼い頃から他の子供たちが木剣を振る中、千熊丸だけは、熱を出した子供の側へ座っていた。
『なんで死ぬんだろ』
小さな命が潰えるたび、そう呟いていた。
小一郎が苦笑する。
「懐かしいです」
「あやつ、“井戸の位置が悪い”とか言い始めましたからね」
「武士の子が言う話ではない」
皆、笑う。けれど千熊丸のいう通りにした、その結果が今だった。
城下・長屋
ある若い母親が、赤子を抱いていた。
隣では、年配の女たちが湯を沸かしている。
「前より助かるようになったねぇ」
老婆が言う。
「うん……」
若い母親は、赤子を見つめる。
「一人目は、熱で亡くして……」
「……」
「でも、この子は生きてる」
その言葉に周囲が静かになった。
阿波では今“診療小屋”が増えていた。
医師。
薬草師。
産婆。
湯治師。
簡易な治療。
そして…
「保険札、持ってるかい?」
女が木札を見せる。
千熊丸が導入した皆保制度。
制度的にはまだ未熟。
しかしそれは“払えぬから死ぬ”を減らし始めていた。
薬代の一部を、村と領で持つ。
千熊丸が言い出した時、国人たちは頭を抱えた。
『金が飛ぶぞ!?』
その意見に対しても
『病人が減れば働ける人が増える』
『孤児も減る』
『長期では得』
意味不明な理屈を並べ絶対に譲らなかった。
しかし今となっては、
「人が減らなくなってきた」
それが現実だった。
そういえば…
と、『はるちゃん』が話してくれた。
彼女が『阿波』にきて一番驚いたのが…
『城の厠』だったらしい。
個人、それぞれにマイ(コンポスト)トイレがあった。
「……え?」
綺麗だった。臭いが少ない。木屑や灰が置かれている。蓋がある。自分の手で撹拌するハンドルまでついていた。
(あの時、使い方とともに、私(長慶)が横で一連の流れを説明したんだっけ)
「土と灰で分解する」
「分解……?」
「肥料にもなる」
その仕組みを話すと、絶句する『はるちゃん』。
もちろん『京(内裏)』でも仕組みはよく似たものだった。
ただ、用をたしたものは専用の瓶に単に溜められて、部屋の隅に置かれていた。
定期的にそれは回収されるが、その匂いを誤魔化すために『香』が焚かれていたのだ。
「厠を……使うのですか?」
「超重要」
真顔だった。
「汚物を放置すると病が出る」
「でも肥料は必要」
「だから循環させる」
「自分のモノ専用だと抵抗も少ないから」
完全に未来人の発想だった。
しかも『阿波全土』の領民全てに導入していることを知らせると『はるちゃん』はさらに驚いていた。
あの時、『はるちゃん』は、しばらく黙った後、
「……よし様」
「ん?」
「本当に、“暮らし”を変えておられるのですね」
静かな声だった。
「刀ではなく」
「うん」
「人が生き残る方を」
私(長慶)は少し困ったように笑った。
「だって、死ななくていい人、多いし」
その言葉に『はるちゃん』は、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。と話してくれた。
この時代、人は簡単に死ぬ。
女も。子供も。農民も。武士も。
皆“仕方ない”で終わる。
けれど、この人(長慶)は違う。
仕方ないで終わらせたくない。
だから…
港を作る。
道を整える。
水回りを整える。
湯を引く。
厠を変える。
国を変えるとは… “人が死ににくくなる”ことなのだと。
『はるちゃん』は、静かに笑った。
「……主上が、よし様を手放したくなかった理由、分かります」
「え?」
「こんな方、京に置いておきたくなります」
私(長慶)はその言葉に『勘弁して』と遠い目をした。
「でも京だと、たぶん下水工事で毎日貴族と喧嘩になる」
「それは……少し見たいです」
「見たいんだ!?」
う〜ん、なんかフラグが立っちゃった気がする! 気のせいだ、きっと、気のせい…




