千熊丸『阿波ブランド』を作る
千熊丸のいる芝生城はいつの間にか鍛治職人や職人達が阿波内外から集団で移動してくるようになり、三好お抱え職人としてさまざまなものが生み出されていくことになる。
千熊丸がアイデアを出し、職人達がその用途に合わせて技術を持ち寄り製品化する。
試行錯誤で出来上がった製品には三好の家紋と千熊丸の考えたロゴがつけられブランド化される。
いわゆる『阿波ブランド』が立ち上げられた瞬間だ!
そう、竹を用いたコンクリートも彼らによって実現したのだ。いや、びっくりしたよ。ほんと。
鉄も徳島には硫化鉄がとれてる鉱山がそれなりにある。多分、この時代ではそれほど量産できてない。
硫化鉄を酸素にさらすと酸化鉄になる。そこから還元するのだけど、有名なのはたたら製鉄だ。
徳島は歴史的に見て砂鉄を使った『たたら跡』という遺構が残っているくらいだし。海部刀というのもこの時代的にも有名だ。
まあ、色々試してもらうことにしてたら、かなり良い鉄(鋼)が作れるようになった。(すごい)
鉄(鋼)の量産ができるということは使い道がグッと広がるのだ。
腐食に対しては悩みどころだけれど。錆びたら『酢』につけて対処させる。
こうした鍛治に特化した集団は戦力的にも大きな力になる。
農具や生活用品だけに特化したものじゃないからだ。
彼らは生み出す武具も戦人にとっては魅力的だ。
『鉄砲』は欲しい。『戦国時代』の『鉄砲』は時代を左右するからだ。
とはいえ、『鉄砲伝来』(1543)はまだ先のことだし、それを買うにも金がかかる。
ここであったらいいねで提案したのが『バリスタ』と『クロスボウ(弩)』だ。
実はこれもうちの旦那が動画とか見ながら熱心に解説してくれていた。
とはいえ、なかなか絵に書くのも構造も難しかったのだが、長慶おじさんは私の記憶の中の映像をすぐに理解した。さすが戦人。
構造を理解するとさらさらと絵に書き出す。構造の説明も詳細に書いていく。
そこで、傅役の篠原孫四郎(長政)は長慶おじさんの描く絵や文字とそれまでに書いたものとが違うことにすぐに気付くのだけれど、まさか二人の人格が千熊丸の中にいるとは想像できなかったようだ。今までの生活に関するものとは違ったこともあったのだろう、不可思議な面持ちで千熊丸を見ながらもそれらをいつものように絵巻物に仕立てていった。
『弩』に関しては導入に反対する人も多かった。が、武士階層でない戦闘に特化した戦闘員を育てることや老人、女子供もつかえるように。という考え方を徐々に浸透させていくことで実現されることになった。
『バリスタ』も移動できるように。衝撃に耐えれる強度等、色々な検証をもとに数年足らずで実用化できるようになった。
派閥じゃないけど、いわゆる『三好派』になった国人の城には『バリスタ』が設置するようにした。
『防衛』に特化したものではあるが、あっという間に阿波の城全てで『バリスタ』が導入された。
強力な武器を共有することで阿波の国人が軍事的にまとまった形になる。




